呪いの一族と一般人

呪ぱんの作者

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第三章 呪いを暴く話

第12話 村に潜むモノ

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「えー? ピヨ子ちゃん。本当にそっちでいいのかなぁ? あー、そっちにしちゃうの?」
 壮太郎そうたろう揶揄からかう声に、日和ひよりは「ううっ」と唸りながら視線を右往左往させる。
 
 勝負をオセロからトランプへと変えた。
 ババ抜きは頭を使わない運勝負だと考えたのだが、すぐに間違いであると気づく。

(ババ抜きって心理戦じゃん! めちゃくちゃ苦手なやつ!!)
 日和が困っている様子を見て、壮太郎はニマニマと楽しそうに笑っていた。

(勝ちたい! どうしても欲しい!)
 日和は座卓の上に置かれた賭けの景品を見つめる。
 それは、日和が今すぐに欲しいもの。

(クッキー……)
 日和が願っていた甘いものだ。シンプルなバタークッキー。壮太郎が鞄から取り出したお菓子である。
 
「これだ!」
 彷徨さまよわせていた視線を一点に定めて、日和はカードを引き抜いた。高く掲げた手を下ろして、手に入れた札の絵柄を見る。日和はガクリと項垂うなだれた。

 お決まりのように、ジョーカーを引いてしまった。

 日和は手を背中に隠して、手持ちの二枚のカードをシャッフルする。もし、壮太郎がジョーカー以外を引いたら、日和の負けが確定する。クッキーは手に入らないし、恥ずかしい罰ゲーム付きだ。

 日和は手札を胸の前に戻して、壮太郎に差し出す。

「どうぞ」

(ジョーカー引いて! ジョーカー!! クッキー!!)
 日和は念を送るように、手札をジッと見つめる。壮太郎は指先をカードの上部に軽く置いていく。

 壮太郎の指の動きに合わせて、日和の眉が無意識にピクピクと動いていた。
 壮太郎はニヤリと笑って、右側の札を引き抜く。日和の手に残ったのは、ジョーカーだった。

「はい。僕の勝ちー」
「うぅ、クッキー……」
 壮太郎は得意気に笑い、日和は落ち込んだ。

「ピヨ子ちゃん。わかりやすいんだもん。いいカモだね。特上カモ」
「”特上”と付けると、高級で良い物のような気がしますけど、全然良くない意味ですよね! 悔しい!!」

 部屋のドアをノックする音が聞こえた。

碧真あおしです」
 風呂から上がった碧真が部屋の前にいるようだ。壮太郎が「入っていいよ」と許可をすると、ドアを覆っていた結界の膜がスッと消えていく。

 扉を開け、碧真が部屋に入ってきた。いつもの黒づくめ姿では無く、浴衣を着ている碧真は新鮮な感じがした。表情はいつも通り不機嫌だったが。
 碧真が入室して扉を閉めると、再び白銀色の膜が再生して、結界が部屋を覆った。
 
「何やっているんですか?」
 座卓の上に散らばっているトランプを見て、碧真が呆れたように尋ねる。

「ゲームだよ。二人で賭けをして遊んでたんだ」
 壮太郎が機嫌良く答える。敗北者の顔をした日和を見下ろして、碧真が溜め息を吐く。

「こいつじゃ勝負にならないでしょう。わかっていてやるなら性格悪いですよ」
「待って! 当たり前のようにけなしている碧真君も性格悪いからね!?」
「なら聞くが、一度でも壮太郎さんに勝てたのか?」
 日和はサッと目を逸らす。碧真が勝ち誇ったような笑みを浮かべた。

「どうせ、罠に引っかかったり、表情を読まれたりしたんだろう」
(い、言い返せない!! てか、何でわかるの!? エスパーなの!?)

「ほら、ピヨ子ちゃん。負けたんだから、僕のお願いしたアレやっちゃって」
 壮太郎が面白そうにニヤニヤ笑いながら、罰ゲームを実行するように促す。日和は羞恥心に震えながら両手を組み、首を少し傾け、碧真を見て口を開く。

「……だ、ダーリン♡」

「頭沸いてんのか?」
 見たことがない程にドン引きした表情で碧真が切り捨てる。日和は心に大ダメージを受けた。

「罰ゲームなの!! 私だって、こんなの言いたくなかったよ!!」
 日和は羞恥心に耐えきれずに涙目だ。大爆笑している壮太郎を、日和は恨みがましい目で睨む。

「いやー、一ミリくらいは甘い雰囲気にならないかなって思ってやってもらったけど、全然ダメだったね」
「ガキに何言われても、甘い雰囲気になんて絶対にならないです。冷めた雰囲気で良ければ、いつでも味わえますけど」
「待って!! 私、年上! ガキ違う!! 大人!!」
 若干片言になりながら日和は怒った。碧真が見下すような視線を向ける。

「精神的な年齢を年相応に取れなかった馬鹿が何を言ってんだか。色気ゼロのガキだろうが」
「これからだもん! もっと歳を重ねれば、秘められた色気が開花するはず!!」
「そのまま枯れて萎むだけだろう」
 碧真に鼻で笑われ、日和はショックを受けた。

「叶わない願いだとしても、未来に明るい希望を持って生きるのは良い事だよ」
 壮太郎からフォローにならないフォローを入れられ、日和は思い切り項垂れた。

「つうか、早く部屋に戻るぞ。もう眠い」
 碧真が日和の腕を引っ張る。

「待って! 自分で歩けるから! 引っ張んないでよ」
 日和は文句を言うが、聞き入れて貰えず、問答無用で引きずられる。

「チビノスケ。夫婦役、忘れちゃダメだよ」
 
 碧真は嫌そうな顔をしながら、掴む場所を腕から手首へと変えた。先程より引っ張る力を弱めたつもりらしい。

「おやすみ。仲良く寝なよ」
 壮太郎が笑顔で手を振る。部屋を覆っていた結界が解除された。

 日和と碧真は壮太郎達の部屋を後にした。


 日和達が泊まる部屋に戻ると、布団が二組並べて敷かれていた。
 碧真は苛立ったように布団の一組を掴むと、部屋の隅に移動させ、二つの布団を引き離した。
 部屋の隅に置かれていた衝立ついたてを運び、布団と布団の間に立てて仕切りを作った。

「あんたはそっち側で寝ろ。衝立、倒すなよ」
「? うん」
 碧真が不機嫌に睨みつけてくる理由がわからず、日和は曖昧な返事を返す。

 布団の近くに鞄を引き寄せ、携帯を取り出す。
 画面には圏外と表示されている。日和はネットを見る事を諦め、アラームをセットした。

「電気消すぞ」
「はーい」
 電気が消えると部屋の中は真っ暗になった。鈴虫の涼しげな音色が夜に響く。
 日和は眼鏡を外して、枕元に置いた。

「おやすみ」
 碧真に声をかけて、日和は目を閉じる。
 他人と一緒の空間で寝るなんて久しぶりだ。眠れるかわからなかったが、目を閉じると、とろりと意識が夢の世界へ溶けていく。

 五分と経たない内に、日和は夢の世界へ旅立った。


***


(……マジかよ。速攻で寝やがった)
 規則的に聞こえる寝息に、布団の上に座ったままの碧真は溜め息を吐く。
 
 異性と同じ部屋など、普通は警戒心を抱くか、緊張して眠れないものではないのか。

 気を取り直して、碧真は部屋のドアを睨んだ。

 へびが姿を現す。暗闇の中、巳は青く輝く目で碧真を見つめていた。
 碧真はドアの外を指差す。碧真の意思に従い、巳は部屋の外へと移動する。
 巳の目を通して周囲を探らせるが、人の姿はない。近くにも潜んでいないようだ。

(今夜は何もしないか気か? 行動を起こすとしたら、明日か、明後日か……)

 碧真は衝立に視線を向けた。
 日和は気付いていないが、富持は日和の事を明らかによこしまな目で見ていた。

(本当にバカすぎる……)
 警戒心が無さすぎる平和ボケした人間の護衛など、苦労しか見えない。
 これからの事を考えて、碧真は憂鬱な気分になった。


***


じょう君。おかえり!」
 丈が風呂から上がって部屋に戻ると、壮太郎が笑顔で出迎えた。

 壮太郎は廊下から聞こえる足音で丈だと分かったのだろう。結界を一時的に解除をしていたようだ。丈が部屋の中に入ると、結界が再生していった。

「赤間さんは?」
「チビノスケが迎えに来て、部屋に戻ったよ」
 碧真が役目をしっかり果たしているようで、丈は安心した。

「それにしても、チビノスケはピヨ子ちゃんのこと随分と気に入っているんだね」
「? そうか?」

 碧真は日和の腕を引っ張ったり、放り投げたり、頭を掴んだり、暴言を吐いたりしている。どう考えても、気に入っているようには思えない。

「嫌っているのなら、相手を触ろうとしないじゃん? チビノスケ、ピヨ子ちゃんに触る事に躊躇ためらいが無いみたいだし」
 壮太郎に指摘されて、丈は初めてその事実に気づく。
 
「まあ、恋愛とか甘いやつじゃなさそうだけど。とりあえず、少しは気にかけているみたいだよね」

 碧真は十歳の頃から人と距離を置くようになった。
 父親が『呪罰行き』となった事で、一族から嫌がらせを受けたせいだ。特に碧真を酷く扱ったのは、碧真の母方の叔父。叔父は父親とよく似た容姿をした碧真を恨んだ。碧真の尊厳を踏みにじった叔父の行動は、一族の中では正義の行いとされた。

「それにしても、随分あっさりと村に入れたよね」
 話を変え、壮太郎が頬杖をつきながら皮肉げな笑みを浮かべる。丈は頷いた。

「事前に調査しようとした時にあった結界が、入る時には解かれていた。村を見て回る時には、結界は修復されているようだったな」
 
 丈は総一郎から仕事を命じられた際、事前に村の内部を調査しようと自分の加護を村に向けて放った。
 その際、人の手により生み出された呪術の結界が、村を覆うように張られている事を知った。

 村に着いた時に結界は消え、村の中を見学している際には再び結界が張られていた。
 丈は窓の外を睨み付ける。

「間違いなく、この村には呪術を使える人間がいる」

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