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第30話 ボルテージ②
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「サトシさん、お客様が見えています」
「客? 俺に?」
仕事帰りに俺を訪ねて来たマシュウが客だと言う。
客って誰だ?
こっちの世界で知り合いなんて、タケシ夫妻にノアナナ姉妹しか居ない。
この四人を客とはマシュウは言わないだろう。
後はオカルト先生ぐらいだが、先生には俺が今住んでいる住所を教えていない。
う~ん、分からん。
「直ぐ近くの喫茶店で待ってもらっていますので、準備ができればお越しください」
「ああ、分かった。 すぐ行く」
誰かは会ってみれば分かるだろう。
準備と言っても、マシュウが帰ってきたらメシを食べに行く予定だったからすでに出来ている。
サイフをポケットに入れ部屋を出る。
「あっ、ムコウマルさん。 行く?」
俺が部屋を出たのを察知したノアが声を掛ける。
ノアとも、メシを一緒に食べに行く約束をしていた。
「いや、来客があってな。 後で声を掛けるから、すまないが少し待っていてくれないか。ナナにもそう伝えてくれ」
「は~い」
そう言って、ノアは部屋へ戻って行く。
誤解なきよう言っておくが、ノアと一緒の部屋に居た訳ではない。
そもそも、俺の部屋は1DKだから、二人で住むのに向いていない。
マシュウがナナに自分の事を正直に告げた日。
俺がマシュウの助言で部屋を借り、その隣に引っ越した事も告げた。
それを聞いたナナは「アタシもマシュウ先輩の隣に引っ越します」と言い出した。
すると、ノアが「じゃぁ、アタシも隣に…… って、そうやナナ、アタシと一緒に住めへん? 家賃とか折半で」と言い出したのだ。
ナナはその案を快諾。
そこに待ったを掛けたのはマシュウだった。
俺達が借りている部屋は二人で住むのは難しいからと。
俺は、荷物なんて必要最低限しかないから部屋は広々としている。
しかし二人、しかも女性が、となれば荷物はかなり多いだろう。
姉妹は残念がっていたが、ここでタケシが割って入ってきた。
「サトシとベップ君が住んでいる所は、ここから直ぐ近くのマンションだろ。 あそこの大家はウチの常連で、引っ越すから誰か借りてくれる人はいないかと相談されていたんだ。 そこなら二人でも住めるのではないか?」
マンションのオーナー家族が住む用にと、一部屋だけ広く造っており、そこに住んでいたのだが引っ越して行ったそうだ。
何でも、子供達が結婚や就職で家を出たらしく、夫婦二人だけだと持て余してしまうからだと。
「サトシとベップ君の部屋の隣かどうかは分からないがな」
タケシがそう言うや否や、二人は今から見に行くと言い出した。
この時間だと、部屋の中は見られないぞと言ったのだが、二人はそれでも構わないと言う。
そこまで言うのであればと、俺達は連れだってタケシの店を出た。
なぜかタケシも一緒に。
姉妹は、タケシは店の後始末があるから付いてこなくていいと言ったが、タケシは無視して付いてきた。
姉妹は不服そうだ。
二人の言う通り、店の事があるから付いてこなくても大丈夫だと俺は言ったのだが、タケシは頑として付いて行くと言う。
二人は俺とマシュウが責任をもって家まで送ると言ってもだ。
そうして、俺達のマンションに来て件の部屋を見たのだが、やはり外観だけでは分からない。
後日、大家に頼んで中を見せてもらおうと言う事になり、そこで二人は帰るはずだった。
だったのだが、ナナはシレッとマシュウの部屋へ入ろうとし、ノアは俺の部屋へ入ろうとした。
そして、二人揃って「今日はここに泊まる!」と言い出した。
タケシはそれを予想していた。
二人はドサクサに紛れて、俺達の部屋へ突入するのだと。
それを止める為について来たのだ。
ナナがマシュウの部屋に突入したいのは分かる。
だが、なぜノアが俺の部屋へ入りたがるのか。
そこまで俺を揶揄いたいのか。
全く困ったもんだ。
タケシは二人を無理やりにでも連れ帰ろうとしたのだが、この姉妹は二人揃って並みの膂力ではない。
時間は深夜までとは行かないが浅い時間でもない。
これ以上騒がれると周りの住民に迷惑を掛けるから俺から提案した。
「幸い俺の部屋は荷物が少ないから、一晩ぐらいなら二人で寝れるだろう。 だからお前ら二人は俺の部屋へ泊っていけ。 俺はタケシの所に世話になる」
二人は間取り等を見たいのだろう。
俺の部屋とは広さが全く違うだろうが、参考にはなるはずだ。
タケシに「すまない、今晩一晩だけ頼めるか」と言えば複雑な表情をしている。
姉妹も「それやったら意味ないやん」と二人揃ってギャーギャー言っている。
マシュウは苦笑いだ。
これじゃぁ、埒が明かないと思った俺が、「二人共、今日はもう帰れ!」と強く言えば、二人は渋々帰って行った。
マシュウはウンウンと頷いている。
二人共、俺達が家まで送ったと付け加えておく。
その翌日、二人は大家から部屋を見せてもらい、これなら充分二人で住めると判断。
家賃を訪ねると、驚くべき安さで貸してくれると言うので即決。
ナナもノアも、お互いの職場の寮に住んでいたので引っ越すのは問題ないとの事。
さらにその翌日。
寝泊まりするのに必要最低限の物だけ持ち込み、この部屋に住むようになった。
残りの荷物は少しずつ運ぶらしい。
そんな経緯があり、ノアとナナは俺達の住んでいる同じマンションに住む事となった。
ちなみに、姉妹の部屋は俺達と同じフロアだが隣ではなく、一部屋置いた二つ隣りだった。
喫茶店に入ると奥の席にマシュウがいた。
隣にはなぜかナナがいて、満面の笑みを浮かべている。
向かいには男女が座っている。
この二人が客なのだろう。
顔を見ても誰だか分からない。
だが、どこかで見たような……
「すまない、待たせたな」
俺がそう言うと、二人は立ち上がり、「先日はありがとうございました」と二人揃って頭を下げる。
先日?
う~ん、思い出せん。
「まず、頭を上げてくれ。 だが、 礼を言われるような事をした記憶は無いのだが……」
「とんでもございません」
頭を上げた二人が言う。
確かにどこかで見た顔だ。
それも、こっちの世界に来てから。
誰だったかなぁ~。
「その後の具合はいかがですか?」
マシュウが尋ねる。
「はい、あれから発作も出ずに順調です」
「それは良かったです」
発作……
あっ!
思い出した。
ギルドでパニック障害で倒れた女と、その旦那だ。
あんな遠い場所から、わざわざ礼を言う為だけに来たのか。
でも、どうやって俺の居場所が分かったんだ?
俺が不思議そうにしていると、マシュウが説明してくれた。
あの時、マシュウが自分は警官だと女に告げた。
持ち物を改める為に。
その事を覚えていた女が、地元の詰所に改めて礼を言いに行ったのだが、そんな人物はいないと言われた。
女は首を傾げていると、詰所に貼られている広報のポスターを指さした。
このポスターの方だと。
マシュウはその容姿により、組織の広報のポスターにモデルとして採用され、堂々と素顔を晒している。
それを聞いた、詰所の職員が「ああ~、ベップさんね。 しょっちゅう聞かれますよ」と言ったそうだ。
そして、その職員はマシュウの詰所の場所を教えた。
それを聞いた夫妻が、マシュウの詰所に訪ねてきた訳か。
しかし、その職員は言うなれば仲間の情報を、そんなに易々と教えて良いものなのだろうか。
この二人が、凶悪犯とかでマシュウの命を狙っていたらどうするんだ?
まぁ、その職員も頻繁に聞かれてウンザリしていたのだろう。
これまで、何度も同じ答えを言ってきたが、これと言ったトラブルもなかったから、今回も大丈夫だろうと判断したのだろうな。
それにしても、こんな遠い所まで。
交通費も掛かっただろうし、逆に悪い事をしたな。
…………待てよ。
なら、その交通費を稼いでもらうか。
だが、一つ問題があるな。
「そうか、わざわざすまないな」
「とんでもございません。 それに、私の実家が近くですので、ついでに帰れてありがたいぐらいです」
女が言う。
旦那も頷いている。
そう言ってくれるとありがたいが、こっちがついででも良かったぞ。
「あれから発作も出ないと言っていたが本当か?」
「はい、大丈夫です」
「治ったのか?」
「それについては私から」
治ったかどうか女に尋ねた俺に、説明は自分からすると言い出したマシュウ。
マシュウもパニック障害を患っていたから詳しいのだろう。
マシュウが言うにはパニック障害が完治するには時間が必要だそうだ。
勿論、個人差はあるが加齢と共に改善され、完治する頃には高齢となっているケースがほとんどらしい。
マシュウは特別な例なようで、まだ若いのにほぼ完治したと言う。
少し前までは、発作の恐れがある行動は控えていたのだが、俺と再会し完全に治ったと言うのだ。
そんなものなのか?
俺にはよくワカラン。
そして、この女もその例に近いと言う。
尤もマシュウ程特例ではなく、通常よりは改善していく速度が若干速い程度らしい。
念の為、薬は常備しているが、あれから一度も服用していないとの事。
P・Pギルドにも何度か遊びに行っても大丈夫だったと言うのだ。
ならば、大丈夫か。
こんな遠い所まで来てもらって、手ぶらで帰すのも気が引ける。
なにより、人数が多いほど意趣返しにはもってこいだ。
「一つ提案があるのだが」
「提案……ですか?」
提案があると言った俺に、何事かと首を傾げる女。
「明日は空いているか?」
「明日ですか? はい大丈夫です。 今日は私の実家に泊まって、明日はブラブラして帰るつもりでしたので」
「なら、その時間を俺に預けてくれないか、ここに来た往復の交通費ぐらいは出ると思うぞ」
「そんなっ、とんでもないです。 私達の時間を預けるのは構いませんが、お金を頂くなんて出来ません」
「あー、言い方が良くなかったな。 俺が直接金を渡すのではなく自分で稼いでもらうんだ。 まぁ、確実ではないしリスクもあるから判断は任せる。 おっと、リスクがあると言っても怪しい事じゃないから安心してくれ」
「もしかして、このお二人にも」と言ったマシュウに俺は頷く。
ナナもピンときたようで、「ムコウマルさん、エゲツナイわ~」と呆れたようだが笑っている。
エゲツナイとは心外だな。
たった二人増えた所で大して変わるまい。
「二人なら、ボルテージと言う機種を知っているな」
「ボルテージ? ええ、知っています。 パチスロの、ですよね」
「そのボルテージだ。 攻略法は?」
「体感器を使った攻略法なら攻略誌で読みました」
なら、話しは早い。
「その攻略法を明日ギルドで使って稼ぐ」
「ギルドで? ですが。 体感器の使用はどのギルドでも禁止のはずですが」
「体感器は使わない」
「体感器を使わないのなら攻略は出来ないのでは?」
「それについては後で説明する。 明日行くギルドは体感器等を使わなければ、攻略法自体の使用を認めていてな」
これはノアから聞いた話だ。
多くのギルドでは、体感器は勿論、攻略法の使用自体を認めていない。
近隣では、唯一例のギルドのみが攻略法の使用を認めてはいたが、体感器の使用は禁じられている。
ならば、体感器を使わなければ攻略法を使いたい放題と言う事で、ノアは低周波治療器で攻略しようとした訳だ。
だが、低周波治療器は体感器と同等であるとギルド側は判断した。
するまでも無いと思われる、ボディーチェックをし、理不尽な後付けで、だ。
ならば、体感器や体感器の類似品を使わなければ、攻略法を使ってもギルド側は認めざるを得なくなる。
だったら、体感器や類似品を使わずに攻略すればいいだけの事。
この体感器を使わない攻略法は、少し考えれば誰でも気が付く非常に簡単なモノだ。
気付かれ、広がるのは時間の問題だろう。
スピードが要求されるのだが、ノアとナナの休みが合う日が明日しかなかった為、それまで延期されていた。
様子を見に、何度かギルドに足を運んだが、今日の時点では気が付いた者がいた気配はない。
なら、明日も使えるだろう。
俺達が使った以降は禁止になるとは思うが。
「これから、体感器を使わない攻略法を説明するが、念の為、明日まで他言無用だ」
「 「分かりました」 」
「それと、聞いたからと言って、この後ギルドに行って試すのも禁止だ。 明日になって禁止されてたって事態は避けたいからな」
「 「はい」 」
「使うのはあくまでも、俺達揃って明日からだからな」
そう念を押すと、夫婦そろってゴクリと生唾を飲み込み頷く。
表情は真剣そのものだ。
「では、これからその手順を説明する。 まずは…………」
説明を終えると、夫婦は揃って驚いた表情をしていた。
「そんな簡単な事で……」
「でもアナタ、確かにその通りよね」
「ああ、その通りだな」
どうやら、理解してくれたようだ。
拍子抜けするぐらい簡単だからな。
「問題ないな?」
「問題……あります」
「そうなのか?」
「ええ、主人は持っていますが、私は持っていませんので、これから買いに行きます」
「買いに? イヤ、別に買わなくてもいいだろ? ご主人と共有すればいい」
「以前から欲しいと思っていましたので、ちょうどいい機会です」
そう言うなら俺には何も言えない。
確かに、共有は向いているとは思えないからな。
まぁ、そんなに高額な物でなければ元は取れるだろう。
話しを聞いた夫婦は、俺達に再度深々と頭を下げる。
明日、ギルドの開店時間に集合の約束をし、お互い店を出たのだった。
※注)パチンコ・パチスロ店は18歳未満の方は入場できません(高校生は不可)
ネットに溢れる攻略法はガセが多いと聞きますのでご注意下さい
「客? 俺に?」
仕事帰りに俺を訪ねて来たマシュウが客だと言う。
客って誰だ?
こっちの世界で知り合いなんて、タケシ夫妻にノアナナ姉妹しか居ない。
この四人を客とはマシュウは言わないだろう。
後はオカルト先生ぐらいだが、先生には俺が今住んでいる住所を教えていない。
う~ん、分からん。
「直ぐ近くの喫茶店で待ってもらっていますので、準備ができればお越しください」
「ああ、分かった。 すぐ行く」
誰かは会ってみれば分かるだろう。
準備と言っても、マシュウが帰ってきたらメシを食べに行く予定だったからすでに出来ている。
サイフをポケットに入れ部屋を出る。
「あっ、ムコウマルさん。 行く?」
俺が部屋を出たのを察知したノアが声を掛ける。
ノアとも、メシを一緒に食べに行く約束をしていた。
「いや、来客があってな。 後で声を掛けるから、すまないが少し待っていてくれないか。ナナにもそう伝えてくれ」
「は~い」
そう言って、ノアは部屋へ戻って行く。
誤解なきよう言っておくが、ノアと一緒の部屋に居た訳ではない。
そもそも、俺の部屋は1DKだから、二人で住むのに向いていない。
マシュウがナナに自分の事を正直に告げた日。
俺がマシュウの助言で部屋を借り、その隣に引っ越した事も告げた。
それを聞いたナナは「アタシもマシュウ先輩の隣に引っ越します」と言い出した。
すると、ノアが「じゃぁ、アタシも隣に…… って、そうやナナ、アタシと一緒に住めへん? 家賃とか折半で」と言い出したのだ。
ナナはその案を快諾。
そこに待ったを掛けたのはマシュウだった。
俺達が借りている部屋は二人で住むのは難しいからと。
俺は、荷物なんて必要最低限しかないから部屋は広々としている。
しかし二人、しかも女性が、となれば荷物はかなり多いだろう。
姉妹は残念がっていたが、ここでタケシが割って入ってきた。
「サトシとベップ君が住んでいる所は、ここから直ぐ近くのマンションだろ。 あそこの大家はウチの常連で、引っ越すから誰か借りてくれる人はいないかと相談されていたんだ。 そこなら二人でも住めるのではないか?」
マンションのオーナー家族が住む用にと、一部屋だけ広く造っており、そこに住んでいたのだが引っ越して行ったそうだ。
何でも、子供達が結婚や就職で家を出たらしく、夫婦二人だけだと持て余してしまうからだと。
「サトシとベップ君の部屋の隣かどうかは分からないがな」
タケシがそう言うや否や、二人は今から見に行くと言い出した。
この時間だと、部屋の中は見られないぞと言ったのだが、二人はそれでも構わないと言う。
そこまで言うのであればと、俺達は連れだってタケシの店を出た。
なぜかタケシも一緒に。
姉妹は、タケシは店の後始末があるから付いてこなくていいと言ったが、タケシは無視して付いてきた。
姉妹は不服そうだ。
二人の言う通り、店の事があるから付いてこなくても大丈夫だと俺は言ったのだが、タケシは頑として付いて行くと言う。
二人は俺とマシュウが責任をもって家まで送ると言ってもだ。
そうして、俺達のマンションに来て件の部屋を見たのだが、やはり外観だけでは分からない。
後日、大家に頼んで中を見せてもらおうと言う事になり、そこで二人は帰るはずだった。
だったのだが、ナナはシレッとマシュウの部屋へ入ろうとし、ノアは俺の部屋へ入ろうとした。
そして、二人揃って「今日はここに泊まる!」と言い出した。
タケシはそれを予想していた。
二人はドサクサに紛れて、俺達の部屋へ突入するのだと。
それを止める為について来たのだ。
ナナがマシュウの部屋に突入したいのは分かる。
だが、なぜノアが俺の部屋へ入りたがるのか。
そこまで俺を揶揄いたいのか。
全く困ったもんだ。
タケシは二人を無理やりにでも連れ帰ろうとしたのだが、この姉妹は二人揃って並みの膂力ではない。
時間は深夜までとは行かないが浅い時間でもない。
これ以上騒がれると周りの住民に迷惑を掛けるから俺から提案した。
「幸い俺の部屋は荷物が少ないから、一晩ぐらいなら二人で寝れるだろう。 だからお前ら二人は俺の部屋へ泊っていけ。 俺はタケシの所に世話になる」
二人は間取り等を見たいのだろう。
俺の部屋とは広さが全く違うだろうが、参考にはなるはずだ。
タケシに「すまない、今晩一晩だけ頼めるか」と言えば複雑な表情をしている。
姉妹も「それやったら意味ないやん」と二人揃ってギャーギャー言っている。
マシュウは苦笑いだ。
これじゃぁ、埒が明かないと思った俺が、「二人共、今日はもう帰れ!」と強く言えば、二人は渋々帰って行った。
マシュウはウンウンと頷いている。
二人共、俺達が家まで送ったと付け加えておく。
その翌日、二人は大家から部屋を見せてもらい、これなら充分二人で住めると判断。
家賃を訪ねると、驚くべき安さで貸してくれると言うので即決。
ナナもノアも、お互いの職場の寮に住んでいたので引っ越すのは問題ないとの事。
さらにその翌日。
寝泊まりするのに必要最低限の物だけ持ち込み、この部屋に住むようになった。
残りの荷物は少しずつ運ぶらしい。
そんな経緯があり、ノアとナナは俺達の住んでいる同じマンションに住む事となった。
ちなみに、姉妹の部屋は俺達と同じフロアだが隣ではなく、一部屋置いた二つ隣りだった。
喫茶店に入ると奥の席にマシュウがいた。
隣にはなぜかナナがいて、満面の笑みを浮かべている。
向かいには男女が座っている。
この二人が客なのだろう。
顔を見ても誰だか分からない。
だが、どこかで見たような……
「すまない、待たせたな」
俺がそう言うと、二人は立ち上がり、「先日はありがとうございました」と二人揃って頭を下げる。
先日?
う~ん、思い出せん。
「まず、頭を上げてくれ。 だが、 礼を言われるような事をした記憶は無いのだが……」
「とんでもございません」
頭を上げた二人が言う。
確かにどこかで見た顔だ。
それも、こっちの世界に来てから。
誰だったかなぁ~。
「その後の具合はいかがですか?」
マシュウが尋ねる。
「はい、あれから発作も出ずに順調です」
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その事を覚えていた女が、地元の詰所に改めて礼を言いに行ったのだが、そんな人物はいないと言われた。
女は首を傾げていると、詰所に貼られている広報のポスターを指さした。
このポスターの方だと。
マシュウはその容姿により、組織の広報のポスターにモデルとして採用され、堂々と素顔を晒している。
それを聞いた、詰所の職員が「ああ~、ベップさんね。 しょっちゅう聞かれますよ」と言ったそうだ。
そして、その職員はマシュウの詰所の場所を教えた。
それを聞いた夫妻が、マシュウの詰所に訪ねてきた訳か。
しかし、その職員は言うなれば仲間の情報を、そんなに易々と教えて良いものなのだろうか。
この二人が、凶悪犯とかでマシュウの命を狙っていたらどうするんだ?
まぁ、その職員も頻繁に聞かれてウンザリしていたのだろう。
これまで、何度も同じ答えを言ってきたが、これと言ったトラブルもなかったから、今回も大丈夫だろうと判断したのだろうな。
それにしても、こんな遠い所まで。
交通費も掛かっただろうし、逆に悪い事をしたな。
…………待てよ。
なら、その交通費を稼いでもらうか。
だが、一つ問題があるな。
「そうか、わざわざすまないな」
「とんでもございません。 それに、私の実家が近くですので、ついでに帰れてありがたいぐらいです」
女が言う。
旦那も頷いている。
そう言ってくれるとありがたいが、こっちがついででも良かったぞ。
「あれから発作も出ないと言っていたが本当か?」
「はい、大丈夫です」
「治ったのか?」
「それについては私から」
治ったかどうか女に尋ねた俺に、説明は自分からすると言い出したマシュウ。
マシュウもパニック障害を患っていたから詳しいのだろう。
マシュウが言うにはパニック障害が完治するには時間が必要だそうだ。
勿論、個人差はあるが加齢と共に改善され、完治する頃には高齢となっているケースがほとんどらしい。
マシュウは特別な例なようで、まだ若いのにほぼ完治したと言う。
少し前までは、発作の恐れがある行動は控えていたのだが、俺と再会し完全に治ったと言うのだ。
そんなものなのか?
俺にはよくワカラン。
そして、この女もその例に近いと言う。
尤もマシュウ程特例ではなく、通常よりは改善していく速度が若干速い程度らしい。
念の為、薬は常備しているが、あれから一度も服用していないとの事。
P・Pギルドにも何度か遊びに行っても大丈夫だったと言うのだ。
ならば、大丈夫か。
こんな遠い所まで来てもらって、手ぶらで帰すのも気が引ける。
なにより、人数が多いほど意趣返しにはもってこいだ。
「一つ提案があるのだが」
「提案……ですか?」
提案があると言った俺に、何事かと首を傾げる女。
「明日は空いているか?」
「明日ですか? はい大丈夫です。 今日は私の実家に泊まって、明日はブラブラして帰るつもりでしたので」
「なら、その時間を俺に預けてくれないか、ここに来た往復の交通費ぐらいは出ると思うぞ」
「そんなっ、とんでもないです。 私達の時間を預けるのは構いませんが、お金を頂くなんて出来ません」
「あー、言い方が良くなかったな。 俺が直接金を渡すのではなく自分で稼いでもらうんだ。 まぁ、確実ではないしリスクもあるから判断は任せる。 おっと、リスクがあると言っても怪しい事じゃないから安心してくれ」
「もしかして、このお二人にも」と言ったマシュウに俺は頷く。
ナナもピンときたようで、「ムコウマルさん、エゲツナイわ~」と呆れたようだが笑っている。
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たった二人増えた所で大して変わるまい。
「二人なら、ボルテージと言う機種を知っているな」
「ボルテージ? ええ、知っています。 パチスロの、ですよね」
「そのボルテージだ。 攻略法は?」
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「ギルドで? ですが。 体感器の使用はどのギルドでも禁止のはずですが」
「体感器は使わない」
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「それについては後で説明する。 明日行くギルドは体感器等を使わなければ、攻略法自体の使用を認めていてな」
これはノアから聞いた話だ。
多くのギルドでは、体感器は勿論、攻略法の使用自体を認めていない。
近隣では、唯一例のギルドのみが攻略法の使用を認めてはいたが、体感器の使用は禁じられている。
ならば、体感器を使わなければ攻略法を使いたい放題と言う事で、ノアは低周波治療器で攻略しようとした訳だ。
だが、低周波治療器は体感器と同等であるとギルド側は判断した。
するまでも無いと思われる、ボディーチェックをし、理不尽な後付けで、だ。
ならば、体感器や体感器の類似品を使わなければ、攻略法を使ってもギルド側は認めざるを得なくなる。
だったら、体感器や類似品を使わずに攻略すればいいだけの事。
この体感器を使わない攻略法は、少し考えれば誰でも気が付く非常に簡単なモノだ。
気付かれ、広がるのは時間の問題だろう。
スピードが要求されるのだが、ノアとナナの休みが合う日が明日しかなかった為、それまで延期されていた。
様子を見に、何度かギルドに足を運んだが、今日の時点では気が付いた者がいた気配はない。
なら、明日も使えるだろう。
俺達が使った以降は禁止になるとは思うが。
「これから、体感器を使わない攻略法を説明するが、念の為、明日まで他言無用だ」
「 「分かりました」 」
「それと、聞いたからと言って、この後ギルドに行って試すのも禁止だ。 明日になって禁止されてたって事態は避けたいからな」
「 「はい」 」
「使うのはあくまでも、俺達揃って明日からだからな」
そう念を押すと、夫婦そろってゴクリと生唾を飲み込み頷く。
表情は真剣そのものだ。
「では、これからその手順を説明する。 まずは…………」
説明を終えると、夫婦は揃って驚いた表情をしていた。
「そんな簡単な事で……」
「でもアナタ、確かにその通りよね」
「ああ、その通りだな」
どうやら、理解してくれたようだ。
拍子抜けするぐらい簡単だからな。
「問題ないな?」
「問題……あります」
「そうなのか?」
「ええ、主人は持っていますが、私は持っていませんので、これから買いに行きます」
「買いに? イヤ、別に買わなくてもいいだろ? ご主人と共有すればいい」
「以前から欲しいと思っていましたので、ちょうどいい機会です」
そう言うなら俺には何も言えない。
確かに、共有は向いているとは思えないからな。
まぁ、そんなに高額な物でなければ元は取れるだろう。
話しを聞いた夫婦は、俺達に再度深々と頭を下げる。
明日、ギルドの開店時間に集合の約束をし、お互い店を出たのだった。
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防衛省は、対策本部を設置し陸上自衛隊の東部方面隊、陸上総隊より選抜された部隊で混成団を編成。
損失を取り返すため、何より一緒に消えてしまった自衛官を見つけ出す為、混成団を災害派遣する決定を下したのだった。
派遣を任されたのは、陸上自衛隊のプロフェッショナル集団、陸上総隊の隷下に入る中央即応連隊。彼等は、国際平和協力活動等に尽力する為、先遣部隊等として主力部隊到着迄活動基盤を準備する事等を主任務とし、日々訓練に励んでいる。
其の第一中隊長を任されているのは、暗い過去を持つ新渡戸愛桜。彼女は、この派遣に於て、指揮官としての特殊な苦悩を味い、高みを目指す。
海上自衛隊版、出しました
→https://ncode.syosetu.com/n3744fn/
※作中で、F-35A ライトニングⅡが墜落したことを示唆する表現がございます。ですが、実際に墜落した時より前に書かれた表現ということをご理解いただければ幸いです。捜索が打ち切りとなったことにつきまして、本心から残念に思います。搭乗員の方、戦闘機にご冥福をお祈り申し上げます。
「小説家になろう」に於ても投稿させて頂いております。
→https://ncode.syosetu.com/n3570fj/
「カクヨム」に於ても投稿させて頂いております。
→https://kakuyomu.jp/works/1177354054889229369
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2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
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