4 / 8
(四)
しおりを挟む
その晩、セラフィーヌは眠れなかった。アルベールが隣のベッドで熟睡しているのを見計らい、彼女は寝室を出た。
手提げのランプで城を抜け出すと馬小屋に入り、スバルの手綱を引いて外に出た。
スバルの黒い瞳は、怪訝そうにセラフィーヌを観察した。彼女がいつもの乗馬服ではなく外套姿で、マントからは外行きのロングドレスと、腰には自衛のための短剣が差してあるのに気づいた。
セラフィーヌは放牧地ではなく、屋敷の城門に連れ出そうとする。
「どちらに行かれる気です?」
門衛が、セラフィーヌの前に立ち塞がった。その片方は、以前、スバルに振り落とされた兵士だった。
思わずセラフィーヌは視線を逸らした。
「どこだって、良いでしょ……」
「旦那様にはお許しは? お義母様は?」
兵士は、見下したような目つきで彼女を見て言った。
「関係ない。わたしは自由よ。いいなりなんてならない……」
「なにを、まだ学生みたいなことを言ってるんです。こんな夜中に荒馬に乗ってばかりの困った方ですね。屋敷の皆が、あなたを馬鹿にしてますけど」
兵士は、無理矢理、セラフィーヌの袖をつかみあげ、
「この屋敷の外にまで、『じゃじゃ馬令嬢』なんて、恥さらしはやめてくださいよ」
セラフィーヌは、兵士に強引に引きづられながら、
(……スバル、助けて!)
心の中で叫んでいた。
スバルは微動だにせず、セラフィーヌの瞳をのぞき込んでから、目配せした。
(なら、ぶっ飛ばしてやっていいか?)
そんな青年の声が、彼女の耳の奥に聞こえた。
(お願い!)
セラフィーヌが胸中で叫んだ通りに、スバルは見事に兵士のお尻を後ろ脚で蹴り飛ばした。
「ああっ!」
彼は2メートルほど前方に宙に飛んで行き、地面に突っ伏したまま伸びしてしまった。
(……どこにいく気だ)
スバルの口は動いていない。セラフィーヌの耳の中では、はっきり聞こえる。声質は低いが、透明感のある声だった。
セラフィーヌは、思わず息をのんだ。
スバルが彼女を真正面から見つめている。
お互いに実際に口に出さなくても、意思疎通ができるようだ。
(なぜ、わたしと話せるの?)
(……後でわけは話す。どこに行きたい?)
(実家よ。お父様、お母様、お姉さまに会いたい……)
(……分かった。早く乗れ)
セラフィーヌは逞しいスバルの背に身体を預けて、うす暗い王都の街道を走り抜けていった。
手提げのランプで城を抜け出すと馬小屋に入り、スバルの手綱を引いて外に出た。
スバルの黒い瞳は、怪訝そうにセラフィーヌを観察した。彼女がいつもの乗馬服ではなく外套姿で、マントからは外行きのロングドレスと、腰には自衛のための短剣が差してあるのに気づいた。
セラフィーヌは放牧地ではなく、屋敷の城門に連れ出そうとする。
「どちらに行かれる気です?」
門衛が、セラフィーヌの前に立ち塞がった。その片方は、以前、スバルに振り落とされた兵士だった。
思わずセラフィーヌは視線を逸らした。
「どこだって、良いでしょ……」
「旦那様にはお許しは? お義母様は?」
兵士は、見下したような目つきで彼女を見て言った。
「関係ない。わたしは自由よ。いいなりなんてならない……」
「なにを、まだ学生みたいなことを言ってるんです。こんな夜中に荒馬に乗ってばかりの困った方ですね。屋敷の皆が、あなたを馬鹿にしてますけど」
兵士は、無理矢理、セラフィーヌの袖をつかみあげ、
「この屋敷の外にまで、『じゃじゃ馬令嬢』なんて、恥さらしはやめてくださいよ」
セラフィーヌは、兵士に強引に引きづられながら、
(……スバル、助けて!)
心の中で叫んでいた。
スバルは微動だにせず、セラフィーヌの瞳をのぞき込んでから、目配せした。
(なら、ぶっ飛ばしてやっていいか?)
そんな青年の声が、彼女の耳の奥に聞こえた。
(お願い!)
セラフィーヌが胸中で叫んだ通りに、スバルは見事に兵士のお尻を後ろ脚で蹴り飛ばした。
「ああっ!」
彼は2メートルほど前方に宙に飛んで行き、地面に突っ伏したまま伸びしてしまった。
(……どこにいく気だ)
スバルの口は動いていない。セラフィーヌの耳の中では、はっきり聞こえる。声質は低いが、透明感のある声だった。
セラフィーヌは、思わず息をのんだ。
スバルが彼女を真正面から見つめている。
お互いに実際に口に出さなくても、意思疎通ができるようだ。
(なぜ、わたしと話せるの?)
(……後でわけは話す。どこに行きたい?)
(実家よ。お父様、お母様、お姉さまに会いたい……)
(……分かった。早く乗れ)
セラフィーヌは逞しいスバルの背に身体を預けて、うす暗い王都の街道を走り抜けていった。
0
お気に入りに追加
36
あなたにおすすめの小説


私が愛する王子様は、幼馴染を側妃に迎えるそうです
こことっと
恋愛
それは奇跡のような告白でした。
まさか王子様が、社交会から逃げ出した私を探しだし妃に選んでくれたのです。
幸せな結婚生活を迎え3年、私は幸せなのに不安から逃れられずにいました。
「子供が欲しいの」
「ごめんね。 もう少しだけ待って。 今は仕事が凄く楽しいんだ」
それから間もなく……彼は、彼の幼馴染を側妃に迎えると告げたのです。
傲慢令嬢は、猫かぶりをやめてみた。お好きなように呼んでくださいませ。愛しいひとが私のことをわかってくださるなら、それで十分ですもの。
石河 翠
恋愛
高飛車で傲慢な令嬢として有名だった侯爵令嬢のダイアナは、婚約者から婚約を破棄される直前、階段から落ちて頭を打ち、記憶喪失になった上、体が不自由になってしまう。
そのまま修道院に身を寄せることになったダイアナだが、彼女はその暮らしを嬉々として受け入れる。妾の子であり、貴族暮らしに馴染めなかったダイアナには、修道院での暮らしこそ理想だったのだ。
新しい婚約者とうまくいかない元婚約者がダイアナに接触してくるが、彼女は突き放す。身勝手な言い分の元婚約者に対し、彼女は怒りを露にし……。
初恋のひとのために貴族教育を頑張っていたヒロインと、健気なヒロインを見守ってきたヒーローの恋物語。
ハッピーエンドです。
この作品は、別サイトにも投稿しております。
表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが
ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。
定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない
そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

「白い結婚の終幕:冷たい約束と偽りの愛」
ゆる
恋愛
「白い結婚――それは幸福ではなく、冷たく縛られた契約だった。」
美しい名門貴族リュミエール家の娘アスカは、公爵家の若き当主レイヴンと政略結婚することになる。しかし、それは夫婦の絆など存在しない“白い結婚”だった。
夫のレイヴンは冷たく、長く屋敷を不在にし、アスカは孤独の中で公爵家の実態を知る――それは、先代から続く莫大な負債と、怪しい商会との闇契約によって破綻寸前に追い込まれた家だったのだ。
さらに、公爵家には謎めいた愛人セシリアが入り込み、家中の権力を掌握しようと暗躍している。使用人たちの不安、アーヴィング商会の差し押さえ圧力、そして消えた夫レイヴンの意図……。次々と押し寄せる困難の中、アスカはただの「飾りの夫人」として終わる人生を拒絶し、自ら未来を切り拓こうと動き始める。
政略結婚の檻の中で、彼女は周囲の陰謀に立ち向かい、少しずつ真実を掴んでいく。そして冷たく突き放していた夫レイヴンとの関係も、思わぬ形で変化していき――。
「私はもう誰の人形にもならない。自分の意志で、この家も未来も守り抜いてみせる!」
果たしてアスカは“白い結婚”という名の冷たい鎖を断ち切り、全てをざまあと思わせる大逆転を成し遂げられるのか?
愛されていたのだと知りました。それは、あなたの愛をなくした時の事でした。
桗梛葉 (たなは)
恋愛
リリナシスと王太子ヴィルトスが婚約をしたのは、2人がまだ幼い頃だった。
それから、ずっと2人は一緒に過ごしていた。
一緒に駆け回って、悪戯をして、叱られる事もあったのに。
いつの間にか、そんな2人の関係は、ひどく冷たくなっていた。
変わってしまったのは、いつだろう。
分からないままリリナシスは、想いを反転させる禁忌薬に手を出してしまう。
******************************************
こちらは、全19話(修正したら予定より6話伸びました🙏)
7/22~7/25の4日間は、1日2話の投稿予定です。以降は、1日1話になります。

病弱な幼馴染と婚約者の目の前で私は攫われました。
鍋
恋愛
フィオナ・ローレラは、ローレラ伯爵家の長女。
キリアン・ライアット侯爵令息と婚約中。
けれど、夜会ではいつもキリアンは美しく儚げな女性をエスコートし、仲睦まじくダンスを踊っている。キリアンがエスコートしている女性の名はセレニティー・トマンティノ伯爵令嬢。
セレニティーとキリアンとフィオナは幼馴染。
キリアンはセレニティーが好きだったが、セレニティーは病弱で婚約出来ず、キリアンの両親は健康なフィオナを婚約者に選んだ。
『ごめん。セレニティーの身体が心配だから……。』
キリアンはそう言って、夜会ではいつもセレニティーをエスコートしていた。
そんなある日、フィオナはキリアンとセレニティーが濃厚な口づけを交わしているのを目撃してしまう。
※ゆるふわ設定
※ご都合主義
※一話の長さがバラバラになりがち。
※お人好しヒロインと俺様ヒーローです。
※感想欄ネタバレ配慮ないのでお気をつけくださいませ。
僕は君を思うと吐き気がする
月山 歩
恋愛
貧乏侯爵家だった私は、お金持ちの夫が亡くなると、次はその弟をあてがわれた。私は、母の生活の支援もしてもらいたいから、拒否できない。今度こそ、新しい夫に愛されてみたいけど、彼は、私を思うと吐き気がするそうです。再び白い結婚が始まった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる