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 どこに連れて行かれるのかわからないまま、私は窓の外に流れる景色に目をやっていた。

(食欲を満たしたあとは性欲でも満たすつもり?)

 この人が何を考えているのか想像も出来ない。それよりも今は、自分の睡眠欲に負けてしまいそうになっていた。
 
 幹線道路を走り出ししばらくすると、突然車内に電話の呼び出し音が響く。ハンズフリーにした電話をスピーカーにしているようだ。
 その音が途切れると、出た男性が店の、有名レストランの名前を告げていた。

「オーナーいるか? 長門って言やわかる」

 ずいぶんと乱暴な言いように動じることなく電話の相手は『少々お待ちくださいませ』と保留に切り替えている。

(さすが、一流店はスタッフも教育されてる……)

 半分ぼぉっとした頭で私は思った。
 クラシックの、題名はわからないけど聞いたことのある曲が途切れると、またさっきのスタッフが出た。

『長門様。申し訳ございません。オーナーシェフはただいま手を離すことができず……』

 淡々と返る台詞に、なんだ偉そうに呼び出しといて振られた? なんて聞き耳を立ててしまう。

『……何人分ご用意すればよろしいでしょうか? と申しております』
「一人……いや、一応二人。日持ちするもん頼む。二十分後に取りに行く」

 続きを聞いて、眠気もどこかに行きそうになる。この、星が付くレストランが、テイクアウトを、それもほぼ予約しているとは言えない状況でできるなんて聞いたことない。なのに、当の本人は「じゃ、頼んだ」と当たり前のように言うと電話を切っていた。

 信号はちょうど赤になった。滑らかに車は停まると、運転席で眉間に皺を寄せた顔が私のほうに振り向いた。

「なんだよ。俺の顔になんかついてるか?」
「へっ? な、なんでもない!」

 まさか、住んでる世界のあまりの違いに唖然としてたなんて言えない。いや、すでにこんな恐ろしい値段の、四桁万円する車を平然と運転している時点で私と住む世界が違うのだ。
 そんなことをグルグル考えている私の心の内などわかるはずもなく、呆れたような表情をしてまた前を向いた。

「そうかよ。そういや、帰ってもなんもねぇな。飯取りに行く前にどっかよるか」

 自分に言い聞かせるように言ったかと思うとアクセルを踏んでいる。

(次はどこへ行くつもり?)

 早くも、どこへ連れて行かれようが驚かないんじゃないかと思う。
 意外にストレスのない運転をするこの人の横顔をチラ見して私は息を吐き出していた。

 途中、私が滅多に立ち寄ることのない高級なスーパーに寄り飲み物を買い込んだあと、電話していたレストランに向かった。
 車で大人しく待ってろと言われて、仕方なくそこに乗ったまま待っていると、すでにアルコールの入っていた私は眠っていたようだ。気がつけばまた車は走り出していた。途中目を覚ましたけれど、今日は変に早起きしたせいで猛烈な眠気には勝てずにいた。

「――い……。おいっ!」

 夢の中で不機嫌な声に呼びかけられ、ハッと目を覚ます。

「えっ⁈」

 自分がさっきまで何をしていたか一瞬忘れていた。そして、まだ覚醒しきっていない頭で車の中だったことを思い出した。

「ごめんなさい! 私、寝るつもりじゃ……」

 起き上がり、運転席に勢いよく向くと謝る。目の前に座る人は少し驚いた表情を見せた。

(征士さんじゃ……なかった……)

 征士さんは、車を持っている人ではなかった。けれど時々知人から借りたという車でドライブへ行くことがあった。遠方まで行き、その帰り道。ついうたた寝をしてしまった私は、物凄く叱られたことがあったのだ。

『人に運転させといて寝るなんて、たいした身分だね。何様のつもりだい?』

 そんな言葉が鮮明に蘇ってしまう。

(どうしよう。また、叱られてしまう……)

 不安に駆られながら視線を逸らすと、はぁっと息を吐く音が聞こえた。
 
「……別に寝てても構わねぇよ。ただ、こんなところで寝るならベッドで寝ろよ」
「え……? 怒って……ない、の?」

 恐る恐る顔を上げ尋ねると、呆れた表情のまま眉を顰めた。

「は? なんで怒る必要あんだよ。いいから行くぞ?」

 そう言って司はさっさとドアを開け出て行く。

(普通は……嫌なんじゃないの?)

 断りもなく助手席で眠り込んだ相手を、は不愉快に思うのだと思っていた。けれど、この人はそうじゃなかった。

「あっ、待って!」

 慌ててシートベルトを外し、私も扉を開ける。後部座席から両手一杯の荷物を取り出すと、司は車をロックした。

「あの……ここ、どこ?」

 足のリーチ差から私は小走りで後ろを追いかけながら尋ねる。降りた場所は建物の中にある駐車場。どうみても、ホテルなどではないようだ。

「俺の家」
「家?」
「そうだ。スケジュール前倒しで無理矢理住めるようにさせたからやっと今日、鍵受け取れた。ま、ベッドはちゃんとあるから安心しろ」

 止まっていたエレベーターに乗り込みながら、司は子どもが悪戯するときみたいに笑っていた。
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