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第三章 呪いを暴く話
第13話 解き放たれた呪いの人形
しおりを挟む村に来て二日目の朝。
日和はアラームが鳴る前にパチリと目を開けた。
体を起こして起き上がる。少しはだけてしまった浴衣を直して、日和は枕元に置いていた携帯を手に取った。
時刻は朝の七時前。
規則正しい寝息が衝立越しに聞こえる。碧真はまだ寝ているようだ。
日和は動きやすい白の半袖Tシャツとジーンズに着替え、チャック付きの薄地の黄色の長袖パーカーを羽織る。髪をポニーテールにまとめ、いつものように軽い化粧を終えると、手持ち無沙汰になった。
(この後、どうしようか?)
丈と壮太郎はもう起きているのだろうか。朝食の時間は何時なのだろうかと日和は考える。
携帯は圏外。暇つぶしのネット鑑賞は無理だ。
(暇だなー。何しようかなー)
立ち上がり、碧真に日の光が当たらないように気遣いながら、窓のカーテンを少しだけ開く。外は晴天だった。雲が流れて行く様子をぼんやりと眺める。
「うっ……」
呻き声が聞こえて、日和は驚きで肩をビクリと跳ね上げる。
(お、起こしちゃったかな?)
日和は慌ててカーテンを閉めて、碧真を見る。
(……巳だ)
巳が碧真の腹の上に乗っていた。
碧真の呻き声が断続的に聞こえる。苦しそうな声から、ようやく碧真が魘されているのだと気づく。
(起こした方がいいのかな?)
他人が魘されているのを初めて見た日和は対処がわからず、戸惑いながら碧真に近づく。
碧真は綺麗な顔を苦しそうに歪めていた。布団を握りしめて歯を食いしばっている姿は、痛みに耐えている様に見える。巳は顔を上げて日和を見た後、空気に溶けるように消えた。
日和は迷った末に手を伸ばして、碧真の肩を軽く揺さぶる。
「碧真君」
名前を呼ぶが、碧真は起きない。少し強めに揺さぶってみる。
「碧真君。朝だよ。起きて」
呻き声が弱まる。また軽く揺さぶると、碧真の目蓋がピクリと動いた。
「おはよう。碧真君」
碧真のぼんやりとした目が、日和を捉える。
幼い子供のような頼りない表情だ。まだ頭が働いていないのか、日和をジッと見つめている。
「魘されていたけど、大丈夫? 気分は悪くない?」
日和の問いに、碧真は顔を手で覆って、大きく溜め息を吐いた。
「……朝から馬鹿の顔見て、気分が最悪だ」
「ちょっと!? 私、心配したんだけど!」
「頼んでない」
憎まれ口を叩かれて、日和は碧真を起こした事を後悔した。
コツンと小さな音が部屋のドアから聞こえた。
「ピヨ子ちゃん。起きてる?」
部屋のドアの向こうから、控えめな声が掛かる。日和がドアを開けると、壮太郎が立っていた。
「おはよう。さて、チビノスケは……って、なーんだ。チビノスケ起きてたのか。悪戯してやろうと思って、色々持ってきたのにー」
壮太郎はマジックペンや鼻眼鏡、掌サイズの可愛らしいウサギのぬいぐるみを手に持っていた。それらを使って、碧真に何かするつもりだったらしい。
碧真が呆れ顔で壮太郎を睨む。
「いい大人が何やろうとしてるんですか? 歳を考えてください」
「年齢で自分に制限をかけるなんて、滑稽で愚かだ。僕は今の僕が面白くてやりたいと思った事をやるよ」
部屋の中に入った壮太郎は、碧真の足の上にウサギのぬいぐるみを置く。
(似合わないなー)
不機嫌な碧真に可愛いウサギは似合わないなと思っていると、ピクリとぬいぐるみが動いた。
「え!?」
座った形をしたぬいぐるみが、手足を伸ばす。ぬいぐるみが歩き出し、碧真の腹に抱きついた。
真正面を向いていた顔を上げて、ぬいぐるみは碧真を見つめる。
『やーい、むっつり。やーい、むっつりー。むっつりすけべー』
抑揚のない幼い声が、ぬいぐるみから発せられる。
『やーい、む』
ぬいぐるみの声が途切れる。碧真がぬいぐるみの顔を握り潰していた。碧真の表情は冷たい。
「なんですか? これ?」
「ただの呪いの人形だよ。喋ったり、動いたり、毛が伸びたりする。昔、よく作ってあげてたでしょ? 友達がいないチビノスケのお友達に良いかなって思って、持ってきたんだ。優しい僕からのプレゼント!」
ぬいぐるみを見下ろした後、碧真は立ち上がる。
窓を開けたと思ったら、碧真は綺麗なフォームでぬいぐるみを外へ向かって思い切り投げた。ぬいぐるみが何か言葉を発しながら、放物線を描いて遠くへ飛んで行く。
何事もなかったかのように、碧真は窓を閉めた。
「で? 何の用で来たんですか?」
「ああ、忘れてた。八時から朝ご飯だから、僕達の部屋で食べようって誘いに来たんだ。僕とピヨ子ちゃんは先に行ってるから、チビノスケは着替えてから来なよ」
「え? 待って、呪いの人形が村に解き放たれてない?? 二人とも平然としてるけど、大丈夫なの?」
「大丈夫だよ。あの人形は逞しく生きていくさ」
「いや、ぬいぐるみの方じゃなくて、村の人がびっくりするんじゃ……」
「まあ、夏は怪談の季節だから、楽しんでくれるんじゃない?」
「えー……」
戸惑う日和に、壮太郎が笑いながら「大丈夫」と口にする。碧真は溜め息を吐くだけだった。
四人揃って朝食を食べた後、宿を出る。
「昼頃に、また宿で会おう」
丈の言葉に、日和と碧真は頷く。
丈と壮太郎は神社へ、日和と碧真は村の集会場で情報を集める為に別行動だ。
「そういえば、村の人から情報を集めるのって、何を聞いたらいいんですか?」
「村の祭りや守り神の事を中心に探って貰えたら助かる。世間話のように聞き出してくれたらいい」
丈の言葉に、日和は頷いた。
「チビノスケ」
壮太郎がニコニコ笑いながら、碧真に何か小声で話す。日和には聞こえないが、碧真は凄く嫌そうな顔をした。
「んじゃ、そういう事だから。二人とも仲良くね! じゃ、また後でね~」
壮太郎は手を振り、丈と一緒に神社の方へ歩き出した。
「俺達も、この場所から早く離れるぞ。面倒臭いのが来……」
「日和さーん!!」
碧真の言葉を遮るように、日和を呼ぶ大きな声が聞こえた。
声の方へ振り返ると、富持が右手を大きく振りながら駆け寄ってきた。
昨日のようなラフな服装ではなく、深緑色の長袖シャツと長ズボン。オレンジ色の帽子とベスト姿で、黒いブーツを履いていた。背には大きな猟銃を担いでいる。
「お、おはようございます。富持さん」
勢いよく登場した富持に驚きながら、日和は挨拶する。
「おはようございます。村の集会場に行かれるんですよね。案内しますよ」
富持がニコリと笑って、日和へ手を伸ばす。日和の腕に触れようとした富持の手は、肌を打つ音と共に払い退けられた。
手を払い退けた碧真が日和の前に立ち、富持を睨みつける。富持は赤くなった手の甲を見下ろした後、目を細めて碧真を睨み返した。
「あんた、昨日から日和に馴れ馴れしすぎないか? どういうつもりだ?」
富持は両手を降参というように掲げる。しかし、仕草とは対照的に煽るような笑みを浮かべていた。
「旦那さんは随分と嫉妬深くていらっしゃる。私はただ、村の一員になる日和さんと仲良くしたいだけですよ?」
(村の一員にはならないけど。それなら私より、碧真君と仲良くした方が良いのでは?)
本当に村への移住を考えている家族だとしたら、仲を深めた方がいいのは村の仕事や行事などで関わる同じ男性同士だろう。
「適切な距離ってものがあるだろうが」
「……余裕の無い男は嫌われますよ?」
富持の煽りに、碧真は眉間の皺を深くした。
(け、険悪……)
自分が関係している筈なのに、話に入れない雰囲気だ。
空気を変えられないかと視線を巡らせる。日和は会った時に気になった富持の背中にある猟銃を見た。
「狩りをするんですか?」
富持はキョトンとしたが、日和が猟銃を見ている事がわかると、ニコリと笑った。
「そうですよ。この村には、よく鹿が出て畑を荒らしますからね。定期的に狩るんです。獲れたら、今日の宴の肉にもなりますからね」
富持は猟銃を手に取り、不敵な笑みを浮かべる。
「邪魔するもの、害のあるものは、力を持って排除する。必要な事です」
富持は目を細めて碧真を見る。碧真は絶対零度の視線で富持を睨み返した。
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