呪いの一族と一般人

呪ぱんの作者

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第五章 呪いを封印する話

第12話 弟という存在

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 術者の名前があった建物の中に四人で入る。
 碧真あおしは建物の入口に壁状の結界を張った後、携帯を取り出して地図を確認した。

「碧真君。今って、どの辺なの?」
「地図の右側の中心地辺りだな」

 碧真が示した場所は、向かおうとした右上の大きな建物から少し離れた位置だった。

「目的地から離れちゃったね」
「近いから、行くのもいいんじゃない? 『名取なとり君』を倒せる人が二人もいるし!」
 笑って提案する陽飛はるひを、碧真は呆れた顔で見下ろす。成美なるみは目を閉じて、眉を寄せた。

「今はやめておいた方がいいかも。その場所、外だけでも今は五体も『影』がいるみたい……」
「え!? 何でわかるの?」
 陽飛は驚いて目を見開く。成美が右手を顔の横に上げると、純白の光を纏う白く大きな鳥が姿を現した。

「私の加護のとり。この子の目を通して、上空から確認したの」
 成美が手を下げると、酉は光の粒になって消えた。

「この空間で、加護の目を通して見る事が出来るのは外だけ。建物や神社の中は妨害されるみたいで、様子を確認出来なかった。もしかしたら、建物の中には他にも『影』いるかもしれない。そこを調べるのは、後にした方がいいと思う」

 成美の言葉に、名前が残り四文字の日和は顔を青くする。碧真と成美が『影』に対抗する手段を持っているとはいえ、危険な存在が多くいる場所に進んで向いたくはない。

「面倒な荷物が二つもある中で、多数相手の戦闘は避けたい。違う場所にするか」

 碧真が言う面倒な荷物とは、戦闘能力のない日和と陽飛のことだろう。意味がわかったのか、陽飛は悔しげに顔を歪めた。

「俺だって、力さえあれば戦える。兄ちゃんは、偶々たまたま、親が強い術者で、強い力を手に入れただけだろう? 親に恵まれただけじゃんか」

 碧真の表情が仄暗さを帯びた無表情に変わる。陽飛が怯えて顔を青くし、成美は驚いて固まる。空気が張り詰めたのを察知して、日和は慌てて口を開いた。

「あ、あー!!」
 突然、奇声を発した日和に、三人が訝しげな顔を向ける。

 険悪な空気を変えようと、取り敢えず大きな声を上げただけの日和は、続く言葉が出ずに冷や汗をかく。焦った日和は思いついたままに背負っていたリュックを下ろして、サービスエリアで買ったご当地饅頭を取り出した。

「皆でお饅頭食べて休憩しよう! ずっと歩いたり、走ったり、叫んだりで疲れてるよね!?」
 日和は箱から人数分の饅頭を手に取り、三人に一個ずつ押し付ける。

「俺はいらな」
「いいから食べよ!」
 饅頭を押し返そうとする碧真に、日和は凄む。言い返すのも面倒だと思ったのか、碧真は諦めて饅頭を受け取ってくれた。

 異空間に入ってから結構動き回っているが、喉の渇きも空腹感も無い。非常食としては必要無かったかもしれないが、空気を変えるのに役立つだろう。

 饅頭を一口食べた日和は笑みを浮かべる。程よい甘さのこし餡だ。

「俺、饅頭よりチョコレートの方がいいな」
「陽飛、文句を言わないの。食べる物があるのは、幸せなことよ」
 饅頭を一口齧って溜め息を吐く陽飛を、成美が諭す。

 日和自身も、和菓子の美味しさがわかるようになったのは高校生の時だ。それまでは、和菓子が嫌いな部類だったので、陽飛の気持ちはわかる。

 成美は饅頭の包みを上手く開けられずに、困った表情を浮かべていた。

「成美ちゃん。貸して。開けるよ」
 日和は受け取った饅頭の包みを開けて、成美に返す。成美は恐る恐る饅頭を口に運んで咀嚼した後、花が咲いたように微笑んだ。

(わあ……美少女パワーすごい。背景に花が咲いている幻覚が見えたわ)

「美味しい。弟にも、食べさせてあげたいな」
 成美は感動したように呟く。日和はリュックに一つ残っていた饅頭を取り出して、成美に手渡した。

「一個余っていたから。よかったら、弟君にあげて」
 成美が悲しそうな表情を浮かべたのに気づいて、日和は首を傾げる。

「成美ちゃん?」
「私は……戻れない」
 悲しげに呟く成美の言葉に、日和は目を見開く。

 成美は『影』を倒せる力がある。名前だって、一文字だけしかられていない。帰る事が出来るかはまだわからないが、帰れないと絶望する状況でもない。

「名前を見つけられるか不安?」
 日和の問いに、成美は首を横に振る。陽飛が何かに気づいたように口を開く。

「なる姉ちゃん。もしかして、徹平てっぺいと喧嘩したこと気にしてるの?」
「喧嘩?」
「うん。ここに来る前に、徹平が『名取君』を怖がって、なる姉ちゃんと喧嘩になったんだ」

 三人で一緒に『名取君』をする約束だったのに、実行する直前に怖くなった徹平が「やめよう」と言い出した。約束を破る弟が許せずに、成美が怒り、徹平を泣かせてしまったらしい。

「……弟は、私の事を許してくれないと思う。弟は、私の事を考えてくれたのに……。私は弟に酷い事をしているもの」
 一時的な感情で弟を傷つけてしまった事を後悔しているようだ。
 悲しげな表情を浮かべて弱々しい声で呟く成美の背中を、日和はそっと撫でた。

「大丈夫だよ。弟君も成美ちゃんに無事に帰って来て欲しそうだったから。それに、喧嘩したのなら仲直りしたらいいよ。私も小さい頃は弟といっぱい喧嘩してたけど、すぐになんてことなかったように一緒に遊んでたし」

 日和には二歳年下の弟がいる。小さい頃はよく喧嘩をしたが、二時間もしない内に一緒にゲームをして遊んでいた。

「日和さんも弟がいるの?」
「うん、いるよ。ツンツンしてて、可愛くない奴だけどね」
「弟さんの事、嫌い?」
 成美の問いに、日和は横に振る。

「好きだよ。可愛くないところがあるけど、私にとっては、可愛くて大事な弟。弟ってだけで、守りたいって思っちゃう。弟って、ずるい生き物だよね」

 憎まれ口を叩かれて喧嘩しても、憎む気持ちは湧かない。喧嘩した事もあるが、それ以上に一緒にたくさん笑い合った思い出がある。大人になっても、日和にとって弟は守りたい存在だ。
 
「……弟は、許してくれるかな?」
 顔を上げた成美の目は少し涙が滲んでいた。日和は微笑んで頷く。

「大丈夫だよ。きっと、弟君もわかってくれるから」

「俺も仲直りに協力するよ!」
 陽飛が「任せて」と胸を張って笑う。成美は小さく笑みを浮かべた。

「休憩は終わりだ。早く脱出して帰るぞ」
 碧真が日和達に声を掛けて立ち上がる。

「とりあえず大通りに戻って、この空間の最奥の神社に行ってみるか。加護に対する妨害が働いているのなら、名前がある可能性が高いだろう」

 今いる場所から地図の左に向かって進めば、大通りに出る。そこから道なりに真っ直ぐ進めば神社に辿り着く。碧真の言葉に、三人は頷いて立ち上がった。

 碧真が加護のへびを使って家の外の周囲を確認する。

「近くに『影』はいない。行くぞ」
 碧真が入口の結界を解除して、三人を振り返る。

 四人は再び術者の名前探しを始めた。
 
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