呪いの一族と一般人

守明香織(呪ぱんの作者)

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第五章 呪いを封印する話

第13話 赤と黒の甲冑

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 商店が立ち並ぶ大通りへ戻ってきた日和ひより達は、神社を目指して歩く。

 碧真あおし成美なるみがいることで安心しているのか、陽飛はるひは周囲の景色を物珍しそうに眺めて歩いていた。

「あ! なる姉ちゃん! あれ見て!」
 陽飛が声を上げて、一軒の商店を指差す。

 商店の土間の先の座敷には、屏風を前に立つ武者鎧を身に纏った二体の小さな人形と、人間が着る大きさの赤い甲冑かっちゅうと黒の甲冑が並べられている。

「あれは、武者人形と甲冑飾りね。端午たんごの節句の時に飾られる物よ」
 物知りな成美に、日和は驚く。日和が知っている端午の節句といえば、鯉のぼりと柏餅と菖蒲しょうぶ湯くらいだ。

「よく見て! あの赤い鎧の頭! あれって、名前じゃない!?」
 
 陽飛が指し示す先には、鍬形くわがたかぶとの根本にある鍬形台くわがただいの部分に、ひらがな一文字が書かれた玉が置かれていた。

 名前を見つけられて嬉しかったのか、陽飛は迷いなく中に入ろうとする。

「勝手な行動するな。足元をよく見ろ」
 碧真は陽飛の後ろ襟を掴んで止めた。足元を見ろという言葉に、日和は首を傾げながら視線を土間へ落とす。目を凝らしてみるが、特に違和感があるように思えない。

「何かあるの?」
「隠蔽の術で隠されているが、土間一面に攻撃術式がある。術式の意味が分からなくても、完全に隠しきれていないから、あんたにも見えているだろう?」

 日和は再び土間へ視線を落として驚く。

「え? これって、土間に埋められた小石が光を反射しているだけじゃないの?」
 呪具の眼鏡を通して光の粒は見えていたが、呪術の力を表す光だとは思っていなかった。碧真が呆れて溜め息を吐く。 
 
「使ってる人間が残念な奴だと、壮太郎そうたろうさんの呪具も意味無いな」
「酷い……。けど、確かに……」

 呪術に関して知識が無いのは仕方がないが、何度か術式や鬼降魔の力の光を見ているのにも関わらず、先程の発言をしたのは、自分でも呆れてしまう。

「お姉ちゃん。本当に本家の使いの人なの?」
 疑いの眼差しを向ける陽飛に、日和は苦笑いする。

「私は鬼降魔きごうまの人じゃなくて、普通の人なの。呪術は使えないし、知識も無い」
「え? じゃあ、どうして鬼降魔で仕事をしているの? 何で、ここに来たの?」

 陽飛に問われて、日和は遠い目をした。

「うん。それは私が一番知りたいかも。何で私、ここにいるんだろうね」
 乾いた笑いを浮かべる日和を不気味に感じたのか、陽飛は一歩後ずさった。

 碧真が陽飛を後ろへ遠ざけて、商店の入口の前に立つ。

「俺が取りに行くから、中に入るなよ。”小石だと思って攻撃されました”なんて馬鹿は助けないからな」
「いや、そこは助けてよ。仕事の相棒でしょう?」
「相棒と言える仕事をしたことがあるのか? 荷物と言った方が、しっくり来るんだが」

 碧真の発言に、日和は引きった笑みを浮かべながら拳を握りしめる。

「私が荷物で良かったね。もし、私に力があったら、碧真君を宇宙の彼方へ殴り飛ばしてるよ」
「無能な人間は、”もし”なんて空想するしかないもんな。可哀想に」

「……俺が見つけたのに」
「陽飛?」
 俯いて声を震わせる陽飛を、成美が心配そうに見る。陽飛は両拳を握りしめると、顔を上げて碧真を睨みつけた。

「俺が見つけたのに、手柄を横取りして、偉そうにするなんて最低じゃないか!」
「手柄も横取りも無いだろう。実際、お前に何が出来る? 術式を破壊する事も、『影』を倒す事も出来ないだろう? 大人しくしておけ」

 碧真が呆れたように言うと、陽飛は更に噛み付くように口を大きく開ける。

「『名取なとり君』の名前を全部見つけたら、俺だって呪術を使えるようになる!! そうしたら、俺が当主様の下で働いて、一族のヒーローになるんだ!!」

 陽飛が聞いた『名取君』という怪談では、異空間内にある術者の名前を全て集めると願い事が叶うという。陽飛は呪術を使えるようになりたくて、『名取君』を実行したのだろう。

「……鬼降魔で呪術の仕事をするのは、お前が憧れているようなものじゃない」
「嘘つき! 本家で呪いの仕事をするのは凄い事だって、皆が言ってた! 俺だって、呪術を使って、格好良く戦えるようになりたい! 皆から凄いって言われたい!!」

「陽飛君、落ち着こう?」
 顔を真っ赤にして声を荒げる陽飛の両肩を日和がそっと抑える。陽飛は日和の両手を乱暴に払い除けた。

「お姉ちゃんだって、何の力もないくせに、本家で働いてるのズルイ!! 何かズルをしたんでしょ!?」

 陽飛の怒りの矛先は、碧真だけではなく、日和にも向けられていた。
 術を自由に扱える碧真、力も無いのに呪術の仕事をしている日和。陽飛からしたら、嫉妬を感じる対象だったのだろう。

(仕事は出来れば変わって欲しいくらいだけど……。陽飛君、急にどうしたんだろう?)

 碧真は日和に対して無能と言ったのだが、陽飛は自分に向けられた言葉だと受け取ってしまったようだ。会った時に比べて、陽飛の様子が攻撃的になっていると感じた。

(無理もないか。こんな場所に閉じ込められて、得体の知れない『影』と追いかけっこだもんね。お腹は空かないし、喉も渇かないけど、疲れは感じるし)

「面倒臭い。勝手に喚いてろ。ガキ」

 碧真は陽飛の怒りを無視して、仕事をすることにしたようだ。上着の裏地から右手で銀柱ぎんちゅうを四本取り出して、土間に向かって投げる。

 土間に浮かぶ攻撃術式に命中して、ガラスが割れるような音が響いた。破壊された攻撃術式は、土間の上に破片となって散らばった。

  碧真が土間へ足を踏み入れようとした瞬間、陽飛が動く。陽飛は碧真を突き飛ばすように商店の中に侵入した。

「バカ! 何やって!」
 捕まえようとした碧真の手を擦り抜けて、陽飛は甲冑や人形が飾られている座敷へと上がり、玉へ向かって手を伸ばす。

 陽飛が手をかけた瞬間、赤い甲冑が不気味な音を立てて動いた。
 赤の甲冑の継ぎ目の部分は、よく見れば空洞ではなく、黒く塗りつぶされている。籠手こての先から黒い指が現れ、陽飛へ向かって伸ばされた。

(甲冑の中に『影』がいるの!?)
 日和は驚愕する。陽飛は目を見開いたまま、体を硬直させて動けなくなっていた。
 
 甲冑の『影』が陽飛に顔を近づけるように屈む。兜の下にある黒い顔に赤い唇が浮かんで、笑みの形を作るのが見えた。

「伏せろ!」
 銀柱を構えた碧真が指示を出すが、陽飛は動けない。碧真の位置からでは、陽飛の頭と『影』の口が重なっている為、今の状態では弱点を狙えなかった。

 碧真は舌打ちして、『影』の手に向かって銀柱を放つ。銀柱は籠手こてに弾かれて地面に転がった。赤い甲冑を身につけた『影』の手が、陽飛の首を掴んだ。

 陽飛を助けようと、碧真が再び銀柱を構えた瞬間、体が吹き飛ばされて壁に叩きつけられた。

 倒れた碧真の前に、黒の甲冑を纏った『影』が立つ。『影』は碧真を見下ろしながら、純白の輝きを放つ刀を上段に振り上げた。

 刀が勢いよく振り下ろされようとした時、碧真の加護のへびが姿を現して、『影』の足に絡み付く。

 巳の力で狙いが外れて、『影』の持つ刀は碧真から離れた場所に振り下ろされて土間を叩く音が周囲に響いた。

 碧真は土間に落としてしまった銀柱を拾い上げて、黒い甲冑の『影』に向かって投げる。しかし、銀柱は甲冑に弾かれてしまった。

「っは……くっ」
 陽飛が苦しそうに呻く。

 赤い甲冑の『影』は、首を絞めたままの状態で、陽飛の体を宙へ持ち上げた。

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