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第六章
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しおりを挟む「……お前、早瀬商事の副社長と結婚できたからって、自分まで偉くなったと勘違いしてるんじゃないか?」
「私は自分を偉いなんて思ったことは一度もないよ」
「……なんだと?」
膝の上で握りしめた指が小刻みに震える。いつからか父が怒り出しそうなタイミングを察知するのが得意になった。防衛本能が働くのだ。父と離れ、心の奥底に閉じ込めていたはずのそれが再び反応しそうになる。
緊張で喉がカラカラに乾いていた。私は冷えてしまったコーヒーを一気に飲み干した。
「私、もう帰るから」
心の奥底に鍵をかけて閉じ込めていた感情が沸き上がりそうになるのが怖い。
「違うんだ、結乃。待ってくれ。もう少し話を……」
「やめて、離して……!」
引き止めるように手首を掴まれて驚きで声を上げると、近くのテーブル席の客が訝し気な表情でこちらを見つめた。それに気付いた父は「ははっ、すみません」と場を和ませるような笑顔で頭を下げる。
「大きな声を出すのはやめるんだ」
周りに視線を気に掛けながら父は備え付けの紙ナプキンに連絡先を書き入れ、私の方へ差し出す。
「今日は帰る。あとで連絡をくれ」
父は財布から紙幣を引き抜き、テーブルに置いてそのまま店を出て行った。
ようやく緊張感から解き放たれた私は脱力する。
父の目的がなにか知ることはできなかった。
このままでは昔に逆戻りだ。ようやく手に入れた幸せな結婚生活まで父に奪われてしまうかもしれない……。
私は頭を抱えて大きなため息を吐いた。
家に帰ってからも頭の中は父のことでいっぱいだった。
わざわざSNSで探し出して会いにきた父の目的が全く分からない。
午後八時、陽介くんが帰宅し、一緒に食事をとった。
「ごちそうさまでした」
手のひらを合わせた後、陽介くんが私を真っすぐ見つめた。
「夕方、関さんが書類を届けてくれたよ。結乃は具合が悪そうだから帰ってもらったって言ってたんだけど、今は大丈夫?」
「あっ……うん、早めに家に帰って寝たら、すっかり良くなったよ」
私の言葉に陽介くんが意外そうな顔をする。
「そっか。今日の夕方、駅前の喫茶店にいってない?」
「……え?どうして?」
上ずった声が出た。頬が引きつって顔が強張る。
「実は近くの席に白洲さんがいて、結乃が男性といるのを見たって言ってたから。もしかしたら人違いだったのかもしれないな」
私は動揺して視線をあちこちに漂わせる。喫茶店にいる間、父のことしか目に入らなかった。あの喫茶店は会社からほど近い距離にあり、早瀬商事の社員もよく利用する。
冷静になって考えれば、待ち合わせ場所に選ぶべきではなかった。
けれど、あのときはそんな簡単なことにすら気が付かないほどに気が動転していた。
陽介くんは私の言葉を信じてくれた。
私が黙っていればこのまま白洲さんの勘違いで話は終わる。
私が誰といたのか、何の話をしていたのか……。全部言わなくて済む。
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