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03 毒の花
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良い紙は滑りがいい。筆も進むというものだ。雲嵐は紅花に硯まで与えた。平民の紅花では一生使えないような立派な硯だ。
この硯のおかげで墨をする時間がより一層楽しくなった。透明な水が色を持ち、次第に濃くなっていく。その課程が好きだ。
紅花は手を止めた。
上質な紙にさらさらと書いていく。
『新しき妃は紅のように赤き髪を持つ。その姿はさしずめ曼珠沙華のようである』
曼珠沙華はさすがに言い過ぎだろうか。
紅花は赤く染まった髪をくるくると指先でいじった。赤茶の髪を更に赤く染めたのは、目立つためだ。雲嵐が用意した髪染めだが、よく染まる。
(これは使える。他の色があるなら貰えないかな?)
紅花は後宮内で働きながらも、正式な所属はない。名前を変えながら色々なところの手伝いをしているのだ。時には下女として洗濯物を洗い、下女たちの噂話に耳を傾ける。時には妃の侍女の手伝いをして、彼女たちの愚痴を聞くのだ。
化粧を変え、髪型を変え、名を変え。紅花はありとあらゆる方法で馴染んでいく。行く先々で情報を手に入れて、それを元に書を書くのだ。
とびきりの美人ではないが、これと言って特徴のない顔であることが幸いした。紅花の変装技術をに髪色まで変化させられたら、完璧ではないか。
(この仕事を終えたらどこで手に入るのか聞かなきゃ)
長く作家を続けていくためには、健康と安全が一番重要なのだ。
紅花は鏡を睨む。炎のように赤い髪。癖毛で外に跳ねるせいで、本当に曼珠沙華のようだ。紅花は再度筆を持った。
『蘇芳殿を与えられた紅の妃は、輝く錦を纏い踊る。風に揺れる曼珠沙華の如く帝国の主を幻想の世界へと誘うのだ』
仮初めの妃に与えられた蘇芳殿は、皇帝の執務室が目と鼻の先の距離だ。歴代の寵妃に与えられた建物である。他の宮殿よりも小さく、一人の妃が使うのに適していた。
紅妃に与える前に使用していたのは、雲嵐の母親である。その彼女は後宮の北の端にある冷宮に軟禁されている状態だ。
妃にとって蘇芳殿は特別な場所であろう。そんな
(これをばらまいて、さっさと仕事を終わらせないと)
この事件こそが丸々四巻のネタになることだろう。犯人をさっさとあぶり出し、結果を見届けなければなるまい。紅花はさらさらと書きあげていく。
新しい妃がいかに美しいか。そして、どれほど皇帝に愛されているか。犯人を刺激し、その殺意を全て紅花に向けるために。
曼珠沙華は毒の花だ。せっかく花に例えたのであれば、その花に相応しい女性像を造り出すべきだろう。
紅花は何度も墨を擦り、皇帝と紅妃の馴れ初めをつらつらと書き連ねた。
◇◆◇
皇帝の寝所はどこもかしこも華やかで、ギラギラとしている。重そうな壺を彩る花は黄金に輝き、花の良さよりも金がかかっていることを自慢するような装いだ。紅花にはこの良さはわからなかった。
寵妃である紅妃は後宮に入った初日から毎晩皇帝の寝所に呼ばれている。
皇帝は毎晩紅花を迎え入れると隣の部屋へと移り、一人で執務をこなしているようだ。紅花は一人でただ皇帝の寝台を占領するわけではない。
夜半になり、辺りが静まり返ったころ、雲嵐がやってくる。一介の妃が昼間に皇子と会えば、あらぬ疑いを掛けられてしまう。彼と会うのはこの寝所のみ可能なのだ。
雲嵐は書に目を通すと、小さくため息を漏らした。
「よくもここまでつらつらと嘘八百を並べることができるな」
「嘘なんて失礼な。これはただの壮大な物語ですよ。ただ現実にほんの少し似ているだけですから」
紅花は歯を見せて笑う。大袈裟に書かなければ見向きもされない。平凡な話では酒の肴にもならないのだ。
「これを、市井でばらまけと?」
「はい。ばらまいてください」
「犯人を駆り立てるだけなら、後宮内で広めれば良いだろう?」
「わかってないですね。妃だって馬鹿じゃありません。そんな後宮内でしか聞かない噂を耳にしたところで、罠だとすぐにわかるでしょう? 私だったら慎重になりますね」
信憑性を増すためにも、この書は市井で出回り、そして後宮に戻ってくる必要がある。後宮に入ってくる情報は派手なものが多いのだ。
「あ、売り上げは経費を差し引いて半々でいいでしょう」
「無料で配ったほうが早く広まるだろう?」
「無料ほど信用できないものはありませんよ。ちょっと懐を痛めた情報ほど人は口に出したくなるものです」
せっかく書いたのだ、少しくらい儲けたい。それが紅花の心情だ。命の危険がつきまとう仕事ならば、報酬は良いに超したことはない。
雲嵐は眉根を寄せる。納得がいかないのか、それとも面倒事を頼まれて辟易としているのかはわからない。彼はあまり自分の感情を語る方ではなさそうだ。
「殿下もこんなの長引かせたくないでしょう?」
「……わかった。さっそく明日より取りかかる」
「よろしくお願いします」
雲嵐の返事に紅花はにんまりと笑みを見せた。
この硯のおかげで墨をする時間がより一層楽しくなった。透明な水が色を持ち、次第に濃くなっていく。その課程が好きだ。
紅花は手を止めた。
上質な紙にさらさらと書いていく。
『新しき妃は紅のように赤き髪を持つ。その姿はさしずめ曼珠沙華のようである』
曼珠沙華はさすがに言い過ぎだろうか。
紅花は赤く染まった髪をくるくると指先でいじった。赤茶の髪を更に赤く染めたのは、目立つためだ。雲嵐が用意した髪染めだが、よく染まる。
(これは使える。他の色があるなら貰えないかな?)
紅花は後宮内で働きながらも、正式な所属はない。名前を変えながら色々なところの手伝いをしているのだ。時には下女として洗濯物を洗い、下女たちの噂話に耳を傾ける。時には妃の侍女の手伝いをして、彼女たちの愚痴を聞くのだ。
化粧を変え、髪型を変え、名を変え。紅花はありとあらゆる方法で馴染んでいく。行く先々で情報を手に入れて、それを元に書を書くのだ。
とびきりの美人ではないが、これと言って特徴のない顔であることが幸いした。紅花の変装技術をに髪色まで変化させられたら、完璧ではないか。
(この仕事を終えたらどこで手に入るのか聞かなきゃ)
長く作家を続けていくためには、健康と安全が一番重要なのだ。
紅花は鏡を睨む。炎のように赤い髪。癖毛で外に跳ねるせいで、本当に曼珠沙華のようだ。紅花は再度筆を持った。
『蘇芳殿を与えられた紅の妃は、輝く錦を纏い踊る。風に揺れる曼珠沙華の如く帝国の主を幻想の世界へと誘うのだ』
仮初めの妃に与えられた蘇芳殿は、皇帝の執務室が目と鼻の先の距離だ。歴代の寵妃に与えられた建物である。他の宮殿よりも小さく、一人の妃が使うのに適していた。
紅妃に与える前に使用していたのは、雲嵐の母親である。その彼女は後宮の北の端にある冷宮に軟禁されている状態だ。
妃にとって蘇芳殿は特別な場所であろう。そんな
(これをばらまいて、さっさと仕事を終わらせないと)
この事件こそが丸々四巻のネタになることだろう。犯人をさっさとあぶり出し、結果を見届けなければなるまい。紅花はさらさらと書きあげていく。
新しい妃がいかに美しいか。そして、どれほど皇帝に愛されているか。犯人を刺激し、その殺意を全て紅花に向けるために。
曼珠沙華は毒の花だ。せっかく花に例えたのであれば、その花に相応しい女性像を造り出すべきだろう。
紅花は何度も墨を擦り、皇帝と紅妃の馴れ初めをつらつらと書き連ねた。
◇◆◇
皇帝の寝所はどこもかしこも華やかで、ギラギラとしている。重そうな壺を彩る花は黄金に輝き、花の良さよりも金がかかっていることを自慢するような装いだ。紅花にはこの良さはわからなかった。
寵妃である紅妃は後宮に入った初日から毎晩皇帝の寝所に呼ばれている。
皇帝は毎晩紅花を迎え入れると隣の部屋へと移り、一人で執務をこなしているようだ。紅花は一人でただ皇帝の寝台を占領するわけではない。
夜半になり、辺りが静まり返ったころ、雲嵐がやってくる。一介の妃が昼間に皇子と会えば、あらぬ疑いを掛けられてしまう。彼と会うのはこの寝所のみ可能なのだ。
雲嵐は書に目を通すと、小さくため息を漏らした。
「よくもここまでつらつらと嘘八百を並べることができるな」
「嘘なんて失礼な。これはただの壮大な物語ですよ。ただ現実にほんの少し似ているだけですから」
紅花は歯を見せて笑う。大袈裟に書かなければ見向きもされない。平凡な話では酒の肴にもならないのだ。
「これを、市井でばらまけと?」
「はい。ばらまいてください」
「犯人を駆り立てるだけなら、後宮内で広めれば良いだろう?」
「わかってないですね。妃だって馬鹿じゃありません。そんな後宮内でしか聞かない噂を耳にしたところで、罠だとすぐにわかるでしょう? 私だったら慎重になりますね」
信憑性を増すためにも、この書は市井で出回り、そして後宮に戻ってくる必要がある。後宮に入ってくる情報は派手なものが多いのだ。
「あ、売り上げは経費を差し引いて半々でいいでしょう」
「無料で配ったほうが早く広まるだろう?」
「無料ほど信用できないものはありませんよ。ちょっと懐を痛めた情報ほど人は口に出したくなるものです」
せっかく書いたのだ、少しくらい儲けたい。それが紅花の心情だ。命の危険がつきまとう仕事ならば、報酬は良いに超したことはない。
雲嵐は眉根を寄せる。納得がいかないのか、それとも面倒事を頼まれて辟易としているのかはわからない。彼はあまり自分の感情を語る方ではなさそうだ。
「殿下もこんなの長引かせたくないでしょう?」
「……わかった。さっそく明日より取りかかる」
「よろしくお願いします」
雲嵐の返事に紅花はにんまりと笑みを見せた。
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