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(三)

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 18才で卒業すると、セラフィーヌはアルベールと、都の大聖堂で伝統や作法でガッチガチの結婚式を挙げた。出席者も衣装も出されるメニュー全て、義母が取り仕切られた。新郎新婦はただのお飾りのお人形としていれば良かった。それが、セラフィーヌには我慢ならなかった。

「いったい、誰の結婚式なんだか……」

 式が無事に終わり、アルベールの実家のお城に戻ってから、セラフィーヌは姿見の前で、凝った肩をもみながら愚痴をこぼした。

 アルベールは寝室のベッドの端に腰かけて、不満たらたらの彼女を眺めた。

「ぼくたち侯爵家の儀式みたいなものだよ」

「……は、はあ?」

 セラフィーヌの、ほぐす手が止まった。

「わたしたちの、ではなくて?」

「当たり前だよ。我が家の催事を取り仕切る母上に、ずっと従って生きていればいいんだから」

「ずっとお義母さまに従って…?」

 セラフィーヌが唖然として、じっとアルベールを見つめていると、彼はなに食わぬ顔で彼女を見返して、

「君の実家が子爵まで取り立ててもらえたのも、我が家には釣り合わないからだよ。お母さまが王妃様に口添えしたお陰なんだから」

 セラフィーヌは、何だか、すとんと全てに納得がいった。

 ガミガミと、義母から絞られていても、他人事のような顔をしていられるアルベールの無神経さ。嫁の実家の家族に対して、ろくに愛想もない態度。

 きっとアルベールは、ずっと義母からの言われた通りに生きてきた。だから、何ら疑問にも思わないのだろう。

 セラフィーヌは、怒りどころか、なんだか、ばかばかしくなってきた。

 そんなばかばかしい結婚生活が幕開けした初夜なのに、彼女はアルベールを抱きしめるより先にひどい眠気に襲われた。瞼の奥に、ガミガミと同居する姑にいたぶられるのがありありと浮かんでいた。

 ✳✳✳

 夢みた想像した通りの結婚生活が、現実にも始まった。

 侯爵家ともなると、何かと貴族同士の夜会に呼ばれたり、辺境地で防衛業務にあたる部下の軍人たちをもてなすなどと、何かと嫁としての仕事が多くなる。そのたびに姑の指導(嫁イビリ)がエスカレートしていく。

「セラフィーヌ! なんてひどいステップかしら。まるで案山子みたいよ」 

 いつものように義母ヒラリーに咎められ、セラフィーヌは思わず赤面してうつむいた。

 すると、アルベールや周りの女中たちの口から、「クスクス……」と笑い声が漏れ聞こえてきた。

 田舎暮らしで馬と草原を駆け回ってきた。貴族の社交の場などに疎いのは、屋敷の誰もが知っている。だが、そんな前提を無視した難しい振り付けばかり押しつけてくる。

 本来ならば夫が率先して庇ってもよいはずなのに、まるで他人事のようにアルベールは振る舞っている。彼はいつも自分の立場ばかりを優先する。ヒラリーのいいなりで育ってきただけあって、処世術は身についているのだ。

「お母さま、案山子ではないですよ。あれは、馬ですよ」

 アルベールは大笑いをしてから、素知らぬ顔でヒラリーに告げると、

「なるほどね」

 義母はたるんだ顎に指をあてながいながら、しきりに頷いた。

「確かに、セラフィーヌの首すじの長いところとか、息切れした時の声なんかは、馬のいななきに似ているかも知れないわね。毎日、厩に行って馬とじゃれているだけのことはあるわ」

 どっと笑い声がホールに響いた。セラフィーヌが足繁く厩に行き、あの暴れ馬のスバルに跨がっているのは、屋敷の誰もが知っている事実だった。しかも、スバルは他の者には乗せず、セラフィーヌだけに背中を預けた。スバルは彼女だけに心を許し、彼女もスバルを好んで乗っていた。

 朝から晩までしたくもない礼儀としきたりばかりの生活で、唯一、自由で誰にも邪魔されない大切な時間だった。

(それでさえ、侮辱されなければいけないなんて……)

 セラフィーヌはもう悔しくて、ぎゅっと胸中が苦しくなった。瞼の端にうっすらと涙が溜まり始める。それでもすがるように夫の顔を見あげたが、そのアルベールの顔はケラケラと愉快そうな笑顔をして、こう言った。

「お母さま。これから『じゃじゃ馬令嬢』って呼び名はどうですか?」


 ✳✳✳

 その夜の宴席で、新婚の侯爵子息夫妻のダンスは取りやめとなった。理由は、踊り下手の新婦が足をくじいたせいにされ、ヒラリーがそれを面白おかしく来賓者に触れ回った。

「うちの新婦は、『じゃじゃ馬令嬢』なのよ」

 などと触れ回り、それで、また会場中が笑いの渦になった。
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