山賊王女と楽園の涯(はて)

紺乃 安

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ジュニエスの戦い

66 野心と偏執 4

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 マイエルに槍を弾き飛ばされ体勢を崩したように見えたマリーツだったが、その槍は握っていた手を中心にくるりと半回転し、柄尻つかじり石突いしづきがマイエルの黄褐色おうかっしょくの鎧を打った。
 強打とは言え、鎧の上からでは致命傷になりえない――とくにマイエルの部下たちはそう見ていたが、マリーツが槍を引くと、鎧の上に鮮血が筋を作った。
「マイエル様?!」
「むう……」
「チッ、やはり浅いか」
 マリーツの槍は、その柄尻にも小さいながら刃が取り付けられている。もともとは背後からの敵に対して即応できるように改造したものだが、彼はそれを用いて、独自の特殊な槍術そうじゅつを編み出していた。
「大した食わせ者じゃのう。さすがはラインフェルトのじき弟子、と言ったところか」
「これにラインフェルトが関係あるか! 俺が、俺自身の手で編み出した技だ!」
 マイエルが不敵に笑う。マリーツは怒りにまかせ地面を斬りつけた。雑草や小岩が跳ね上がる。
 激昂げきこうするマリーツの様子を、マイエルは猛禽もうきんのような目を見開き、虚心きょしんな様子で見据えていた。
「おいマリーツ急げ。リードホルムの主力軍が上がってきてんぞ」
 スオヴァネンの忠告にマリーツは舌打ちし、ノルドグレーン側に向き直った。
「見ていろノルドグレーンの奴ら! もうすぐトールヴァルド・マイエルの首をそっちに届けてやるぞ!」
 そう呼びかけられたノルドグレーン軍の前衛部隊は、みな一様に戸惑っていた。
 指揮を執る連隊長レーフクヴィストは、こと戦術指揮に関しては、いかなる状況でも妥当な判断ができる人物だ。しかし、いま眼前で展開されている、予想外の増援部隊とさらに予想外の反逆者との同士討ちという事態には、ベアトリスへ伝令兵を送って指示を仰ぐ以外に為すところがなかった。
「アルフレド・マリーツだ! この名前をよく覚えとけよ!」
 スオヴァネンがわざわざ名告なのりを上げ、マリーツの部隊は捨て鉢な様子で気勢を上げる。
 戦術的にはマイエルの部隊に囲まれ進退きわまっているが、それでも大将同士の一騎打ちはマリーツが優勢という複層的な状況に、思考停止状態でただ追随ついずいしている者が多いようだった。
「これで片をつけてやる。終わりだ、じじい!」
 自軍の声を背に受けたマリーツが突進する。マイエルも受けて立つように馬を走らせ、二人は互いの右側面から槍を交えた。
 マリーツの素早い二段突きを、マイエルは辛うじて受け止める。マリーツは弾かれた槍を、自分の胴を支点に回転させて左手に持ち替え、きょを突いた一撃を放つ――その槍を持つ左腕ごとマイエルが斬り落とした。
「なっ……」
 それらはあまりに一瞬のできごとで、誰もが口を開けたまま、声を発せずにいた。
 僅かな静寂ののち、マイエルの鈎槍かぎやりに腹部を貫かれたマリーツが落馬する。そしてようやく、マイエルの部隊から歓声が上がった。
「な、何故だ……? 俺の技が……」
「小手先ばかり気にしおって。おかげで初撃が軽すぎるわ。これからペテンにかけるぞ、と槍で言っておるようなものじゃ」
「おのれ……邪魔な年寄りばかりが……」
 地に伏したマリーツが地面をかきむしり、右手の爪が岩の表面を覆うこけを削り取る。
「……馬鹿者め。死に際してなお、年齢などというつまらぬ分断にこだわりおって。貴様の不幸の淵源えんげんは、たんに貴様が己を知らぬという一点、それのみよ」
「俺に、才能がなかったと……言うのか……」
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