私のわがままな異世界転移

とみQ

文字の大きさ
上 下
108 / 135
第1章 人と魔族と精霊と

幕間 ~止まらない涙~

しおりを挟む
「……はあ」

  今日何度目かのため息が、自然と美奈の口から溢れた。
  ピスタの街の夜は思っていたよりもずっと静かだった。
  ネストの村に比べれば建ち並ぶ家も人々も、段違いに多いはず。
  なのに外から洩れ聞こえてくる喧騒などは一切無く、この静けさが美奈の心を一層後ろ向きにさせる。 
  だがそれも無理もない。
  昼間魔族の襲撃があったのだ。
  人々の心は強く疲弊して、夜も眠れないほどに恐怖しているのだろう。
  魔族の攻撃を何とか防ぎきったとはいえ、その攻撃性は人々の心に強く楔を打ち込んだに違いない。
  現在美菜達は街の宿に部屋を借り、そこに籠っていた。
  隼人、椎名、アリーシャの三人をベッドに寝かせ、美奈は一人椅子にもたれ掛かって皆の目覚めを待っている。
  木目の床を見つめながら、心細さと自身の不甲斐なさに今にも泣き出してしまいそうな心持ちになる。
  魔族の襲撃の後、無事だった美奈は皆を介抱するため一人動き回った。
  美奈からしたら戦いの最中殆ど何も出来なかったのだ。
  これくらいはしないと自分の気が一向に収まらなかった。
  自分がもう少し戦いの役に立てていればこんな結果にはならなかったのではないだろうか。
  こんなに皆ボロボロになって、気を失うまで戦って。
  それを見ている事しか出来なかった自分が情けなくて仕方ないのだ。
  幸い街の危機を救った救世主として周りからは大いに感謝された。
  ヒストリアの姫であるアリーシャがいた事もあり、手放しで喜んでくれた。
  街の所々、破損は目立つものの、犠牲者が思いの外少なかったことも街が立ち直るための障害を最小限に抑えたと言っていいだろう。
   今は多少皆、悲観的になってしまっているとしても、街が立ち直るのにそう時間は掛からないだろうと思いたい。
  結果としては近くの宿の一室を無料で貸し出して貰う事も出来た。
  倒れた三人を移す時にも街の人達は手を貸してもくれた。
  だがそんな人々の優しさに触れても、美奈の気持ちは一向に晴れはしなかった。
  一旦三人をベッドに寝かせ、街の治療師に回復魔法を掛けてもらい、後はしばらく安静にしていれば目を覚ますだろうと言われた。
  そこで美奈も三人の事については一旦安心することは出来た。
  だが、それでもまだ美奈には大きな憂いがあった。
  工藤とフィリアの安否の確認である。
  工藤は椎名の話からも恐らく魔族に連れ去られた可能性が高い。
  だがフィリアは街の外でまだ待っている。
  一人で街の外に置き去りにされて、心細い思いをしているに違いない。
  美奈は危険を顧みずフィリアの元へ急いだ。
  別れの間際に一時間程で戻ると約束したにも関わらず、腰に提げた懐中時計を見て愕然とした。
  あれから既に三時間が経過してしまっていたのだ。
  街の外に馬車が来ているという話もなく、フィリア今も一人木陰で隠れて自分達を待っているのだろうと思った。それはどれ程心細く、辛いことか。
  だが実際は美奈の予想の斜め上を行く結果となる。  
  そして美奈はそこでも大きく心を揺さぶられる事になる。
  直接の原因が何なのかは分からない。だがフィリアの元へと戻るとそこはもぬけの殻だったのだ。
  馬車だけが残っていて、フィリアとインソムニアで手に入れたと言っていた魔石までもが無くなっていたのだ。
  その事実に美奈は再び目眩がしそうになった。
  だがそれでも気持ちを奮い起たせ、馬車を街へ運んだ後、聞き込みを始めた。
  今の彼女に俯いている暇などないのだ。
  万が一にでも街に来ている可能性を信じたかった。  
  何食わぬ顔で難が去った街に来ているのではないかと思いたかった。
  だがそんな事があるはずもなく。
  誰一人として工藤とフィリアを目撃したという情報はなく、美奈の失望に追い打ちをかけることとなる。
  ――――そのまま必死の聞き込みを続けるも、何も得るものはなく、夜が訪れた。
  街中とはいえこれ以上単独で動き回るのも得策ではない。
  美奈はとぼとぼと宿へと戻り、今に至るというわけだ。

「――――はあ……」
 
  ため息をついたからといってどうなるわけでもないのだが、今の状況を鑑みてしまうと、ため息をつかずにはいられなくなってしまう。
  更に今日は自分の無力さを嫌という程痛感させられたのだ。
  本音を言ってしまえばもう逃げ出してしまいたい。
  出来る事なら今すぐ元の世界に戻りたい。
  自分の楽観さに気づかされて、恥ずかしさでどうにかなってしまいそうだった。
  本当に悔しくて、悔しくて。
  だけど逃げる勇気すらないのだ。
  全てを投げ出してここからいなくなってしまう事も出来ない。
  一人では何も出来ないから。
  それと同時に、ここにいる皆が今の自分の存在意義でもあるのだから。
  分かっている。本当は逃げたくなんて無い。
  ただ、皆を守れるだけの力が欲しいのだ。
  皆が傷つかないで済むだけの力が、守られなくても済む力が。
  言うのは簡単だがそのためにどうすればいいのか全く分からない。
  美奈は完全に八方塞がりだった。

「――はあ……」

  再びため息が漏れる。
  本当に自分で自分が情けない。
  駄目だ。一人の時間が続くと、どうしてもどんどん後ろ向きな考え方になっていってしまう。
  早く誰か目覚めてはくれないだろうか。
  そう思いながら伏せていた顔を上げ、今度はこちらも木目の天井を見つめながら、美奈はまた重苦しいため息を吐くのだ。
しおりを挟む
小説家になろうにて4年以上連載中の作品です。https://ncode.syosetu.com/n2034ey/続きが気になる方はこちらでも読めますのでどうぞ。ブクマや感想などしていただけるととても嬉しいです。よろしくお願いいたします。
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

30年待たされた異世界転移

明之 想
ファンタジー
 気づけば異世界にいた10歳のぼく。 「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」  こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。  右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。  でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。  あの日見た夢の続きを信じて。  ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!  くじけそうになっても努力を続け。  そうして、30年が経過。  ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。  しかも、20歳も若返った姿で。  異世界と日本の2つの世界で、  20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

病弱少年が怪我した小鳥を偶然テイムして、冒険者ギルドの採取系クエストをやらせていたら、知らないうちにLV99になってました。

もう書かないって言ったよね?
ファンタジー
 ベッドで寝たきりだった少年が、ある日、家の外で怪我している青い小鳥『ピーちゃん』を助けたことから二人の大冒険の日々が始まった。

戦国記 因幡に転移した男

山根丸
SF
今作は、歴史上の人物が登場したりしなかったり、あるいは登場年数がはやかったりおそかったり、食文化が違ったり、言語が違ったりします。つまりは全然史実にのっとっていません。歴史に詳しい方は歯がゆく思われることも多いかと存じます。そんなときは「異世界の話だからしょうがないな。」と受け止めていただけると幸いです。 カクヨムにも載せていますが、内容は同じものになります。

赤ずきんちゃんと狼獣人の甘々な初夜

真木
ファンタジー
純真な赤ずきんちゃんが狼獣人にみつかって、ぱくっと食べられちゃう、そんな甘々な初夜の物語。

【書籍化進行中、完結】私だけが知らない

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
ファンタジー
書籍化進行中です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

処理中です...