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第28話 一か月後

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「ムコウマルさぁ~ん」
「おっ、おう、どうしたノア」
「抱いて!」


会うなり何を言い出すんだコイツは。
今はタケシの店で朝食が出来るのを待っている所だ。

俺が転移して早くも一か月。
今日は、定期検査で病院へ行く為、タケシの店へやってきた。
例のオカルト好きの医者の所だ。

タケシには一緒に病院へ行くから、朝食を食べに来いと言われていた。
ほぼ毎日タケシの所で朝食を食べているノアが、俺の顔を見るなり冒頭の言葉を吐いた。
ちなみに、ナナは夜勤だそうでこの場にはいない。

ゴンッ

ノアの頭にタケシのゲンコツが落ちる。
まだ一か月しか経っていないのに、ずいぶん久しぶりに感じる。


「いった~」
「何を言っているんだ。 あんまりサトシを揶揄うな」
「揶揄ってへんで」
「バカ言え、サトシが困っているじゃないか」


ノアが俺を揶揄うのは今に始まった事じゃないので困ったりはしないが、嫁入り前の娘が軽々しく口にしていい言葉じゃないな。


「それにしても、一体何があったんだ?」
「せやねぇ~、意外な組み合わせと~か」


何があったかと俺に尋ねるタケシに、意外な組み合わせだと言うノア。
事情を知らない二人からすればそう思って当然だろう。
俺の事は何を話しても構わないが、他の事は俺の一存では決められない。


「それについては「私から説明します」おっ、おぅ、そうか」


どう話したものかと頭を悩ませていた俺に、向かいに座っているマシュウが声を被せる。
自分で説明すると。

どう説明するんだ?
正直に話すのか。
それとも、カバーストーリーを用意するのか。
マシュウがどちらを選択しても俺はそれに合わせるだけだ。


「実は…………」


マシュウが選択したのは前者。
つまり、正直に話したのだった。

俺も自分の事をナナを含むこの二人には正直に話した。
今後、マシュウが俺と行動を共にするならその方が良いだろう。

マシュウも、この二人なら信用できると踏んだのだろうな。
俺もそう思う。
マシュウの事実を知って、蔑んだりする二人ではないだろうしな。



「そうか…… 大変だったなベップ君」
「…………」


タケシはマシュウのこれまでの苦労を察し労う。
ノアは無言だが目が潤んでいる。


「私の苦労なんて大したことではありません」
「そんな事はない」
「せやね、アタシもナナもこっちに来て習慣や言葉の違いで苦労したけど、ベップさんと比べたら全然苦労とは言われへんわ」
「ハバさん…… ノアちゃん……」


二人は俺の予想通りの言葉を口にする。
だからマシュウも正直に話したのだろう。
タケシはマシュウの肩に手を置き、厨房へ戻って行った。


「ナナには?」
「クラキには私から直接話すから、ノアちゃんは心配しなくていいよ」
「そう……ですか……」


ナナはマシュウに気があるような感じだったな。


「まぁ、ナナが好きになったベップさんは今のベップさんやから大丈夫で…す…よ…、って、ああっ!」


ノアは頭を抱えている。
その様子だと、ナナは気持ちをマシュウに伝えてはいないのだろう。

イヤ、俺でもナナがマシュウに気があるのではと疑問に思ったぐらいだ。
俺よりナナと付き合いの長い人間ならバレバレだから今更だとは思うのだが。


「やっぱりそうなのか、俺が察したぐらいだから他の人間も感づいてはいただろ?」
「せやねんけど……」
「私もそうかとは思っていましたが、気のせいかもとも思っていました」


マシュウ本人にまで感づかれていたのか。
でも、まぁ、後はなるようになるしかないか。
俺には応援する事しか出来ないな。


「はい、お待たせ」


タケシが朝食を持ってくる。
朝からなんとも豪華だ。


「そう言えば、コフィレさんの姿が見えないが」


これまで、タケシの店でごちそうになる時は必ず居たコフィレの姿が今日は見えない。


「ああ~、ちょっと寝込んでいてな」
「寝込んでいる? 体調が悪いのか?」
「いや、そう言う訳ではないのだが……」


タケシによると、コフィレはByte Coinに手を出したらしい。
その投資額一千万エソ。
店が好調で、資金にも余裕があり気が大きくなったのだと。

最初は順調だった。
しかし、俺が懸念していた事態が起こったのだ。


「偽造?」
「そうなんだ、その偽造された紙幣のナンバーが、コフィーが買っていたByte Coinのナンバーと一致してな」


コフィレが持っていたByte Coinの紙幣が偽造され、全て換金された。
つまり、コフィレが投資した一千万エソは丸損となった。
セキュリティーが脆弱すぎるとは思っていたが、最悪の形で露になった訳だな。


「だが、購入時に個人情報を登録していたんだろ? なら偽造してもコフィレさん以外は換金できないんじゃ」
「新聞にも載っていたが読んでいないのか?」


新聞にも載っていた?
確かに、マシュウと行動を共にするようになってから、情報は全てマシュウから得ていた。
だから、新聞はほとんど読んでいない。

タケシによると、ショップのスタッフが個人情報を改ざんしたと言うのだ。
それも、コフィレだけではなく数人の。
その被害総額はおよそ一億エソ。

そのスタッフは、改ざんした個人情報で換金した金を横領し逃亡。
現在、捜索中との事だ。


「そう言えば、手配書が回ってきていましたね」
「そうなのか?」
「はい、私の詰所にその手配書も貼り付けていますし、駅など人が集まる所にも貼り付けていますよ」


だから、犯人が捕まるのは時間の問題だと言う。
しかし、例え犯人が捕まったとしても、お金が返ってくるとは期待しない方が良いでしょうとマシュウは付け加える。

コフィレには悪いが、確かにその通りだな。
俺に投資に役立つ記憶があれば良いのだが、あいにくそんな記憶はない。
そもそも、俺は投資にあまり興味はなかったからな。

朝食を終え、病院に向かう。
ノアは仕事があるそうで、タケシの店を出た所で別れた。


「お待ちしていましたよ、ムコウマルさん。 ささ、こちらへ」


病院へ到着すると、例の女医が玄関先で出迎えてくれる。
イヤイヤ、医者としては患者を歓迎するのはいかがなものかと思うのだが。
それだと、まるで人がケガや病気になるのを待ち望んでいるようだぞ。
てかコレ、そんな事を俺に対して言うと。


「貴様、サトシさんが病気になるのを待っていたと言うのか」


ほ~ら。
マシュウが女医を睨みつけ、今にも胸倉をつかみそうだ。


「やめろ」
「ですがサトシさん」
「先生には世話になっている」
「…………分かりました」


横ではタケシが目を丸くしている。
あのベップ君が、とでも言いたげだ。

普段は穏やかなのだが、スイッチが入るとミヅノが出てくるのか俺に対する悪意に過敏に反応する。
先生には悪意なんか全くないと言うのに困ったもんだ。


「先生、申し訳ない。 俺から良く言っておく」
「い、いえ、私も医者として不適切な発言でした、申し訳ございません。 こ、こちらの方は?」
「彼はベップ…… マシュウまずは謝罪を」
「申し訳ございませんでした。 サトシさんの護衛のベップです」
「ご、護衛?」


護衛の言葉に驚く先生。
俺もこっちに来て一か月経つから薄々感づいてはいたが、護衛なんて必要ないよな。
必要なのは重要人物のみで、俺はこの世界ではそんな立場ではない。


「ムコウマルさんは何者なのですか?」
「何者でもない、只の一般人だ」
「一般人に護衛が必要なのですか?」
「そこは察してくれ」


この先生は俺が異世界人だと知っている。
いや、恐らくまだ惑星外知的生命体だと思い込んでいる。
俺が察してくれと言えば、適当に察してくれるだろう。


「承知しました」


先生は神妙な面持ちで頷く。
どう察したかは分からないが、一つ、いや二つだけ言っておく。
俺は惑星外知的生命体ではないし、UFOも無いからな。

その後、またもやこんな検査必要か?と思う検査をしたされた
結果は異常ナシ。
気になっていた血液検査の結果も、特にこれと言った異常は見られなかった。

その足でタケシの店へ向かう。
昼食には遅い時間だが、タケシが店で食べて行けと言ったからだ。


「すみません、私まで」
「何を言っているんだベップ君、俺から言った事だ。 それに一人や二人増えた所で全く問題ない」


俺に張り付いているマシュウにも当然のように食べて行けと言ったタケシ。
マシュウは恐縮しているが嬉しそうだ。


「ムコウマルさぁ~ん。 いや、サトっちゃぁ~ん」
「サ、サトっちゃん?」


タケシの店に入るなり俺を見たコフィレが言う。
サトっちゃんて、俺の事か?
しかし、今朝は寝込んでいると聞いていたが、今は元気そうで表情も明るい。
いや、明るすぎる。
俺達が病院に行っている間に何があった?


「コフィー、もう大丈夫なのか?」
「タケさん、ええ、大丈夫よ」
「それならいいが。 だが、サトっちゃんってのは?」
「サトっちゃんはサトっちゃんよ~」


俺の方を見てコフィレは言う。
やっぱり俺の事だったのか。
でも、なぜ?


「こんにちは、コフィレさん。 タケシから寝込んでいると聞いて心配していたが、もう大丈夫そうだな」
「ええ~、サトっちゃんのおかげよ~」


そう言ってコフィレは俺の手をとる。
横ではマシュウが鋭い目で見ている。
そんな目で見るんじゃないよ。

だが、俺のおかげ?
はて?
心当たりが全くないのだが。

コフィレが言うには、Byte Coinの失敗から、投資が怖くなって、例の通信公社の株を見直したらしい。
すると、俺が言っていた通り、3倍に値が上がっていたと言う。
コフィレはすぐさま持っていた株を売却。
午前の取引が終了する直前だった。

しかし、コフィレは早まったかもと思い、午後の取引が始まると市場を確認。
暫く静観していたが、みるみる内に株価は下がって行き、コフィレが売った時点から半分以下にまで値が下がったらしい。
つまり、俺の言葉通りのタイミングで売却した事により、最も高値が付いた時点で売り抜けに成功したと言うのだ。

その投資額、なんと1億2千万エソ。
ティラミヌとイタ飯が好調で、店を担保に銀行から融資を引っ張ってきたと言うのだ。
なんとも思い切った事をする。

それが、3倍になったのだ。
Byte Coinの損失を補うどころか大きな利益が出た。

通信公社の株、ティラミヌにイタ飯、全て進言したのは確かに俺だ。
だから、俺のおかげか。
そんな大金を投資してくるとは思ってもみなかったが、実行したのはコフィレ本人だ。
リスクを承知で。
大したものだ。

それに、情報は俺に良くしてくれたタケシへの例でもある。
情報が役に立って良かったよ。

しかし、短期間で値上がりし急激に下がるのは記憶通りなのだが、その期間があまりにも短すぎる。
この辺りは俺の記憶とは異なるな。
この後は俺には分からないから注意して欲しいものだ。


「そ、そうか、お役に立ててなによりだ。 だが、この後は俺にも分からないから注意して欲しい」
「そうね~。 もう投資自体を辞めた方がいいかしらねぇ~」
「それはコフィレさんの自由だからな。 俺にはもう、投資に関する情報はない」
「あらそう、残念」


コフィレは満面の笑みで残念がる。
もう、店を担保にするとかは勘弁して欲しいものだ。
この店がなくなると俺も悲しいからな。

遅い昼食を摂り、タケシとコフィレに礼を言って店を出る。
この後は、P・Pギルドまわりだ。

マシュウの言う通り、P・Pギルドの設置機種は自由化された。
自由化に伴い、コチンネタンルも近くのギルドに設置されるようになった。

早速4枚掛けを試した所無事通用。
通用はしたのだが、一つ問題が発生した。
全滅が通用しなくなったのだ。
いや、正しくは通用しない台が増えたのだ。

これまで、全滅は全ての台に通用していた。
だが、なぜか自由化になってから、急激に通用しない台が増えたのだ。

理由は分からない。
マシュウも分からないと言う。

元いた世界でも同じように全滅が通用しない台が増え、最終的には1台も無くなった。
それに示し合わせたように、フリーダムベルはP・P店から姿を消した。
これも理由は分からない。

南国サウス」のギャンブルを取り仕切っていた俺にも情報は入ってこなかった。
元々、「南国」のP・P業界は超保守的であり、俺が関与する事は稀だったからだ。
噂によると、上役の天下り先の確保の為に俺を通さないだとかなんとか。

まぁ、ユーザーに被害が及ばないのであれば、天下り先を確保するのも、他の理由があっても好きにしてくれればいい。
全てのギャンブルに言える事だが、支えているのはエンドユーザーなのだからだ。

全滅が通用する台が減ってきたと言う悪い傾向ばかりでもない。
俺が攻略法を知っている機種が、新たにギルドに設置されたからだ。

機種名はマイルドキャッツ。

この機種の攻略法は次の通り。


1. 1枚掛けでレバーオン
2. ストップボタン点灯後にメダルを2枚追加投入
3. 左リールにチェリーを狙う


この攻略法はチェリー抜きと呼ばれていた。

マイルドキャッツは、所謂マイナーメーカーが製造した機種だ。
そしてこの機種は、業界からの依頼で俺がウラモノ化に携わった機種の一つである。

正規基盤をゴッソリ変えるのがウラモノ化には手っ取り早いのだが、基盤には封印シールが張られていて、基盤を外すと一発でバレる。
ウラモノ化するには、必然とプログラムの上書きになるのだが、上書きの手段の一つとして、注射と呼ばれる手法がトレンドだった。

トレンドだった理由は比較的手軽に行えるから。
注射は注射針を基盤にさすだけでプログラムの上書きが出来る。

しかし、手軽と言ってもそれなりの専門知識が必要だ。
そこで、登場するのがカバン屋と呼ばれる人間。
プログラムを上書きするのだからそれなりの機器注射器が必要になる。
その機器をカバンに入れて持ち歩く事からそう名付けられたのだ。

そのカバン屋の存在が好都合だった。
プログラムの上書きは「南国」でも違法な為、万が一発覚した場合、カバン屋と呼ばれる業者が勝手にやった事だとP・P側は逃げ道を作る事ができたからだ。


話しを戻そう。


マイルドキャッツも注射によりウラモノ化に成功したのだが、注射によるバグが発生した。
そのバグが攻略法に繋がったのだ。

1.の時点での有効ラインは1ライン。
通常基盤だと2.の項目を行ってもメダルは戻ってくる。

マイルドキャッツの特徴として、1枚掛けなら上段or下段に簡単にチェリーが止まる。
これは、非有効ラインだから起こるリール制御。
当然、非有効ラインなのでチェリーによる払い出しは無い。

だが、ウラモノ化した事より2.の項目でのメダルが呑まれようになった。
なったのだが、リール制御は1枚掛けのまま。
しかし、有効ラインは2枚追加投入を受け入れた事により、計5ラインとなる。
これが、バグによるものだ。

チェリーの払い出しは1ライン2枚。
角にチェリーが止まると2ラインの当選となり、計4枚のメダルが払い出される。

そう。
1ゲームあたり1枚メダルが増えるのだ。
故にチェリー抜きと名付けられた。

そして、この攻略法のスゴイ所は、1枚掛けの低い確率ながら、小役どころかボーナスまでも抽選している。
つまり、千ゲーム回せば、確実に千枚以上のメダルが得られると言う事になる。


それからは、コチンネタンルをメインに打ち、時にマイルドキャッツを打っていた。
もちろん、全て攻略法を用いて稼いでいる。

住む所も部屋を借りられたから、ホテル滞在時と違い一日の稼ぎ額を低くできた。
おかげでのんびり暮らせている。

のんびりしているのだが、マシュウが隣に引っ越してきて顔を合わせない日はない。
なんせ、俺の顔を見るまで、俺の部屋の前を動こうとしないからだ。

なんとも迷惑な話だが、今のところ周りの住民から苦情はない。
それどころか、マシュウは時たま女性に声を掛けられる事もあるそうだ。

マシュウは困っていたが、それは仕方がないだろう。
マシュウの見た目は、アイドルや俳優顔負けだからな。
俺絡みでなければスイッチも入る事もなく、性格も穏やかで優しそうだからモテない方がおかしい。

嫌なら、俺の部屋の前で待っているのをヤメればいいと言ったら睨まれた。
とんだ流れ弾だ。

と、まぁ、それなりに色々とあるが、俺が望んだ生活がある程度出来ている。
このまま悠々自適に過ごしていきたいものだ。



※注)パチンコ・パチスロ店は18歳未満の方は入場できません(高校生は不可)
   ネットに溢れる攻略法はガセが多いと聞きますのでご注意下さい
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