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第二章 呪いを探す話
第8話 縋る想いと願い
しおりを挟む碧真の車で、四人は再び病院を訪れた。
先に飛び出して行った愛美の父親は、既に病室まで辿り着いているのだろう。
四人は車から降りる。
美梅と咲良子は愛美が入院している病棟を目指して足早に歩き出した。二人の後を追いかけようとした日和の後頭部を、碧真が鷲掴みにする。
「え!? な、何!?」
突然の攻撃に、日和は慌てる。
「ちょっと、巳憑き! 何をしてるのよ!?」
美梅が碧真の行動に気づいて咎める。
「総一郎からの指示だ。俺とこいつは別件の仕事に行く。お前達は術者の元へ行き、調査を続行しろ」
美梅はムスッとした顔で黙る。碧真の命令口調は気に食わないが、”総一郎からの指示”には文句が無い様だ。
咲良子は無言のまま、愛美が入院している病棟へ向かって再び歩き出した。
「ちょっと、咲良子! 待ちなさいよ!」
美梅は慌てて咲良子の後を追いかけて行った。
「……別件の仕事って何?」
日和は碧真を見上げて問う。碧真は面倒臭そうな顔をした。
「午前中に会った依頼人から、また依頼が入った」
「榎本さんから?」
呪いをかけられたと思い込んで、頻繁に解呪を依頼するという榎本の顔を思い浮かべる。
(またすぐに依頼するなんて、この短時間で何があったの?)
「俺が渡した護符が破れたから来てくれと、本家宛に電話があったらしい。護符が破れるのは、呪いに対して力を発揮したという事だ」
「え!? じゃあ、榎本さんは本当に呪われてたってこと!?」
「依頼人は呪われていない。護符が破れたのは、入院中の娘に握らせた時らしい。呪いをかけられていたのは、娘の方だ」
「!? それじゃ、娘さんが事故に遭ったのは、呪いなの!?」
「違う。言っただろう? 俺が依頼人に渡した護符は、低レベルの呪いにしか効果が無い。低レベルの術に、相手の命を奪えるものはない」
碧真は皮肉げな笑みを浮かべて、日和を見下ろした。
「タイミングが良すぎると思わないか? 護符が破れたのと、術者が目覚めたのが、ほぼ同時なんて」
日和は目を見開く。
「もしかして、何か関係しているの?」
「それを、これから確かめに行く」
碧真は日和の後頭部を掴んだまま歩き出した。
「ちょ、痛い! だから、何で頭を掴むの!? 離してよ!」
掴まれた後頭部が非常に痛い。日和の抗議を無視して、碧真は進んでいく。
(この、パワハラ野郎!!)
碧真を睨みつけて拳を握りしめた日和は、駐車場の隅で落ち着きなく歩き回っている男性を見つける。
「榎本さんだ」
日和の視線を追った碧真も、榎本を見つけた。碧真は方向転換して、榎本に向かって歩き出す。
(……あ。こっち見た)
日和達に気づいたのか、榎本はピタリと足を止めた。
碧真が声を掛けようと口を開く。
「鬼降魔さーーーーん!!」
辺りに響き渡る榎本の大声に、日和と碧真は固まった。驚く二人の元に、榎本は走ってやって来る。
榎本は荒い息を整えながら、碧真の両腕を掴む。腕を掴まれた碧真は戸惑いながら、榎本の頭頂部を見下ろしていた。
「あ……、……ふ、や……た……」
なかなか息が整わないらしく、途切れ途切れにしか榎本の言葉は聞こえない。
「だ、大丈夫ですか?」
日和が声を掛けると、榎本は何度か小さく頷いた。深く息を吐き出してから、榎本は顔を上げた。
「もらった護符が! 娘に握らせた瞬間に、光って破けたんです! 娘に何か悪いモノが憑いていたんじゃないかって思って! もしかしたら、今も取り憑かれているのかも!!」
榎本は捲し立てるように言うと、碧真の腕を引っ張る。
「とにかく、一緒に来てください!」
細身の碧真は、榎本に引きずられて進んでいく。心底嫌そうな顔をする碧真に、日和は「ざまあ」と思って口元に小さく笑みを浮かべる。何かを感じ取ったのか、碧真が日和を睨む。日和は思い切り顔を逸らした。
榎本に連れられて、愛美とは別の病棟に入った。榎本の娘は、集中治療室にいるらしい。
(集中治療室に護符とか持ち込んでよかったの?)
日和は首を傾げる。集中治療室は重体な患者が運び込まれている筈だ。面会の時も、感染症予防の為に徹底した消毒が行われる筈である。榎本は娘の為を思って護符を渡したのだろうが、衛生面は大丈夫なのだろうか。
集中治療室の扉は閉ざされていて、中の様子は見えない。面会も家族以外出来ないようになっていた。
「どうです!? 何か呪いの気配を感じませんか!?」
榎本は小声ながらも興奮した様子で、碧真に問う。
(距離が離れている状態でも、何かわかるのかな?)
日和は不安な思いで、碧真の背中を見守る。呪いに関するものが見えるようになった日和の不思議眼鏡を通して見ても、おかしなものは見えない。呪いに対して専門知識と技術を持つ碧真なら、何かわかるかもしれない。
「娘さんの写真はありますか?」
碧真が問うと、榎本は慌てたようにズボンの後ろポケットに入れていた財布へ手を伸ばす。榎本は財布から一枚の写真を取り出して、碧真に渡した。
「これが、娘の優子です」
碧真はジッと写真を見つめる。日和も写真を見ようと、碧真の手元を覗き込んだ。
(あれ? この子、何処かで見たような……)
写真の人物に見覚えがある気がした。記憶を探ろうとした日和の視界に、黒いモノが映る。
(何?)
顔を上げた日和はギョッとした。
「へぁっ!?」
間の抜けた声を上げる日和の口に、黒いモノが巻きつく。
日和の口に巻きついているのは、黒い蛇だった。碧真は不機嫌顔で日和を睨み、榎本は不思議そうな顔でこちらを見ている。蛇に驚かないという事は、榎本には見えていないのだろう。
(もしかして、”巳” ?)
碧真の加護の巳。碧真に誘拐された時には黒い影にしか見えなかったが、今ではくっきりと姿が見える。黒い体に青い目をした巳は、円な瞳で日和を見つめた。
「静かにしてろ」
碧真が小声で日和に注意する。日和が頷くと、巳の拘束が緩んだ。
巳は日和の背中をゆっくりと伝い降りると、床の上を這い進む。巳は扉を通り抜けて、集中治療室の中へ入って行った。
「今から、娘さんの様子を探ります」
碧真の言葉に、榎本はコクコクと頷いた。碧真が目を閉じると、周囲に青い光が現れる。
(一体、何をしているんだろう?)
一、二分ほど見守っていると、青い光が徐々に消えて行った。
終わったのか、碧真が息を吐き出して目を開ける。
「ど、どうですか? 何か見つかりましたか?」
榎本が不安げな顔で問う。碧真は考え込むように黙っていたが、榎本を振り返り、嘘くさい笑みを口元に浮かべた。目の奥が笑っていない事に気づいて、日和は怯える。榎本は気づいていない様だ。
「何も憑いていません。恐らく、偶々近くにいた悪いモノに反応して、護符が発動したのでしょう。もう祓われています」
碧真の言葉に、榎本は安堵の表情を浮かべる。
「で、では、娘は助かるんですか?」
「……前にも言いましたが、既に重傷を負った娘さんの怪我はどうにも出来ません。俺は万能ではありませんから」
碧真は目を伏せる。榎本は慌てて、碧真の両腕を掴んだ。
「でも、もう悪いモノはいなくなったんでしょ!? それに、鬼降魔さんの力なら、娘の怪我を治す事も出来るんじゃないですか!?」
一縷の望みに縋る榎本の姿は、今にも壊れてしまいそうな危うさがあった。
碧真は嘘くさい笑みを消すと、榎本を馬鹿にするような冷たい表情を浮かべた。
「あんたの娘の事故は、呪いのせいじゃない。あんたの娘がどうなるかは、俺ではなく、神にでも縋れ」
榎本はその場に膝をつく。涙がポタリ、ポタリと伝い落ちていった。
「娘が何をしたっていうんだ? こんな、こんな理不尽な事があるか? 娘は何も悪くないのに、何でこんな目に」
声を押し殺して泣く榎本を見て、自分の無力さを感じた日和はギュッと掌を握りしめる。
「……お役に立てずに申し訳ありませんが、俺達はこれで失礼します」
踵を返して去ろうとした碧真の上着の裾を、榎本が掴む。
「お願いします。呪いでも、何でもいい。私の命を使って、娘の命を助けてください!」
怖いくらい真剣な目が、碧真を見ていた。榎本の目とは反対に、碧真の目は冷え切っていた。
「あんたは、それでいいんだろうがな。父親の自己満足の自己犠牲で一方的に命を押しつけられた娘は、それで本当に喜ぶのかよ?」
榎本は目を見開く。体から力が抜けたのか、榎本の手は碧真の上着の裾から離れて、ゆっくりと下げられる。榎本は両手で顔を覆った。
「それでも、生きていて欲しいと思うじゃないか……」
榎本が呟いた言葉に、日和の胸が締め付けられる。碧真は無言のまま、榎本の元を去って行く。
大切な誰かに生きていて欲しいと願いは、美しくもあり、残酷だった。
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