呪いの一族と一般人

呪ぱんの作者

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第六章 恋する呪いの話

第19話 傷

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おろすぞ、クソガキ」

 怪我を気遣いながら、俐都りと碧真あおし達の体を地面にそっと下ろす。

「なんとか無事だな」

 笑みを浮かべる俐都の頬には、碧真を庇った時に負った傷がある。
 散々言い合いをしたのに助けられる気まずさが苛立ちとなり、碧真は顔をしかめて、俐都から視線を逸らした。

 抱きしめていた日和ひよりを見て、碧真はハッとする。

 日和の顔色は真っ青で、右腕から大量の血が流れ出ていた。肘下から手首にかけて大きく切り裂かれた傷口からは、骨が見えている。いつもは煩すぎるほど元気な日和は、ぐったりとした様子で黙って痛みに耐えていた。

 碧真は日和の右手を掴み、心臓の位置より高く腕を上げる。傷の深さは相当な物なのか、日和の腕はべったりと血に染まっていた。

 俐都は身に着けていたロングベストを脱いで、日和の傷口に当てて圧迫止血を施す。日和は弱々しく「ごめんね」と口を動かした。意識はあるが、今にも気を失ってしまいそうな程に弱々しい。

「早く病院に連れて行かねえと危険だ」
 止血を無視するように、傷口から溢れ出す血。俐都と碧真は険しい顔で傷口を見つめる。

 近づいて来る足音が聞こえて、俐都と碧真は顔を上げた。
 
「一体、どうした?」
 吊り橋を渡り終えた篤那あつなが、首を傾げて三人を見下ろす。

「魔物に怪我を負わされたのか?」
 日和の怪我に気づいて、篤那は眉を寄せる。

 篤那は天を見つめて何かを囁く。
 暗闇に包まれた天から金色の糸がスーッと下りてきて、篤那の前まで伸びる。糸の上を金色の球体が伝い下りて、篤那のてのひらに収まった。

「俐都」
 名前を呼ばれた俐都が振り返る。篤那は俐都の頬の傷に親指を突き立てた。

「いっ!? 篤那! テメエ、何すんだよ!」
 傷口を抉られた痛みに、俐都が怒る。篤那は俐都の頬を観察するように眺めて頷いた。

「よし、大丈夫そうだな」
「は!? 何が大丈夫そうなんだよ!?」
 二人を見ていた碧真はハッとする。

「傷が」
 俐都の頬にあった傷が、跡形もなく消えていた。俐都は自分の頬を指でなぞる。

「神特製の傷薬か」
 俐都の言葉に、篤那が頷く。篤那の手には、金色の大きな貝殻と白い紙切れがあった。貝殻の中には、金色の光を纏った軟膏のような物が入っている。

「ここの神社の神に強請ねだってみた。大昔に、他の神から貰った物だと言われたから、使っても大丈夫な物なのかを俐都で試した」
「は!? 俺を実験体にしたのかよ!! ふざけんな! バカ篤那!!!」
「俐都なら、毒でも腐敗した物でも絶対に死なない。俐都は強い子」

 篤那は親指を立てて自信満々に頷く。自分の行いを正当化しようとする篤那の胸ぐらを、俐都がガシリと掴んだ。

「俺も人間だって、あれほど言い聞かせてたよな!? ふざけ」
「おい! バカなやりとりはいいから、それを寄越せ!!」
 碧真は二人を怒鳴りつける。俐都は一瞬ムッとしたが、事態を思って言葉を飲み込んだ。

 俐都は篤那が持っていた貝殻を手に取り、日和の傷口へ薬を塗る。
 日和の傷口につけられた薬は、傷口と一体化するように溶けていく。塗られた薬が金色の光を発すると、傷が跡形もなく消えていた。深かった傷が綺麗に治ったのを見て、碧真は息を吐き出す。

 俐都は日和の左腕に刺さっていた銀柱ぎんちゅうを抜き取り、すぐに傷口に薬を塗って出血を防ぐ。治療を終えた後、俐都は一瞬安堵の表情を浮かべたが、すぐに険しい表情に戻った。

「傷は塞がったが、血は戻ってねえよな」
 俐都の言葉に、篤那が頷く。

「その薬では、血は戻せないからな。あとは」

 篤那は手元に残っていた白い紙を見つめた後、フッと笑った。

「相変わらず、突拍子もない術を作るね」

 一瞬だけ、篤那の雰囲気と口調が変わった気がした。違和感はすぐになくなり、篤那は手に持っていた紙を日和の右腕にかざす。紙は札のように、日和の腕にピタリと貼り付けた。

(これは、天翔慈てんしょうじ家の術式なのか?)
 日和に貼り付けられた紙に描かれているのは、碧真では理解することが出来ない程に緻密すぎる術式だった。

「おい。これは……」
 碧真が何の術なのかを問う前に、術式が金色の光を放つ。
 
 日和の服や俐都のロングベストに染み込んでいた血が、空中に浮かび上がる。浮かび上がった血液が集まって球体へと形を変えた。碧真の服に滲んでいた血も、日和の分だけが抜き取られたように宙に浮かび、球体の中に取り込まれる。

 集まった血液が渦を巻いて回転しながら、金色の光を纏う。

 球体となった血液は、日和の腕の札に向かって吸い込まれていく。温かな金色の光が、日和の体を包み込んだ。

 光が収まる。日和の閉じられた目から、涙が次々と頬を伝って流れ落ちる。俐都はギョッとした。

「もしかして、術が失敗したのか!?」
「……いや、失敗はない。よく見ろ、俐都。顔色が良くなっているだろう」

 日和の青ざめていた顔に血色が戻り、弱々しかった呼吸も落ち着いたものへと変化している。明らかに状態が回復しているように見えた。
 
 腕に貼り付いていた札が消えて、日和の瞼が開かれる。

「日和」
 名前を呼べば、日和の目が碧真の姿を捉える。日和はホッと息を吐き出し、小さく笑みを浮かべた。

「碧真君。よかった……」
 日和の言葉に、碧真の心の中で怒りが湧き出す。

「何で庇った?」
 冷たく怒りを滲ませた碧真の声に、日和はビクリと肩を揺らす。

 日和の腕の傷は、魔物の大鎌から碧真を守る為に負ったものだ。碧真が顔を歪めたのを見て、日和はハッとしたように目を見開く。

「俺が頼んだか? 力も無いくせに、勝手な行動で馬鹿みたいに怪我して。迷惑なんだよ!」
「おい、クソガキ!」

 日和を責め立てる碧真を、俐都が止める。俐都は碧真の表情を見て少し驚いた顔をした後、眉を下げて溜め息を吐いた。

「傷つけなくていいもんを傷つけるな。本当に伝えたいことを暴言で隠す必要は無い。日和が傷つくのが嫌だって、正直に伝えるだけでいいだろうが」
「……ウザい」

「ごめんね。碧真君を傷つけるつもりはなかったんだよ」
「は? 怪我して傷ついたのは、日和だろうが」
 日和の言葉の意味が分からず、碧真は顔を顰める。日和は困ったように眉を下げた後、右手を掴んだままだった碧真の手に、そっと左手を重ねた。 

「守ってくれて、ありがとう。碧真君のおかげで、私はちゃんと生きてるから。だから、大丈夫」

 日和は笑顔を浮かべる。日和の手は温かく、冷たく震える碧真の手を優しく包み込んで熱を与える。碧真の手の震えが、徐々に収まっていった。

「てか、碧真君も人のこと言えないからね? 私を庇って怪我して、お互い様じゃない? 碧真君も怪我を治さないと……。薬って、まだあるの?」

 日和が視線を送ると、薬の入った貝殻を持っていた篤那は頷いた。篤那は碧真の前に移動して、しゃがむ。

「怪我をしているのは背中か? 俺が薬を塗って」
「触るな」
 篤那を睨みつけて威嚇する碧真に、日和は眉を寄せた。

「碧真君。怪我を治さないと! 薬、自分じゃ塗れないでしょ?」
「こいつに触られたくない。それに、怪我だって大したことは」
「わがまま言っている場合じゃないでしょ! 篤那さん、ごめん。これ貰うね」

 日和は篤那の手から貝殻を手に取ると、膝立ちになって碧真の背後へ移動する。怪我している碧真の肩に、日和は問答無用で薬を塗りつけた。

「おい! 勝手なことをするな!」
「勝手にさせてもらいます! 何があったか知らんけど、今日の碧真君、拗ねまくりすぎて面倒臭い! いい加減にしないと、今度から拗ね拗ねって呼ぶからね!」

 日和は碧真の傷口に薬を塗っていく。碧真の背中へと手を伸ばした後、日和が息を呑む音が聞こえた。

(だから、勝手なことをするなと……)
 碧真の背中の皮膚は、子供の頃に叔父に術で負わされた火傷の跡で変色している。その上、一族の人間から負わされた傷なども数えきれない程あった。

 碧真の体にある傷跡を見た人間は、同情という名の優越感に浸るか、関わり合いたくないと距離を取るか、「気持ち悪い」と言って嫌悪と悪意を向けるかだ。

 日和は何も言わずに、労るようにそっと碧真の背中の傷口に触れる。碧真の背中から痛みが消えていった。

「あとは、手だけで終わりだよね? この薬、本当にすごいね。あっという間に傷が塞がるし。……はい、終わり」

 異界の中で負った碧真の傷が全て治ったのを見て、日和は笑顔を浮かべる。

「篤那さん。ごめんね。これ結構使っちゃって、残りは少ないけど……」
「日和の怪我を治す為に貰ったものだから、構わないだろう。まあ、一応返しておこう」

 篤那は貝殻を天に向かって放り投げる。金色の貝殻は宙を舞い、閃光を放った後に消えた。

 視線を前に戻した篤那は、三人に向かって口を開く。

「さて、この空間の主である魔物に会いに行こう」

 篤那の言葉に反応するかのように、背後の鳥居から不気味な生暖かい風が吹いた。

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