189 / 247
ジュニエスの戦い
62 反撃 5
しおりを挟む
「そういえばマイエル将軍は、リードホルムでの軍歴はさほど長くないのだったな」
「とは言っても二十年近くにはなりますが、レイグラーフ様やラインフェルト将軍のような生え抜きの軍人とは異なります。かつてはカッセルで修行をしていたのだとか」
「カッセルか……あの国とは何かと縁があるようだ」
「あー、ますますどっかで聞いたことがある」
リースベットは絹のような髪をかきむしりながら、記憶の糸を手繰っていた。
その思考を地鳴りのような蹄の音が遮った。多数の騎兵が、左前方を前線に向けて駆け抜けてゆく。レイグラーフが突撃を指示した千二百の騎兵部隊が、ようやく動いたのだ。
「やっと出したか、虎の子の騎兵部隊」
「ここで形勢を逆転できれば、敵の撤退や講和も見えてくるのだ……よし、我らも続こう。ここが分水嶺だ!」
「ノア様……! このさい止めても無駄なことはわかりましたが……アネモネといったな、ノア様を頼むぞ」
「任しとけ。指一本触れさせやしねえよ」
メシュヴィツは深い溜め息をつき、祈るような気持ちを抱えつつ、前線に向かって馬を駆るノアとアネモネ――リースベットの背中を追った。
ジュニエス河谷に姿を現して以来、目の覚めるような快進撃を続けていたマイエルの重装騎馬部隊だったが、その先鋒を走り続けていたマイエル当人だけは、わずかずつではあるが失速を感じていた。
――混乱の極にあったノルドグレーン軍が、徐々に態勢を立て直しつつあるようだ。
「奴ら、対応が早いわ。風通しが悪くなってきおった」
グラスの底に沈んだ澱のような違和感が確信に変わったのは、ノルドグレーン軍ハンメルト連隊の陣を抜け、その後方に控えていたレーフクヴィスト連隊と対峙したときだった。
マイエルはノルドグレーン軍の変化を察知し、直線的な突撃から円を描くように進路を変えた。そして円弧の一点をノルドグレーンが展開する横陣に外接させる形の軌跡を描いて走り、同一箇所への波状攻撃によって、密集陣形の一辺を削り取ってゆく。
渦巻く台風のような攻撃を三度ほど繰り返したのち、ついにマイエルの重装騎馬部隊がその足を止めた。
――この陣の後方に抜けることは不可能だ。
戟塵に荒ぶる馬を諌めるマイエルのもとに、彼の部下が続々と集結してくる。
「マイエル様、次はどちらへ」
「うむ……」
猛禽のような目をぎょろつかせ、マイエルは戦況を精査しているようだ。
「主力軍の騎兵も上がってきておるか。このまま攻め続けてもよいが……」
「いかがなさいました?」
「……あの部隊は何じゃ?」
マイエルはリードホルム軍の後方を移動する、主力軍とは別の部隊に目を留めた。
「……どうやら、アルフレド・マリーツの部隊のようです。ラインフェルト将軍の弟子の」
「ほう……あれがラインフェルトの……」
騎兵と歩兵からなる総数600のマリーツ大隊は、主力騎兵部隊と同様に攻撃命令を受けており、今まさに前線に向かう途上にあった。
「奴には借りがある。奴のおかげでこの戦場に立っていられるのだからな。ひとつ、その借りを返してやるとするか」
「とは言っても二十年近くにはなりますが、レイグラーフ様やラインフェルト将軍のような生え抜きの軍人とは異なります。かつてはカッセルで修行をしていたのだとか」
「カッセルか……あの国とは何かと縁があるようだ」
「あー、ますますどっかで聞いたことがある」
リースベットは絹のような髪をかきむしりながら、記憶の糸を手繰っていた。
その思考を地鳴りのような蹄の音が遮った。多数の騎兵が、左前方を前線に向けて駆け抜けてゆく。レイグラーフが突撃を指示した千二百の騎兵部隊が、ようやく動いたのだ。
「やっと出したか、虎の子の騎兵部隊」
「ここで形勢を逆転できれば、敵の撤退や講和も見えてくるのだ……よし、我らも続こう。ここが分水嶺だ!」
「ノア様……! このさい止めても無駄なことはわかりましたが……アネモネといったな、ノア様を頼むぞ」
「任しとけ。指一本触れさせやしねえよ」
メシュヴィツは深い溜め息をつき、祈るような気持ちを抱えつつ、前線に向かって馬を駆るノアとアネモネ――リースベットの背中を追った。
ジュニエス河谷に姿を現して以来、目の覚めるような快進撃を続けていたマイエルの重装騎馬部隊だったが、その先鋒を走り続けていたマイエル当人だけは、わずかずつではあるが失速を感じていた。
――混乱の極にあったノルドグレーン軍が、徐々に態勢を立て直しつつあるようだ。
「奴ら、対応が早いわ。風通しが悪くなってきおった」
グラスの底に沈んだ澱のような違和感が確信に変わったのは、ノルドグレーン軍ハンメルト連隊の陣を抜け、その後方に控えていたレーフクヴィスト連隊と対峙したときだった。
マイエルはノルドグレーン軍の変化を察知し、直線的な突撃から円を描くように進路を変えた。そして円弧の一点をノルドグレーンが展開する横陣に外接させる形の軌跡を描いて走り、同一箇所への波状攻撃によって、密集陣形の一辺を削り取ってゆく。
渦巻く台風のような攻撃を三度ほど繰り返したのち、ついにマイエルの重装騎馬部隊がその足を止めた。
――この陣の後方に抜けることは不可能だ。
戟塵に荒ぶる馬を諌めるマイエルのもとに、彼の部下が続々と集結してくる。
「マイエル様、次はどちらへ」
「うむ……」
猛禽のような目をぎょろつかせ、マイエルは戦況を精査しているようだ。
「主力軍の騎兵も上がってきておるか。このまま攻め続けてもよいが……」
「いかがなさいました?」
「……あの部隊は何じゃ?」
マイエルはリードホルム軍の後方を移動する、主力軍とは別の部隊に目を留めた。
「……どうやら、アルフレド・マリーツの部隊のようです。ラインフェルト将軍の弟子の」
「ほう……あれがラインフェルトの……」
騎兵と歩兵からなる総数600のマリーツ大隊は、主力騎兵部隊と同様に攻撃命令を受けており、今まさに前線に向かう途上にあった。
「奴には借りがある。奴のおかげでこの戦場に立っていられるのだからな。ひとつ、その借りを返してやるとするか」
0
あなたにおすすめの小説
愛しているなら拘束してほしい
守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる