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ジュニエスの戦い
65 野心と偏執 3
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「ふん、やはりそう来おったか」
「おのれ……奇襲を読んでいただと……」
マリーツ隊はノルドグレーンの陣を前にして、リードホルムが誇る騎馬部隊の精鋭に退路を断たれた状態で立ち尽くしている。
レーフクヴィスト連隊の前衛部隊はまだ事態を飲み込めていないようで、リードホルム軍同士がにらみ合うさまを呆然と眺めていた。
マイエルが前に進み出ると、マリーツは馬首を返して槍を構える。猛禽の目で先頭のマリーツを隊長と見定めると、鈎槍の穂先を向けながら言った。
「小童、貴様ラインフェルトの弟子であったな。この期に師を裏切ってなんとする」
「……知れたこと。先のない国など捨て、ノルドグレーンで武人としての栄達を図るのだ」
「ほう、大した自信じゃな。多士済々の彼の国で、その力が通じると申すか」
「こんな国よりはな」
「それが師に叛する理由か。下らん」
マリーツは意に介さず鼻で笑う。
「その歳にしては、貴様は大した地位におるぞ。この上なにが不満か」
「地位だと……それが公正でないと言っているのだ! いつまでも年寄りに頭を押さえつけられ、功を求めて戦場に出てすらも貴様のような老いぼれが幅を利かせている。俺がカッセルの出身だと言うだけで、このざまだ!」
「それは奇遇じゃな、我もカッセルの出よ」
「……そういう貴様が、いちばん邪魔なんだよ!」
激昂したマリーツが、槍を水平に構えてマイエルに突進した。陽光にきらめく穂先の光跡とともにマリーツが鋭い突きを連続で放ち、マイエルはそれを辛うじて受け流す。
部隊の指揮官同士が率先して前に出たことで、しぜんに一騎打ちを囲む円陣が出来上がっていた。ふたりは互いに馬体を横にして激しく切り結んでいる。
「どうしたトールヴァルド・マイエル! 動きが遅いぞ!」
マリーツが挑発するように叫ぶ。その言葉通り、マリーツが五度攻撃するうちにマイエルは一度返すのがやっとで、こと個人の武勇に関しては若いマリーツに分があるように思われた。
「名将だかなんだか知らねえが……いけるぜマリーツの奴」
マリーツ隊の副長スオヴァネンが、期待に震えて口角を釣り上げる。
マイエルは突き出されたマリーツの槍先を鈎槍の先端に引っ掛け、それを振り払って一旦距離を置いた。
「言うだけのことはあるようじゃの、小童」
「ほざくがいい、どのみち今日が貴様の命日だ!」
勢いに乗るマリーツが毒蛇のように攻めかかり、いっそう鋭さを増した突きを繰り出す。だがマリーツの手癖にマイエルが対応してきたのか、攻撃を的確に捉えて防御する頻度が増えてきていた。
マイエルの鈎槍が幾度目かマリーツの槍を捉え、その穂先を上方へ跳ね上げる。
「……それで見切ったつもりか、じじい!」
マイエルに槍を弾き飛ばされ体勢を崩したように見えたマリーツだったが、その槍は握っていた手を中心にくるりと半回転し、柄尻の石突がマイエルの黄褐色の鎧を打った。
強打とは言え、鎧の上からでは致命傷になりえない――とくにマイエルの部下たちはそう見ていたが、マリーツが槍を引くと、鎧の上に鮮血が筋を作った。
「マイエル様?!」
「おのれ……奇襲を読んでいただと……」
マリーツ隊はノルドグレーンの陣を前にして、リードホルムが誇る騎馬部隊の精鋭に退路を断たれた状態で立ち尽くしている。
レーフクヴィスト連隊の前衛部隊はまだ事態を飲み込めていないようで、リードホルム軍同士がにらみ合うさまを呆然と眺めていた。
マイエルが前に進み出ると、マリーツは馬首を返して槍を構える。猛禽の目で先頭のマリーツを隊長と見定めると、鈎槍の穂先を向けながら言った。
「小童、貴様ラインフェルトの弟子であったな。この期に師を裏切ってなんとする」
「……知れたこと。先のない国など捨て、ノルドグレーンで武人としての栄達を図るのだ」
「ほう、大した自信じゃな。多士済々の彼の国で、その力が通じると申すか」
「こんな国よりはな」
「それが師に叛する理由か。下らん」
マリーツは意に介さず鼻で笑う。
「その歳にしては、貴様は大した地位におるぞ。この上なにが不満か」
「地位だと……それが公正でないと言っているのだ! いつまでも年寄りに頭を押さえつけられ、功を求めて戦場に出てすらも貴様のような老いぼれが幅を利かせている。俺がカッセルの出身だと言うだけで、このざまだ!」
「それは奇遇じゃな、我もカッセルの出よ」
「……そういう貴様が、いちばん邪魔なんだよ!」
激昂したマリーツが、槍を水平に構えてマイエルに突進した。陽光にきらめく穂先の光跡とともにマリーツが鋭い突きを連続で放ち、マイエルはそれを辛うじて受け流す。
部隊の指揮官同士が率先して前に出たことで、しぜんに一騎打ちを囲む円陣が出来上がっていた。ふたりは互いに馬体を横にして激しく切り結んでいる。
「どうしたトールヴァルド・マイエル! 動きが遅いぞ!」
マリーツが挑発するように叫ぶ。その言葉通り、マリーツが五度攻撃するうちにマイエルは一度返すのがやっとで、こと個人の武勇に関しては若いマリーツに分があるように思われた。
「名将だかなんだか知らねえが……いけるぜマリーツの奴」
マリーツ隊の副長スオヴァネンが、期待に震えて口角を釣り上げる。
マイエルは突き出されたマリーツの槍先を鈎槍の先端に引っ掛け、それを振り払って一旦距離を置いた。
「言うだけのことはあるようじゃの、小童」
「ほざくがいい、どのみち今日が貴様の命日だ!」
勢いに乗るマリーツが毒蛇のように攻めかかり、いっそう鋭さを増した突きを繰り出す。だがマリーツの手癖にマイエルが対応してきたのか、攻撃を的確に捉えて防御する頻度が増えてきていた。
マイエルの鈎槍が幾度目かマリーツの槍を捉え、その穂先を上方へ跳ね上げる。
「……それで見切ったつもりか、じじい!」
マイエルに槍を弾き飛ばされ体勢を崩したように見えたマリーツだったが、その槍は握っていた手を中心にくるりと半回転し、柄尻の石突がマイエルの黄褐色の鎧を打った。
強打とは言え、鎧の上からでは致命傷になりえない――とくにマイエルの部下たちはそう見ていたが、マリーツが槍を引くと、鎧の上に鮮血が筋を作った。
「マイエル様?!」
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