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楽園の涯

10 継承者 3

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「そして……生きていたかもな、リースベットは今も」
「ちょっと、今更なにを言って……」
「そう思わねえか? いろいろ面倒なモンを背負い込まずにいられたなら、あいつの力なら、生き抜くのは難しくなかったはずだ」
「でも、それじゃ……」
「その仮定には一理はあろう。そして、あることが『なぜ起こらなかったのか』と考えるのは、悪いことではない。仮想的に違う人生を俯瞰ふかんして、気付くことは多い。だが……」
 アウロラの違和感を代弁するように、長老が身を乗り出す。
「では、その場合のリースベットのせいとは何だ? 先の私の言葉をそのまま援用えんようするが、それは獣としての生ではないか? 自分が生きるためだけに他を殺し、奪うだけの生だ」
「長老、そこまでは落ちねえだけの誇りなり良識なりは、生まれつき持ち合わせてたと思うけどな、あいつは」
「……それは、私達があの王子様に感謝しなきゃいけないところね」
 リースベットの遺言を伝える以外は言葉少なだったエステルが、少しやつれたように見える顔でつぶやいた。
「王子様? リースベットの兄さんの、ノア王子のこと?」
「そうよ」
「エステルねえさん、さすがにそんな筋合いはねえだろう。リースベットは、あいつに呼ばれて出ていった戦場で死んだ。目のかたきにすんのも筋違いとは思うが、感謝だけはする必要ねえはずだ」
「そういうことじゃないのよ……あの王子様がいなきゃ、リースベットはただ自分のためだけに人を殺し、だまして生き残ろうとする悪魔に成り果てていた。長老が言ったとおりのね。バックマンの言葉にも耳を貸さなかったと思うわ」
「なんでそう思う」
「あの子はそれだけの、世界じゅうを呪いたくなるほどの目に遭ってるのよ。この世に生まれたこと、女に生まれたことを後悔するほどのね。そんな経験を……」
 エステルはそこで言いよどんだ。

 リードホルムから奪った多量の輸送品とともにエステルが山賊団に招き入れられたばかりの頃、日がな緊張しっぱなしのエステルを安堵あんどさせるためにか、リースベットがワインの瓶を手にエステルの私室を訪ねてきたことがある。
 入室から二時間後には、リースベットは泥酔でいすいしてテーブルに突っ伏していた。エステルが異常なほど酒に強かったことと、持ち込んだワインが保存用に酒精を強められた、リードホルムでは珍しい銘柄であったことが災いしたのだ。
 水底みなぞこから見る風景のように揺らめく視界と酒精でしびれた意識の中、リースベットはイェネストレームという町で起こったという、いくつかの事件について話し始めた。家に押し入ってきた数名の暴漢を全員殺害したことや、気が遠くなるほどの時間を真冬の川に浸かって堕胎だたいした、などという、真実であれば耳を覆いたくなるような陰惨いんさんな話ばかりだった。
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