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02 新しい仕事
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紅花は金のため、そしてネタのために後宮で女官をしている。
紅花の敬愛する父は作家であった。彼は紅花に読み書きを教え、紅花は書物の中で育った。
両親が流行病で亡くなり、弟と二人きりになったのは五年も前のことだ。父の真似事をして書を書いて細々と食いつないでいたが、食うには無名すぎた。そんなとき、女官の募集を見つけたのだ。
と、まあそんな感じで女官になり、後宮内の噂話をまとめて小説にした。書は仕送りと称し手紙と共に弟に送り、弟が世に出してくれているのだ。
まさかこんなことになろうとは。紅花は豪華な服を着ながらうなだれた。
紅妃。それが紅花に与えられた称号である。
「雲嵐殿下。まだ混乱しているのですが。簡単にまとめるとつまり……殿下の手伝いをするってことで間違いありませんか?」
紅花が雲嵐を見上げると、彼は静かに頷いた。
「最近、妃が何人か殺されているのは知っているな?」
「はい。三人でしたっけ?」
「ああ、他に二人ほど未遂で終わっている。どの妃も陛下から寵愛を受けている者ばかり」
後宮とは皇帝一人の愛を奪い合う戦場だ。皇子を産み賢く育て、次の皇帝にするまで戦いは終わらないのだ。
ここ最近、寵妃が何人も殺されている事件があった。こういうことはままあることだ。しかし、立て続けに三人。未遂も入れて五人は多すぎる。
「そこで私ですか」
「そうだ。悪いが、そなたには囮になってもらう」
「わかりました。つまり寵妃のフリをして犯人をおびき寄せればいいんですよね?」
「そういうことだ。やけに物わかりがいいな」
「ええ、まあ。陛下から妃になれと言われたときは驚きましたが……」
なにせ父よりも年上が相手だ。少し抵抗があった。しかし、本当の妃というよりは囮だとわかれば話は別だ。
(これは絶対四巻のネタになる……!)
紅花はニヒヒと笑った。間近で事件を体感し、主人公の助手という立場を体感できるのだ。これほどオイシイ仕事はないだろう。
「顔が笑っているぞ。何を考えている?」
「いえいえ、何も。けど、雲嵐殿下が陛下に協力しているとは思いませんでした」
「私が皇位継承権を失ったからか?」
「まあ、ぶっちゃけそうですね。恨んでいないのですか?」
雲嵐の母親は皇帝の寵妃だった人だ。しかし、第五皇子の殺害を企てた罪で廃妃となった。その母の命を救うため、雲嵐は自ら皇位継承権を返したのだ。
今、廃妃は冷宮で幽閉されている。
「十分に証拠を揃えられて、陛下も母を救う手立てはなかったのだ。恨むことなどできん」
「そうですか」
「そもそも皇位には興味がなかった。不要のもので母の命が救えたのだ」
「なるほど。では、なぜ陛下の手伝いを?」
「……やけに詳しく聞くな?」
「つい、作家魂が疼いてしまって。取材って大切じゃないですか」
「この期に及んでまだ続きを書くつもりか?」
「ええ。陛下は駄目とは言いませんでした」
「肝が据わっているな」
「血筋ですかね? 私の父も作家だったのですが、流行病で死ぬ直前まで筆を持っていました。生きている限り書きたいじゃないですか。『帝子雲嵐伝』は私の代表作になる予定ですし」
紅花はニカッと笑った。開き直ったら怖いものなど何もない。少なくとも、この事件解決までは処罰されることはないだろう。たっぷりとネタを手に入れたら雲隠れしようと思う。
雲嵐は小さなため息を吐いた。
「そなたのせいで私は変に目立って困っている」
「かっこよく書いてますから安心してください。……それで、なぜ陛下の手伝いをしているのですか?」
「皇位継承権を失った私が表立った公務をすることは難しい。だからだ」
「なるほど。理解しました」
「あっさりしているんだな」
「もっと聞いてくるかと思いました?」
「ああ」
「踏み込んで聞いたところで言えないことは言えないでしょう?」
人には言えないことなど山ほどある。紅花だってそうだ。皇族となれば尚更である。雲嵐の言う理由は表面上を取り繕うための理由なのだろう。それ以上のことを知ろうとすれば、次は心臓を串刺しにされるかもしれない。
知らぬが仏というやつだ。
「それにしても、この宮殿もこの服も豪華すぎて肩が凝るのですが」
「この宮殿は以前、母が使っていたものだ。そしてこの服は陛下の寵愛の現れでもある」
雲嵐の言葉に、紅花は「なるほど」と小さく頷いた。雲嵐の母親は廃される直前まで皇帝の寵妃だった人だ。
皇帝の私室から一番近く、そしてこの静かな宮殿は三年前から使われていない。そこを与えられた新しい妃というのは、いい宣伝になるのだろう。
「死にたくなければ、食べる物は全てこの食器を使え」
雲嵐は銀の食器を並べる。紅花は小さく身震いした。
「脅かさないでください」
「脅しではない。いいか? 誰にも心を開くな。侍女も宦官も誰一人だ」
「……わかりました」
「私もそなたに死なれては困る。だから、人一倍警戒しろ」
「わかってます。犯人が捕まる前に死んだら意味ないですもんね」
「そうだ。犯人が捕まるまでは贅沢三昧を楽しめ」
贅沢。そうはいうが、毒が入っているかもしれないから食のうまさは半減するだろう。着慣れない煌びやかな服は贅沢というよりは拷問だ。
(私の贅沢と言ったら……。まあ、一つしかないよね)
「なら殿下。折角ですからとびきり良い紙がほしいです」
「……ここでも書くのか?」
「ええ、暇ですからね」
紅花はいい笑顔で言った。
紅花の敬愛する父は作家であった。彼は紅花に読み書きを教え、紅花は書物の中で育った。
両親が流行病で亡くなり、弟と二人きりになったのは五年も前のことだ。父の真似事をして書を書いて細々と食いつないでいたが、食うには無名すぎた。そんなとき、女官の募集を見つけたのだ。
と、まあそんな感じで女官になり、後宮内の噂話をまとめて小説にした。書は仕送りと称し手紙と共に弟に送り、弟が世に出してくれているのだ。
まさかこんなことになろうとは。紅花は豪華な服を着ながらうなだれた。
紅妃。それが紅花に与えられた称号である。
「雲嵐殿下。まだ混乱しているのですが。簡単にまとめるとつまり……殿下の手伝いをするってことで間違いありませんか?」
紅花が雲嵐を見上げると、彼は静かに頷いた。
「最近、妃が何人か殺されているのは知っているな?」
「はい。三人でしたっけ?」
「ああ、他に二人ほど未遂で終わっている。どの妃も陛下から寵愛を受けている者ばかり」
後宮とは皇帝一人の愛を奪い合う戦場だ。皇子を産み賢く育て、次の皇帝にするまで戦いは終わらないのだ。
ここ最近、寵妃が何人も殺されている事件があった。こういうことはままあることだ。しかし、立て続けに三人。未遂も入れて五人は多すぎる。
「そこで私ですか」
「そうだ。悪いが、そなたには囮になってもらう」
「わかりました。つまり寵妃のフリをして犯人をおびき寄せればいいんですよね?」
「そういうことだ。やけに物わかりがいいな」
「ええ、まあ。陛下から妃になれと言われたときは驚きましたが……」
なにせ父よりも年上が相手だ。少し抵抗があった。しかし、本当の妃というよりは囮だとわかれば話は別だ。
(これは絶対四巻のネタになる……!)
紅花はニヒヒと笑った。間近で事件を体感し、主人公の助手という立場を体感できるのだ。これほどオイシイ仕事はないだろう。
「顔が笑っているぞ。何を考えている?」
「いえいえ、何も。けど、雲嵐殿下が陛下に協力しているとは思いませんでした」
「私が皇位継承権を失ったからか?」
「まあ、ぶっちゃけそうですね。恨んでいないのですか?」
雲嵐の母親は皇帝の寵妃だった人だ。しかし、第五皇子の殺害を企てた罪で廃妃となった。その母の命を救うため、雲嵐は自ら皇位継承権を返したのだ。
今、廃妃は冷宮で幽閉されている。
「十分に証拠を揃えられて、陛下も母を救う手立てはなかったのだ。恨むことなどできん」
「そうですか」
「そもそも皇位には興味がなかった。不要のもので母の命が救えたのだ」
「なるほど。では、なぜ陛下の手伝いを?」
「……やけに詳しく聞くな?」
「つい、作家魂が疼いてしまって。取材って大切じゃないですか」
「この期に及んでまだ続きを書くつもりか?」
「ええ。陛下は駄目とは言いませんでした」
「肝が据わっているな」
「血筋ですかね? 私の父も作家だったのですが、流行病で死ぬ直前まで筆を持っていました。生きている限り書きたいじゃないですか。『帝子雲嵐伝』は私の代表作になる予定ですし」
紅花はニカッと笑った。開き直ったら怖いものなど何もない。少なくとも、この事件解決までは処罰されることはないだろう。たっぷりとネタを手に入れたら雲隠れしようと思う。
雲嵐は小さなため息を吐いた。
「そなたのせいで私は変に目立って困っている」
「かっこよく書いてますから安心してください。……それで、なぜ陛下の手伝いをしているのですか?」
「皇位継承権を失った私が表立った公務をすることは難しい。だからだ」
「なるほど。理解しました」
「あっさりしているんだな」
「もっと聞いてくるかと思いました?」
「ああ」
「踏み込んで聞いたところで言えないことは言えないでしょう?」
人には言えないことなど山ほどある。紅花だってそうだ。皇族となれば尚更である。雲嵐の言う理由は表面上を取り繕うための理由なのだろう。それ以上のことを知ろうとすれば、次は心臓を串刺しにされるかもしれない。
知らぬが仏というやつだ。
「それにしても、この宮殿もこの服も豪華すぎて肩が凝るのですが」
「この宮殿は以前、母が使っていたものだ。そしてこの服は陛下の寵愛の現れでもある」
雲嵐の言葉に、紅花は「なるほど」と小さく頷いた。雲嵐の母親は廃される直前まで皇帝の寵妃だった人だ。
皇帝の私室から一番近く、そしてこの静かな宮殿は三年前から使われていない。そこを与えられた新しい妃というのは、いい宣伝になるのだろう。
「死にたくなければ、食べる物は全てこの食器を使え」
雲嵐は銀の食器を並べる。紅花は小さく身震いした。
「脅かさないでください」
「脅しではない。いいか? 誰にも心を開くな。侍女も宦官も誰一人だ」
「……わかりました」
「私もそなたに死なれては困る。だから、人一倍警戒しろ」
「わかってます。犯人が捕まる前に死んだら意味ないですもんね」
「そうだ。犯人が捕まるまでは贅沢三昧を楽しめ」
贅沢。そうはいうが、毒が入っているかもしれないから食のうまさは半減するだろう。着慣れない煌びやかな服は贅沢というよりは拷問だ。
(私の贅沢と言ったら……。まあ、一つしかないよね)
「なら殿下。折角ですからとびきり良い紙がほしいです」
「……ここでも書くのか?」
「ええ、暇ですからね」
紅花はいい笑顔で言った。
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