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第六章
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しおりを挟むでも……。心の中に大きな葛藤が生まれる。
私はずっとこのままでいいんだろうか。父のことを彼に話さず、一人ですべてを抱え込むのが正解なの……?
ただ、私を信じて誠実に向き合ってくれる彼に嘘はつきたくない。
「ごめんなさい……。私、陽介くんに嘘をついた……。白洲さんは正しい。私ね、本当は家に帰ってないの」
「……そっか。なにか事情がありそうだな。どうせなら、俺に話してみない?」
私が嘘を吐いたと知っても、彼は終始穏やかな口調だった。
陽介くんはテーブルの上に肘をつき、組んだ手の上に顎を乗せて私を真っすぐ見つめた。
「俺たちはもう夫婦だし、なにか問題が起こったなら一緒に解決すればいい。一人では無理でも、二人でなら案外なんとかなるかもしれないよ」
「陽介くん……」
「言いたくないなら無理に聞かない。だけど、これだけは覚えてて。俺はなにがあっても、結乃の味方だよ」
彼の力強い言葉に背中を押される。
今まで父のことを誰かに話すことはなかった。心のどこかで、誰も私の話を信じてくれないのではないかという思いがあった。
大人になり父から離れても、場の空気を読み、人の顔色を伺って気を遣う癖が抜けきらなかった。
私はずっと、誰かを信じて頼ることが怖かった。自分の弱みを見せることになるからだ。
彼をチラリと見る。目が合うと陽介くんは、「ん?」と首を傾げて穏やかに微笑む。
その姿に肩の力が抜けていく。
どうしてもっと早く気付かなかったんだろう。私にはこんなにも心強いパートナーがいるのに。
過去の話すれば、古傷が抉られる。忘れようと目を反らしてきたことまで思い出すことになる。
それでも私は、彼にすべてを話す決意を固めた。
「一緒にいたのは父なの」
私は過去から今までの出来事を陽介くんに話した。
ずっと一人で抱え込んでいた私の想いを、彼は相槌を打ちながら黙って受け止めてくれた。
父との確執や、両親の離婚、母の死。そして、十数年ぶりにやってきた父との再会。
そして、父によって形成された私自身の性格。人から見られたくない部分や触れられたくないことを話すのは勇気が必要だった。話している間もずっと不安だった。
こんなことまで話して彼に嫌われるかもしれない。もう一緒には暮らせないと言われたら……。
それでも、一度零れ落ちた言葉は止めどなく溢れ、留まることを知らない。話の最後にはボロボロと大粒の涙を零していた。
「話してくれてありがとう」
一言も口を挟まず聞いてくれた陽介くんは、労うように私の涙を拭ってくれた。
「前からずっと不思議だったんだ。結乃って自分の気持ちとかしたいこととかあまり言わないから。いつも周りの空気や相手に合わせてるなって」
「多分それも父のモラハラの影響なんだと思う」
「結乃はどうしたい?」
「私……?」
「お父さんに二度と会いたくないのか、それとももう一度会ってきちんと自分の気持ちを伝えたいのか。俺は結乃の気持ちを尊重したいと思ってる」
父の高圧的な態度は変わっていなかったけれど、私は最後まで逃げずに父と会話することができた。
それは、自分にとって大きな自信に繋がった。私はもうあのときのように無力ではない。
大人になりたくさんの経験を積んで父と一対一で対峙することができた。
父がなぜ突然私の前に姿を現したのかは分からない。今までずっと、父からも自分自身からも目を反らしてきた。
けれど、父と向き合うならこのタイミングしかない。
それに、私はもう一人じゃない。
「私は……お父さんとも自分自身ともちゃんと向き合いたい」
決意を込めた私の言葉に陽介くんは深々と頷いた。
「分かった。そうしよう。ここにお父さんを招いて、三人で話をしよう」
「え……ここに?」
父に住居を知られても大丈夫だろうか。不安で顔が強張る。
「大丈夫。結乃には俺がついてるだろ」
その言葉に励まされ、私は改めて父と向き合う決意を固めたのだった。
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