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 正直なところ、住んでいるのはタワーマンションのような超高級な部屋だと思っていた。けれど実際には、拍子抜けするほど普通の部屋だった。ただ、一人で住むには広すぎる部屋のようだけど。

「お邪魔……します……」

 何も置かれていない玄関先で小さく口にする。その先に見える廊下はチリ一つないくらい綺麗だった。

「そんな畏まらなくていい。何か飲むか? さっき買ったやつくらいしかねぇけど」
「……お構いなく」

 一眠りしたからなのか頭はスッキリしている。そして急激に冷静になってきた。

(私、何のためにここにいるんだろ?)

 普通に買い物に行って、家に呼ばれて。とてもストレス溜まっているようには見えないし、体を求められる気配もない。なんか落ち着かなくてソワソワしてしまう。

 突き当たりにある扉を開けると部屋の明かりが点く。自分の部屋がすっぽり入りそうなダイニングとリビング。そこはまるで……。

「家具屋さんのショールーム?」
「まぁ、めんどくせぇからウェブカタログってやつに載ってたのをそのまま買ったしな。その辺、座っとけよ」

 ダダ漏れの心の声に当たり前のように返すと、司は四人掛けのダイニングテーブルに置いたレジ袋を漁っていた。
 しかたなく、とてつもなく大きなテレビの前にある、私が横になってもまだ余るくらい大きなソファに腰掛けた。

(確かに……カタログから飛び出してきたみたい……)

 家具もソファも全てが真新しい。けれどここは、まるで生活感がない。テレビを囲う棚にも、反対側にある壁に作られた壁面収納にも何も置かれていない。空っぽのままだ。

 ボケっとそこに座っていると、お洒落な紙袋と外国産の炭酸水と缶ビールを持って司がやって来た。その炭酸水のボトルを私に差し、自分は座ると缶に指をかけた。

「ちょっと‼︎ ビールなんて飲んだら車運転できなくなるじゃない!」

 慌ててその指を、上から手で押さえて塞ぐ。

「はっ? なんで? もう車運転する予定ねぇし」
「何言ってるのよ! こんなところから一人で帰れって言うの⁈」

 途中まで覚えている地名と走っていた方角を考えても、ここは自分の家からかなり離れている。今からご飯を食べるところを眺めさせられるくらいならさっさと家に帰りたい。
 なのに、何故か司はニヤリと笑う。

「なんだよ、積極的だな。先にならそういやいいだろ?」

 押さえていた手が持ち上げられると、私の指に司の長い指が絡められた。

 するりと滑る指が私の指の間を往復する。たったそれだけなのに、体に何かが這うようだ。

「ちょっと……やめて……よ」

 絡まった指と指。人差し指が私の指の縁をツウッと撫でている。司はそんなことをしながら、楽しげに笑みを浮かべ私の顔を覗き込んだ。

「……何で?」

 わかってやっているのだ。私がほんの少し刺激されただけで、お腹の奥の奥を疼かせるだろうと確信して。

「もうっ‼︎ 止めてって言ってるでしょ!」

 頰を紅潮させたまま勢いよく手を引っ込める。私の焦る姿がさぞかし楽しいのか、司は不敵な表情で「残念」なんて笑っている。

「それより、メール! 電話で言ってたこと、本当なんでしょうね⁈」

 気持ち後退りながら、噛み付くように尋ねると、案の定司は眉を顰めた。

「嘘だと思うなら見てみれば? ちょっと待ってろ」

 司は立ち上がるとリビングを出て行く。その姿が扉の向こうに消えるのを見送ったあと、私は盛大に溜め息を吐いた。
 手のひらの上で転がされ、いいように扱われるのも癪に障る。駆け引きなんてできない。でも、手軽に抱ける女に成り下がりたくはない。

(でも……少しは、私のこと、尊重してくれてるの?)

 さっきだって、多少強引にと思えばできたはずだ。でも、私を揶揄うばかりで、本気で次に移ろうとはしてなかった。

(なんか……調子、狂う……かも)

 一人残されたソファの上で、ため息を吐くしかなかった。

 しばらくすると、司は腕にノートパソコンを携え戻って来た。それをガラス製のローテーブルに置くと画面を広げ電源を入れた。

「パソコン立ち上がったら勝手にメール見てくれ。それより飯食っていいか?」

 司は紙袋から使い捨ての容器を取り出しながら尋ねた。
 時間は午後十時半をとっくに回っている。何も食べていないと言っていたくらいだから、さぞかしお腹は空いているだろう。

「ごっ、ごめんなさい! 私のことは気にせずどうぞ」
「じゃ、遠慮なく。お前もなんか食いたいもんあったら言えよ?」

 いくつかに小分けされていた容器をテーブルに適当に並べると司はソファではなく床に座る。ソファを背もたれにして、遠慮なく足を向こう側へ投げ出していた。

(カッコつけたりしないんだ……)

 なんというか、全くと言っていいほど気取ることのない姿に、毒気も抜かれる。きっとこれが繕うこともない本当のこの人なんだろう。

 けれど、それがなんだか嫌じゃない……とふと思ってから、それを打ち消すように頭を振った。
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