呪いの一族と一般人

呪ぱんの作者

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第六章 恋する呪いの話

第18話 一人きりではない死

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 結界で攻撃を防げたと思ったのも束の間。
 ニ体の魔物達は、碧真あおし達を狙うのをやめて、攻撃の対象を命綱である拘束の糸で作られた縄へと変更した。

 一体の魔物が命綱に大鎌の刃をピタリとつけて、ゆっくりと押し引きする。編まれていた拘束の糸が、プツリと一本切れた。交代するように、もう一体の魔物が同じように糸を切る。命をもてあそぶ遊戯に、碧真は顔をしかめた。

(この状況に有効な攻撃術式は……)
 頭で答えを弾き出した後、碧真は意識を集中する為に固く目を閉じる。碧真の体から青い光が溢れ、光が線となって術式を生成していく。

 切られた拘束の糸の力が弱まり、碧真と日和ひよりの体がガクリと下がる。日和は術の生成の邪魔にならないように悲鳴を堪えているのか、短く息を呑んで碧真の上着を掴むだけに留めた。 

 碧真は目を開く。結界を解除すると同時に、作り上げた術式が光を放って宙に浮かび上がった。肩上に姿を現した加護のへびに向かって、碧真は命令する。

「邪魔者を全て消してこい!」

 巳は碧真の命令に応えるように跳躍すると、宙に浮いている術式の中を潜り抜けた。

 巳の体が龍の如く巨大化し、空中で体を捻りながら魔物達の体や大鎌も纏めて拘束する。巳は拘束した魔物達を碧真達から引き離すように、勢いよく下に向かって落ちる。

 碧真の目に、魔物達が拘束から逃れる為に姿を消そうとするところが見えた。

「逃がすかよ!」
 巳に向かって、碧真は指を鳴らす。

 巳の体が眩い閃光を放つ。碧真は日和の左腕に突き刺さった銀柱ぎんちゅうの術式に力を注いで、再び結界を生成する。

 耳をつんざくような爆発音がして、結界ごと碧真達の体が勢いよく振り回される。下から起こった爆風によって、結界の箱が上空へ向かって一気に押し上げられた。

 歯を食いしばって衝撃と恐怖に耐えている日和の体を、碧真は強い力で抱きしめる。
 目を開ければ、碧真達の体は橋の上空まで浮き上がっていた。碧真は銀柱を取り出して左手に構える。
 
 碧真は強靭的な肉体ではないので、何の対策も無しに、橋の上に着地する事は出来ない。
 銀柱の拘束の術式で網を作り出して着地の衝撃を殺そうと考えていると、碧真の視界に嫌なものが映った。

 白い布を被って大鎌を持った魔物が複数体、輪になって碧真達を取り囲んでいた。

 碧真は舌打ちする。結界があれば、魔物の攻撃を防ぐことは可能だろう。しかし、拘束の術を使って着地する為には、結界を解除して銀柱を投げなければならない。結界が解除された瞬間に、魔物達から攻撃されたら、碧真も日和も無事では済まないだろう。

 状況の悪さに碧真が顔を歪めた時、橋上から星のような金色の光の粒が煌めく。

 金色の光の粒が線となり、碧真達の周囲にいた魔物達の体を貫く。光に貫かれた魔物達は、一瞬で消滅した。

 魔物達を掃討した光の元へ目を向ければ、体に金色の光を纏った篤那あつなが立っていた。

(あいつがやったのか?)

 助かったが、複雑な気分だ。顔を顰めた碧真は、篤那から顔を逸らし、結界を解除する。碧真が銀柱を投げようとした時、日和が目を見開いた。

「碧真君! 後ろ!!」
 日和が叫び、碧真は後ろを振り向く。眼前に迫る大鎌を、碧真は咄嗟に手に持っていた銀柱で防ごうとした。大鎌に弾き飛ばされて、碧真の手から銀柱が零れ落ちる。

 大鎌の刃が首を目掛けて斬りかかるのが見えた瞬間、日和が碧真の首を守るように腕を回した。

 空気と布を切り裂く音と共に、日和のか細い悲鳴が碧真の耳に届く。

「日和!!」

 落下していく体。銀柱を使って着地をしなければならないのに、首の後ろをジワリと伝う生温かい液体によって、碧真の頭の中は真っ白になった。

 碧真達の体が、下に向かって乱暴に引っ張られる。橋上へ視線を向ければ、碧真達の命綱である縄を魔物達が引っ張っていた。魔物達の内の一体が、命綱を断ち切ろうと大鎌を振り上げる。
 
 再び銀柱を取り出そうとした碧真の左手に鋭い痛みが走る。背後に現れた魔物の大鎌の刃先が、碧真の左手を貫通していた。

 魔物が鎌を引き抜くと、鋭い痛みが走り、傷口から血が流れ出す。無慈悲な追い討ちをかけるように、魔物は続け様に大鎌で碧真の右肩を深く突き刺した。

 碧真が抵抗する為の力を削ぎ落として痛めつけてくる魔物達。追い込まれた碧真は歯軋りをした。

 命綱が断ち切られ、術が解かれる。碧真達の体は暗闇の底へ向かって落下していく。落下の風圧で引き離されそうになるのに抗って、碧真は日和の体を強く抱きしめた。

 碧真の中に『終わりだ』という思いが浮かぶ。
 地獄のような人生は、最期まで理不尽で埋め尽くされたものだった。

 ──お前もどうせ、父親と同じように碌な死に方をしない。お前は、一人きりで惨めに死ね。
 
 叔父の言葉を思い出して、碧真は自嘲する。

(確かに、碌な死に方じゃないが……)
 碧真は腕の中の日和を抱きしめ、無意識に口元に安堵の笑みを浮かべる。

(案外、悪くないのかもな)

 心の中に浮かんだ感情が、何なのかはわからない。けれど、不快ではない。一人きりではない死を受け入れた碧真は、ゆっくりと目を閉じた。

「諦めるのは早えぞ! 鬼降魔きごうま!!」

 間近で聞こえた声に、碧真は目を見開く。落下していた碧真と日和の体が、掬い上げるように下から何かに受け止められた。

天翔慈てんしょうじ!?」

 碧真達の体を受け止めたのは、俐都りとだった。
 俐都は碧真達を抱えたまま、何もない空中に着地すると、上に向かって跳躍する。

 碧真の目には見えていないが、俐都が足場にしているのは、日和の加護の狛犬達の背中。狛犬達に協力してもらって、俐都は上に向かって跳躍を繰り返した。

 俐都が吊り橋の先の鳥居の前へ降り立とうとした時、鎌を持った魔物達が一瞬で姿を現して空中で取り囲んだ。

 碧真に向かって振り下ろされる大鎌を、俐都は体を捻ってかわす。俐都の頬を、大鎌がかすめた。

「篤那!」
 俐都の視線の先。橋上にいる魔物を蹴散らして、金色の光を纏った篤那が立っていた。

 篤那が右手を上げ、俐都達を取り囲む魔物へ向けて口を開く。

「殲滅しろ」
 篤那の声が凛と響き渡る。

 篤那を中心に心地よく清らかな風が起こり、無数の光の弾丸が宙に放たれる。光の弾丸は魔物のみを貫き、一瞬で消滅させた。

 俐都が鳥居の前に降り立った時には、魔物達は一掃され、辺りは金色の光の粒が舞い散る静かな空間となっていた。


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