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第29話 ボルテージ

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数日後、P・Pギルドからの帰り道、偶然ノアとばったり会った。


「ムコウマルさぁ~ん」


この後、「抱いて!」までが様式美なのだが今回は違った。
ノアが俺の胸に飛び込んできたのだ。
新たなパターンで俺を揶揄いにきたな。


「ノアちゃん」


マシュウが俺からノアをそっと引き離す。
だが、目が鋭い。
ノアは俺を揶揄っているだけだから、そんな目をするんじゃないよ。


「はいはい、気が向けばな」


俺も慣れたもんで適当にあしらう。
だが、ノアの顔を見ると、どうもいつもと様子が違う。
今にも泣きだしそうだ。
これが俺を揶揄う為の演技だとしたら大したものだ。


「どうかしたのか?」


気になった俺が尋ねる。
ノアはチラッとマシュウを見た後、ウワァ~ンと大声で泣き出した。
マシュウは自分が引き離した事が原因で、ノアが泣き出したのではないかと困惑している。
俺を揶揄っている訳では無いのか?

こんな往来で泣いている女一人に男が二人だ。
何も知らない人が見れば、痴話ゲンカだと勘違いされかねない。

方や見目麗しいマシュウ。
方や俺は何の特徴もないごく普通の人間。

このシチュエーションでマシュウと俺を比べた場合、多くの人間が俺を非難するだろう。
その見た目だけで。
世の中、理不尽だな。
あーどーせ、俺は何の特徴もない人間ですよ。

おっと。
一人で勝手に逆ギレしている場合ではない。
とにかく、ノアを落ち着かせる事が先決だ。
話しがあれば聞いてやろう。


「落ち着け、何かあったのか? 話せる範囲で構わないから話してみろ、俺でよければ聞いてやるから」


ノアの両肩を掴み目を見る。
ノアは一瞬泣き止んだかと思えば、「ムコウマルさぁ~ん」と再び泣きながら俺の胸に飛び込んでくる。
さすがにマシュウも空気を読んだのか、引き離すような事はしなかった。

こんな所で立ち話をする訳にもいかず、どこか落ち着いて話せる所へ行こうと提案すれば、ノアはならタケシの店でと言う。
俺達も後は帰るだけだから了承しタケシの店へ向かう。

この時間だと、店の営業は終了しているのでノアは裏口へ向かう。
俺達も続いて中へ入った。


「おう、ノアどうした? それにサトシまで」
「ああ、すぐ近くでノアと会ってな、ノアがここでと言うから」
「そうか、メシは?」
「もう済ましたから大丈夫だ。 ありがとう」
「なんだ水くさい」


タケシはノアに「メシは?」と尋ねる。
ノアは小声で「食べる」と言う。
タケシもそれ以上何も言わず厨房へと向かって行った。

テーブルへ向かい腰を掛ける。
マシュウが俺の横に座る。
ノアは向かいに座り俯いている。

ノアは夕食がまだのようだから、食べれば少しは落ち着くだろう。
話を聞くのはそれからでも構わないな。


「ただいま~。 ああー、お腹空いた」


そこに、ナナが裏口から入ってきた。
腹が減ったと言っていたから夕食を食べにきたのだろう。


「あら、どうしたんノア、今日ここに来るって言ってたっけ?」
「…………」


ノアは無言だ。


「よう、ナナ。 こんばんは」
「こんばんは、ムコウマルさん…… って、マシュウ先輩!?」
「お疲れ様、クラキ」
「お、お、お疲れ様です。 な、な、なんでここにマシュウ先輩が!?」
「ちょうど良かった。 少し話しがあるのだが良いか?」
「は、話し? は、はい」


ちょうど良いと言っていたから、マシュウは自分の事を全て話すつもりなのだろう。
「少し失礼します」とマシュウは俺に言い、席を立とうとしたのだが、タケシが料理を運んできた。


「まずは、冷める前に食べろ。 話しはそれからでも出来るだろ?」


そう言って、ノアとナナの前に料理が置かれる。
俺の前には、生ビールとツマミが置かれ、マシュウの前にはティラミヌとコーヒー。

僥倖!
タケシの絶品料理に酒とは、なんて贅沢な組み合わせだ。
ツマミを一口放り込み、一気に生ビールを流し込む。
思わず、カァーッと声が出る。
至高の瞬間だ。

酒が空になったのを見てタケシがジョッキを下げ、何も言わずにおかわりを持ってくる。
またしても一気に呷る。
ナナも負けじと2杯目に手を伸ばす。
それを見たマシュウが声を掛ける。


「サトシさん、ノアちゃんの話を聞くのですから程々に。 クラキもちゃんと話を聞いて欲しいから、続きは話が終わってからにしてくれないか。 そんなに長い話ではないから」


はっ。
そうだった。
ノアの話を聞かなければならなかったんだ。
思わず、次はたまにはワインでもと考えていた。

酒好きのナナも俺と同様だったようで、ハッとしている。
そして、「やってもぉ~た」と青い顔で小さく呟いている。

好きな男の前で本性をさらけ出したのだ。
恥ずかしいどころではないだろう。
まぁ、マシュウはそんな事は気にしないと思うが。

ノアとナナの食事が終わったので話しを聞く事にする。
マシュウはナナと共に別のテーブルへ座っている。


「で、何があった? 話したくなければそれでもいいが」
「…………」


ノアは相変わらず俯いたままだ。
出された食事はキッチリ食べていたから、体調面では問題なさそうだ。
なら、精神的な事か。
まぁ、良く考えれば、体調が悪い中、外へは出歩かないだろうからな。


「ウワァァァン」


突然の号泣に驚く。
号泣の主はナナだった。


「マシュウせ゛ん゛ぱ゛ぁ゛~゛い゛。 た゛、大゛変゛で゛し゛た゛ね゛ー゛ー゛」


クセなのか、表現に困る泣き声でナナはマシュウに抱き着いている。
マシュウも少し困った表情をしているが、離そうとはしない。


「ウワァァァン」


連られて今度はノアが泣き出した。


「ムコウマルさん、アタシ悔しい!」
「そうか、話せる範囲でいいから話してみろ」


ノアは経緯を話しだした。

全滅を使えば必ず勝てるからと、ノアはフリーダムベル以外では適当な台選びをしていたそうだ。
だが、適当に選んだ台だと、当然勝てる訳がない。
そこで、負債を減らす為全滅を使おうとしたのだが、全滅が使える台がどんどん減って行き、今では設置自体がなくなった。
ノアは「なんでもっと全滅で稼がへんかったんやー」と後悔するも後の祭り。
そんな中で、ある情報を手に入れたと言うのだ。


「ボルテージに攻略法?」
「せやねん」


ボルテージ。
マイナーメーカーから発売されたパチスロ機だ。

この機種も俺がウラモノ化に携わった機種だから知っている。
知ってはいるが、攻略法なんて無かったはずだぞ。
それとも、俺が知らないだけなのか。

このボルテージと言う機種は規制により射幸性を著しく落とされた機種だ。
ボーナス比率はBIGボーナス1に対しREGボーナス3のREG偏向型。
REGで粘ってBIGで増やす仕様なのだが、爆裂ウラモノに慣れたユーザーは見向きもしない。
当然、注射によりウラモノ化されたのだが、これが中々ピーキーだった。
それは、モード方式だったからだ。

モード方式と言っても複雑なものではない。
所謂、状態ヴァージョンと呼ばれるもので、モードは通常と状態の二つしかない。

大当たりの抽選は状態中でしか行われておらず、通常時は絶対に大当たりしない。
その代わり、一度状態に突入すればかなりの量のメダルが獲得できる。
とは言え、当然の事ながら、己のヒキが悪ければ少量しかメダルが獲得できないケースもある。
ウラモノ特有のイチかバチかだな。

だが、攻略法があれば話しは別だ。
攻略法の手順によっては、今後俺のメイン機種になるかも知れない。
ウラモノだから、ハデに出しても怪しまれないだろうからな。


「その攻略法ってのは?」


攻略法を知らない俺が尋ねる。
ノアは、その攻略法の手順を教えてくれた。

この攻略法を理解するには、まず、裏返ったボルテージの仕様を知る必要がある。
その仕様はこうだ。


●ヴァージョン:状態ヴァージョン
●ボーナスは状態中でしか当選しない(通常時は未抽選)
●状態突入条件:チェリー成立時の1/11
●状態終了条件:BIG成立時の1/11
●状態中は1/8でボーナス当選(天井32G)
●ボーナス比率:BIG1:REG3
●チェリー確率:1/400
●その他通常時の小役は90%カット


射幸性を落とした、REG偏向型を逆手にとった仕様。
REGでは状態が転落しないのだ。
故に、一度状態へ突入すればかなりの爆発力がある。
その分、状態突入までの道のりは、メダル持ちが極悪である事が手伝いかなり険しい(確率1/4400)。

そして、肝心の攻略法は次の通りだ。


1. 体感器でチェリーを狙い撃ち


注射によるバグでチェリーの周期が一定(3.6秒)になったが故に可能になった攻略法だ。
チェリーの周期が3.6秒と、驚くべき遅さになった為、充分に狙える。
狙えるのだが、人間はコンマ何秒かを狙うなんて正確な動作は、体感器を使用していても出来ない。
その近くを狙う事しか。
つまり、チェリー周期の周辺以外は狙わないと言うムダを省く方法だ。
それでも、チェリー出現率は大幅に上がる。

そして、その詳細手順なのだが。


① 体感器を3.6秒にセット
② 体感器の任意のタイミングでレバーオン
③ チェリー当選まで②を繰り返す
④ チェリー当選後は周期に合わせレバーオン


3.6秒で一拍だとタイミングが取りづらいので、3.6秒で数拍など工夫は必要だ。

パチスロ機には負けor勝ち過ぎないようにプレイ間にウェイトが設けられている。
現行機の規制では、そのウェイトは4.0秒。
一見、3.6秒は狙えないかと思えるがそうではない。
それは何故か。

まずは、パチスロに於けるプレイの流れを簡潔に説明しよう。


① メダル投入
② レバーオン
③ リールスタート
④ リール停止
⑤ ①に戻る


こんな所か。
ウェイトは④から次プレイの④が可能になるまでの4秒間。
フラグの抽選は②ですでに行われているから、3.6秒で狙える訳だ。

確かに、強力な攻略法ではあるが、俺がメインにする事はないな。
なんせ運の要素が強すぎる。
最初のチェリーを引くまで、どれぐらい投資が掛かるか分からない。
1/400の確率なんて、1,000ゲーム以上当たり前のようにハマるからな。
メダル持ちが悪い分、投資額はかなりになるだろう。
それに……


「その攻略法のソースは?」
「それは、攻略誌からやね」


やっぱりか。
攻略誌からの情報なら、ギルド側も当然その攻略法を知っていると見るべきだ。
ならば、体感器の使用を禁止するはずなのだが。


「ギルドには体感器使用禁止の告知は無かったのか?」
「あったで」


だろうな。
なら、ノアは体感器を使っていた事が店にバレて出玉没収されたとかそんな所か。
ギルドが告知している以上それは仕方がないと言うか、当然だと思うのだが。


「それで、お前は体感器を使っている事がバレて、メダル没収された事が悔しいと」


気持ちは分かるが、これはどうしようもないな。
気が済むまでノアの愚痴に付き合ってやるか。

だが、ノアの口から出たのは愚痴では無かった。
体感器、メダル没収まではその通りなのだが、それまでの経緯が悔しいとノアは言うのだ。

その経緯とはこうだ。
ノアの職場は大手家電メーカーで、そこでオペレーターの仕事をしている。

自社製品には肩コリなどの緩和に使う低周波治療器もあり、それにノアは目を付けた。
この低周波治療器を体感器の変わりに出来ないかと。

低周波治療器だと、端末を服の内側へと貼り付けたりする事が出来、外見では分からない。
万が一、端末を貼り付けている所をスタッフに発見されても、肩コリの緩和で付けているだけであって、体感器としては使っていないと言えるからだ。

しかし、自社製品の正規版では3.6秒周期の低周波治療器なんて無い。
それもそうだろう。
低周波治療器とは、肩を叩いたり揉んだりする機能だから、そんな遅い秒間で叩いたり揉んだりしても効果は薄い。

だが、その低周波治療器にはリズム叩きモードが存在した。
とは言え、先述のようにリズム叩きモードが、3.6秒間と言う遅いリズムは無い。

そこで、ノアは開発の人間に尋ねたそうだ。
リズム叩きモードに0.9秒間隔が無いかと。
0. 9秒間隔があれば、4間隔で3.6秒になるからだ。

しかし、開発からの答えはノー。
0. 9秒間隔のリズム叩きモードは存在しないと言われたのだ。

ノアはここで諦めなかった。
ならば、0.9秒間隔のリズム叩きモードがある治療器が造れないかと。
これには、開発もイエスを出す。
だが、一から造るとなると大変な額になると言われたのだ。

それはそうだろう。
企業が一から新製品を造るとなると、相当な額になるのは想像に難くない。
『宝馬記念』でかなりの金を得たノアとは言え、そんな額では到底足りない。
ガックリと肩を落としたノアを見かねたのか、開発の人間はある言葉を発したらしい。


「既製品を改造?」
「せやねん、ウチの会社の既製品を改造したら、0.9秒間隔はイケるって」


それなら、安価で出来ると言われ、ノアは早速依頼。
開発の人間は、まさか本当に作れと言われるは思っていなく渋っていたが、ノアにウンザリする程頼み込まれ了承。
誰にも彼が改造した事を絶対に漏らさないと約束し造ってもらったそうだ。
礼もそれなりの額を渡したと言う。

いや、俺に漏らしとるやん。
思わず「西国ウェスト」なまりでツッコミそうな所をグッと堪える。

ノアはその改造品で攻略法を使用。
初期投資こそ掛かったが、メダルは順調に増えて行く。
が、突然遊技を止められ事務所へ連行されたそうだ。


「そこでボディーチェックをされて……」
「ボディーチェック? 相手は女だったのか?」
「男やった」
「男が女にボディーチェックだと」
「服も脱げっていわれて……」
「分かった、もうそれ以上何も言わなくていい」


ノアの目には今にも零れそうな涙が。
話しが終わったのか、マシュウとナナもいつの間にか俺達の話しを聞いていた。

ナナは怒り心頭なのか、拳を握りしめている。
マシュウは俺に目を向け、両腕を包むような仕草をし、次いでノアを見る。
これは、ノアを抱きしめてやれって事か。
なぜ俺がとは思ったが、ノアを抱きしめてやった。
その途端、ノアは再び号泣したのだった。


「それで、悔しいか」


ノアは泣くだけ泣いて落ち着いたのか、あらましの事を話してくれた。

結局、低周波治療器は体感器として認知された。
ノアはあくまでも、肩コリの緩和の為だと言い張ったのだが、告知には『体感器等の使用を禁ずる』とあるとギルド側は言う。
ノアは呆れたように、「だから何度も言っているでしょう」と言ったが、ギルド側は「告知には“等”とあります。 その治療器は“等”に該当する」と言われたそうだ。
そんなの後付けでどうとでも出来ると反論したが、ギルド側は聞く耳を持たず。
半ば、追い出されるような形でギルドを放り出されたのだ。


「服を脱がされて、ボディーチェックされた時、悔しいけど、ほんのちょぉ~っとだけムラッと来てもうてん」


そっちかぁ~い。
悔しいのはそっちかぁ~い。
まぁ、気持ちは分からなくもない。


「そうか、それにしても普通は女性のボディーチェックをするなら、同じ女性がすると思うが」
「せやろ、ギルマス権限とか言~てたわ」
「マシュウ、こっちの世界、いや、今の時代でハラスメントは?」
「残念ながら、まだ認知されていませんね」
「やっぱりか」
「 「 「はらすめんと?」 」 」


タケシと姉妹が首を傾げる。
簡単に説明してやるが、あまり理解していないようだ。
無理もないか。


「せやから、ムコウマルさん」
「ん? なんだノア」
「抱いて!」


どうやら、いつものノアに戻ったようだな。
俺を揶揄う余裕も出て来たのだから。


「はいはい、何故“せやから”なのかはひとまず置いておいて、機会があればな」


俺も適当にあしらう。
タケシも呆れていたが、ゲンコツを落とす事はしなかった。
ノアは「揶揄ってへんのに」と呟く。
ここまでが予定調和だ。


「だが、どうする? 意趣返ししたいなら手を貸すぞ」
「意趣返し? どうやって?」
「そのギルドで、攻略法を使いハデに出してやればいい」
「攻略法でハデに出す? でも体感器は使われへんで」
「その攻略手順なら、体感器なんて使わなくても簡単に出来るぞ」
「そうなん!!??」


俺の記憶ではボルテージの攻略法は無い。
この攻略法も初耳だ。
だが、聞いた限りでは体感器など使わなくても攻略可能だ。

運の要素が確かに強く、稼ぎの種にする事は出来ないが、まぁ、一度ぐらいはいいだろう。
ウラモノだしハデに出しても怪しまれる事もない。
なら、最初で最後のボルテージを打って、出しに出しまくってやろう。



※注)パチンコ・パチスロ店は18歳未満の方は入場できません(高校生は不可)
   ネットに溢れる攻略法はガセが多いと聞きますのでご注意下さい

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