上 下
232 / 247
楽園の涯

12 王太子の帰還

しおりを挟む
 ジュニエスの戦いが終わって以後、リードホルム王宮はノルドグレーンとの講和を巡って、容認派と反対派に分裂していた。その対立は三ヶ月に渡り、最終的には反対派の最大勢力だったアッペルトフト公爵家が反逆とその失敗によって滅亡したことにより、容認派の勝利に決着した。
 アッペルトフト公爵家は国王ヴィルヘルム三世の内戚ないせきであり、権力を支える有力氏族だった。ヴィルヘルムはリードホルム内の主要な支持基盤を失い、さらにはジュニエスの戦い以前は繋がりのあったノルドグレーンの有力者たちも、潮が引くようにヴィルヘルムとの関係を断っている。
 リードホルム国王は権威を失い、空虚くうきょな存在となりつつあった。
 この急速な権力の空洞化を招いたのは、ベアトリス・ローセンダールだ。
 彼女はまるで狙い撃ちしたように、講和の条件として国王派のもつ権益を剥奪はくだつした。そのためベアトリスは後世、ジュニエスの戦いに際してノアとの内通を疑われることになる。だが内通の事実も国王派を攻撃する明確な意図もベアトリスにはなく、彼女は単に、利幅が大きくかつ腐臭ふしゅうのする利権を、自分に必要な順に手を付けていっただけだった。その志向が、結果としてノアを利したという以上でも以下でもない、というのが真実である。
 個別に行動した者同士が共生的に相互作用しあったという結果は、二人が近い志向を持っていたことに起因する。ジュニエス河谷かこくでは彼我ひがに分かれて角逐かくちくしたノアとベアトリスだったが、二人が戦いを生き抜き、同時代に存在しえたという奇跡は、世界を変革する萌芽ほうがとなった。

 寒さがすこし和らいだ四月下旬、ヘルストランドの街路からは残雪がようやく姿を消した。
 その目抜き通りから外れた立地の、小さな宿に併設へいせつされた酒場では、年齢も背格好も統一性のない三人の男女がテーブルを囲んでいた。
「……しかしまさか、こんなことになるとはな」
「リースベットがリードホルムを去ると聞いて明かしたものが、思わぬ結果を生むものだ」
「それが王子様に伝わって、あっちから声をかけてきたんだからな……」
「で、あの王子様も涼しい顔で、やることはなかなかのね」
「その顔の裏に、肉親の情を上回るだけの憎しみを抱えてんだろう。まあそのほうが、公平無私こうへいむしな聖人君子ってよりは、俺ら凡人にしたら信頼できるってもんだ」
愛憎あいぞうは、肉親ゆえに深まりもする。利害が対立していれば尚更な」
 酒場の入り口から、身なりの整った二人の兵士らしき男が入ってきた。男たちはテーブルの三人を見つけると、姿勢を正して敬礼した。
「……来たみたいね」
「王子様の使者がおいでなすった。俺らはここまでだ」
「よもや、あの城に生きて戻ることになるとはな……。世話になった」
「こっちこそ。おかげでミカルなんて、私より読み書きが達者になったわ。ありがとうエーギルさん」
「元気でな、長老。図書省長官の同席は頼んどいたぜ。知ってる奴だって話だ」
「あのおいは、わしやお前たちを粗略そりゃくには扱うまい。ほとぼりが冷めた頃合いでなら、なにか力になれることもあるだろう」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

赤ずきんちゃんと狼獣人の甘々な初夜

真木
ファンタジー
純真な赤ずきんちゃんが狼獣人にみつかって、ぱくっと食べられちゃう、そんな甘々な初夜の物語。

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

グルケモールナクト 高温の鍵の秘密

仁川路朱鳥
ファンタジー
ある都市国家では、貧富の格差が激しく、富裕層は文字通り金に溺れた生活をし、貧困層は今日を生きる水すら飲むことができない期間があった。ある子供の空想が、国家の基盤を反転させるまで…… 赤い御星に照らされた世界の、革新は如何なるものや? (地球とは別の環境が舞台となっているため、主となる感覚が人間とは多少異なります。そのため「視覚」に関する表現が「聴覚」などに置き換えられていますことをご了承ください。) この作品は「小説家になろう」でも連載しておりました。(過去進行形) また、表紙画像は19/12現在仮のものです。

転生者は力を隠して荷役をしていたが、勇者パーティーに裏切られて生贄にされる。

克全
ファンタジー
第6回カクヨムWeb小説コンテスト中間選考通過作 「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 2020年11月4日「カクヨム」異世界ファンタジー部門日間ランキング51位 2020年11月4日「カクヨム」異世界ファンタジー部門週間ランキング52位

薄幸ヒロインが倍返しの指輪を手に入れました

佐崎咲
ファンタジー
義母と義妹に虐げられてきた伯爵家の長女スフィーナ。 ある日、亡くなった実母の遺品である指輪を見つけた。 それからというもの、義母にお茶をぶちまけられたら、今度は倍量のスープが義母に浴びせられる。 義妹に食事をとられると、義妹は強い空腹を感じ食べても満足できなくなる、というような倍返しが起きた。 指輪が入れられていた木箱には、実母が書いた紙きれが共に入っていた。 どうやら母は異世界から転移してきたものらしい。 異世界でも強く生きていけるようにと、女神の加護が宿った指輪を賜ったというのだ。 かくしてスフィーナは義母と義妹に意図せず倍返ししつつ、やがて母の死の真相と、父の長い間をかけた企みを知っていく。 (※黒幕については推理的な要素はありませんと小声で言っておきます)

目が覚めたら異世界でした!~病弱だけど、心優しい人達に出会えました。なので現代の知識で恩返ししながら元気に頑張って生きていきます!〜

楠ノ木雫
恋愛
 病院に入院中だった私、奥村菖は知らず知らずに異世界へ続く穴に落っこちていたらしく、目が覚めたら知らない屋敷のベッドにいた。倒れていた菖を保護してくれたのはこの国の公爵家。彼女達からは、地球には帰れないと言われてしまった。  病気を患っている私はこのままでは死んでしまうのではないだろうかと悟ってしまったその時、いきなり目の前に〝妖精〟が現れた。その妖精達が持っていたものは幻の薬草と呼ばれるもので、自分の病気が治る事が発覚。治療を始めてどんどん元気になった。  元気になり、この国の公爵家にも歓迎されて。だから、恩返しの為に現代の知識をフル活用して頑張って元気に生きたいと思います!  でも、あれ? この世界には私の知る食材はないはずなのに、どうして食事にこの四角くて白い〝コレ〟が出てきたの……!?  ※他の投稿サイトにも掲載しています。

【勘違い系お仕事ライフ!】マリアさんはアザと可愛い!~同僚の美少女メイドはいつもオレにだけ優しい。きっとオレが好きなんだと思う………たぶん。

夕姫
ファンタジー
王都ロンダルム。その貴族街の一角に一際大きいお屋敷がある。その屋敷の持ち主は伯爵家リンスレット。そんな伯爵家に使用人の1人として雇われている主人公のカイル=オーランド。 彼は彼女いない歴=年齢18歳で同僚の金髪美少女メイドのマリアのことが好きでいつか絶対に付き合いたいと思っている。 そんなマリアはカイルに対していつでもニコニコ優しく接してくる。そして普通に『好き』とか言っちゃう始末。 どうやら他の奴らにはそこまで接してないみたいだし、好きってそういうことだろ!もうマリアさんはオレの嫁だ!毎日癒されるぜ! この物語はスーパーポジティブKY使用人のカイルと天然系アザと可愛い金髪美少女メイドのマリアの色々お互いが勘違いしている『勘違い系新感覚異世界ショートラブコメ』です。 ※基本10話で1つの話が完結します。 奇数話⇒使用人の主人公カイルの視点 偶数話⇒メイドのマリアの視点 普通に順番に読むと交互の視点で。奇数の次に偶数と読むとカイル、マリアの視点で同じ物語が展開します。2通りの読み方ができる新感覚の物語です。

処理中です...