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ジュニエスの戦い
61 反撃 4
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「マイエル将軍を熊虎のごとき猛将と見る者は多いですが、その実像は大きく異なります」
「知っているのか、メシュヴィツ」
「六年前のイェータ攻略戦で、何度か」
「イェータ……南東の海に浮かぶ、小せえ島国だったか」
目を細めて戦場を眺めるメシュヴィツの話を、ノアは騎乗したまま、リースベットは鞍の上で器用にあぐらをかいて聞いている。
「あの方は戦場を往来しながら、様々なものを見ているらしい。敵軍の陣形や装備は誰でも気にするところだが、その練度や疲労、命令の伝達から武具の消耗具合に至るまで……そうした、言葉にすらできぬほどのかすかな差異や変化を感じ取り、敵の最も弱い一点を狙って、ああして突入するのだそうだ」
「何だそりゃ。超能力でもあんのか」
「それは将軍本人が否定している、近衛兵のような力ではないと。鍛えれば誰もが発揮することのできる、人が生きるための力なのだという。無論、個人差はあるのだろうが……」
「……どっかで聞いたような話だな」
「一見無謀とも思える選択をすることはあるが、無謀に見える作戦ほど成功させている。言葉にするとでたらめだが、その裏にあるものは……驚異的な勘の鋭さとでも言おうか」
「そのおっさんが信じてんのは、自分の身体感覚だろうな。力を鍛えれば鍛えただけ忘れちまいがちなもんだが……剣も鎧もねえ時代には、そいつを研ぎ澄まさなきゃ人は生き残れなかっただろうぜ」
「……私などには、及びもつかない境地だ」
ノアは遠い目をしてつぶやいた。
「とはいえ、将軍にも不得手はあります。あの方は致命的に城攻めが嫌いで……」
「好きだ嫌いだ、って話なのか?」
リースベットが冗談めかして笑う。
「不得意かどうかは未知数だが、嫌いなことは間違いない。イェータ攻略戦では野戦で凄まじい戦果を上げながら、攻城戦をラインフェルト将軍に丸投げしてしまわれた。つまらん、と言ってな」
「それは私も聞いたことがある」
ノアも含み笑いのあとに続けた。
「……そしてその時、マイエル将軍が城を落としていれば、レイグラーフ将軍は引退し、中央軍司令の座をマイエル将軍に譲らざるを得なかっただろう、と……」
「いろんな意味ですげえおっさんだな」
呆れたように言うリースベットに、内心ではメシュヴィツとノアも同意しているようだ。
「そういえばマイエル将軍は、リードホルムでの軍歴はさほど長くないのだったな」
「とは言っても二十年近くにはなりますが、レイグラーフ様やラインフェルト将軍のような生え抜きの軍人とは異なります。かつてはカッセルで修行をしていたのだとか」
「カッセルか……あの国とは何かと縁があるようだ」
「あー、ますますどっかで聞いたことがある」
リースベットは絹のような髪をかきむしりながら、記憶の糸を手繰っていた。
「知っているのか、メシュヴィツ」
「六年前のイェータ攻略戦で、何度か」
「イェータ……南東の海に浮かぶ、小せえ島国だったか」
目を細めて戦場を眺めるメシュヴィツの話を、ノアは騎乗したまま、リースベットは鞍の上で器用にあぐらをかいて聞いている。
「あの方は戦場を往来しながら、様々なものを見ているらしい。敵軍の陣形や装備は誰でも気にするところだが、その練度や疲労、命令の伝達から武具の消耗具合に至るまで……そうした、言葉にすらできぬほどのかすかな差異や変化を感じ取り、敵の最も弱い一点を狙って、ああして突入するのだそうだ」
「何だそりゃ。超能力でもあんのか」
「それは将軍本人が否定している、近衛兵のような力ではないと。鍛えれば誰もが発揮することのできる、人が生きるための力なのだという。無論、個人差はあるのだろうが……」
「……どっかで聞いたような話だな」
「一見無謀とも思える選択をすることはあるが、無謀に見える作戦ほど成功させている。言葉にするとでたらめだが、その裏にあるものは……驚異的な勘の鋭さとでも言おうか」
「そのおっさんが信じてんのは、自分の身体感覚だろうな。力を鍛えれば鍛えただけ忘れちまいがちなもんだが……剣も鎧もねえ時代には、そいつを研ぎ澄まさなきゃ人は生き残れなかっただろうぜ」
「……私などには、及びもつかない境地だ」
ノアは遠い目をしてつぶやいた。
「とはいえ、将軍にも不得手はあります。あの方は致命的に城攻めが嫌いで……」
「好きだ嫌いだ、って話なのか?」
リースベットが冗談めかして笑う。
「不得意かどうかは未知数だが、嫌いなことは間違いない。イェータ攻略戦では野戦で凄まじい戦果を上げながら、攻城戦をラインフェルト将軍に丸投げしてしまわれた。つまらん、と言ってな」
「それは私も聞いたことがある」
ノアも含み笑いのあとに続けた。
「……そしてその時、マイエル将軍が城を落としていれば、レイグラーフ将軍は引退し、中央軍司令の座をマイエル将軍に譲らざるを得なかっただろう、と……」
「いろんな意味ですげえおっさんだな」
呆れたように言うリースベットに、内心ではメシュヴィツとノアも同意しているようだ。
「そういえばマイエル将軍は、リードホルムでの軍歴はさほど長くないのだったな」
「とは言っても二十年近くにはなりますが、レイグラーフ様やラインフェルト将軍のような生え抜きの軍人とは異なります。かつてはカッセルで修行をしていたのだとか」
「カッセルか……あの国とは何かと縁があるようだ」
「あー、ますますどっかで聞いたことがある」
リースベットは絹のような髪をかきむしりながら、記憶の糸を手繰っていた。
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