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楽園の涯
12 王太子の帰還
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ジュニエスの戦いが終わって以後、リードホルム王宮はノルドグレーンとの講和を巡って、容認派と反対派に分裂していた。その対立は三ヶ月に渡り、最終的には反対派の最大勢力だったアッペルトフト公爵家が反逆とその失敗によって滅亡したことにより、容認派の勝利に決着した。
アッペルトフト公爵家は国王ヴィルヘルム三世の内戚であり、権力を支える有力氏族だった。ヴィルヘルムはリードホルム内の主要な支持基盤を失い、さらにはジュニエスの戦い以前は繋がりのあったノルドグレーンの有力者たちも、潮が引くようにヴィルヘルムとの関係を断っている。
リードホルム国王は権威を失い、空虚な存在となりつつあった。
この急速な権力の空洞化を招いたのは、ベアトリス・ローセンダールだ。
彼女はまるで狙い撃ちしたように、講和の条件として国王派のもつ権益を剥奪した。そのためベアトリスは後世、ジュニエスの戦いに際してノアとの内通を疑われることになる。だが内通の事実も国王派を攻撃する明確な意図もベアトリスにはなく、彼女は単に、利幅が大きくかつ腐臭のする利権を、自分に必要な順に手を付けていっただけだった。その志向が、結果としてノアを利したという以上でも以下でもない、というのが真実である。
個別に行動した者同士が共生的に相互作用しあったという結果は、二人が近い志向を持っていたことに起因する。ジュニエス河谷では彼我に分かれて角逐したノアとベアトリスだったが、二人が戦いを生き抜き、同時代に存在しえたという奇跡は、世界を変革する萌芽となった。
寒さがすこし和らいだ四月下旬、ヘルストランドの街路からは残雪がようやく姿を消した。
その目抜き通りから外れた立地の、小さな宿に併設された酒場では、年齢も背格好も統一性のない三人の男女がテーブルを囲んでいた。
「……しかしまさか、こんなことになるとはな」
「リースベットがリードホルムを去ると聞いて明かしたものが、思わぬ結果を生むものだ」
「それが王子様に伝わって、あっちから声をかけてきたんだからな……」
「で、あの王子様も涼しい顔で、やることはなかなかえげつないのね」
「その顔の裏に、肉親の情を上回るだけの憎しみを抱えてんだろう。まあそのほうが、公平無私な聖人君子ってよりは、俺ら凡人にしたら信頼できるってもんだ」
「愛憎は、肉親ゆえに深まりもする。利害が対立していれば尚更な」
酒場の入り口から、身なりの整った二人の兵士らしき男が入ってきた。男たちはテーブルの三人を見つけると、姿勢を正して敬礼した。
「……来たみたいね」
「王子様の使者がおいでなすった。俺らはここまでだ」
「よもや、あの城に生きて戻ることになるとはな……。世話になった」
「こっちこそ。おかげでミカルなんて、私より読み書きが達者になったわ。ありがとうエーギルさん」
「元気でな、長老。図書省長官の同席は頼んどいたぜ。知ってる奴だって話だ」
「あの甥は、儂やお前たちを粗略には扱うまい。ほとぼりが冷めた頃合いでなら、なにか力になれることもあるだろう」
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