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第六章

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日曜日の午後。事前に父と連絡を取り、家に来るよう伝えた。
約束通りの時間に我が家へやってきた父は外向きの笑顔で頭を下げた。

「はじめまして、結乃の父の秋月幸太郎です」

にこやかな笑顔を浮かべて挨拶する父に陽介くんも笑顔で対応する。
先日とは違い、白髪を黒く染めてビシッとしたスーツに身を包んでいる。
昔の父を思い出し、自然と顔が強張る。

「はじめまして、早瀬陽介です。今日はご足労頂きありがとうございます。中へどうぞ」

促されてリビングに入るなり、父は感心したように声を上げた。

「いやぁ、すごいな。こんなに素敵な家に住めるなんてさすが早瀬商事の副社長だ」

陽介くんと父がたわいのない会話をしている間に、父が持ってきた手土産のケーキをお皿に乗せる。
箱には苺のショートケーキが三つ入っていた。ふと、昔の記憶が蘇る。
父は気が向くと仕事帰りにケーキを買って帰ってきた。
私がショートケーキで母がモンブランで父がチョコレートケーキ。
三人の好みはバラバラで、父は生クリームが大の苦手だった。それなのに、どうしてショートケーキを手土産にしたんだろう。
不思議に思いながらも三人分のショートケーキをお皿に乗せ、紅茶を淹れてテーブルへ運ぶ。
父はリビングをぐるりと見渡して感嘆の声を漏らした。

「家の中も掃除が行き届いていますね。これだけ広いんじゃハウスキーパーを雇っているんですか?」
「いえ、ハウスキーパーは雇っていません。結乃さんがこまめに掃除をしてくれているので」
「え、結乃が?この子はだらしないでしょう?女なのに昔から大雑把な性格でして」
「そんなことありませんよ。結乃さんは細々したところに気付いてくれますし。むしろ、大雑把なのは私の方です」
「いや、男は大雑把ぐらいのほうがいいんですよ」

はははっと陽気に笑う父に、陽介くんが小さく息を吐いた。

「男だからとか女だからとか、それは差別かと。それに、結乃さんを軽視した発言はやめて下さい」
「え……?」

ピリッと張り詰めた空気。父の顔が強張る。

「彼女に話は聞いています。あなたのモラルハラスメントに苦しんだ過去も全てです」
「なっ……結乃、お前……」

モラルハラスメントというワードが出た瞬間、父が弾かれたように私を見た。

「私が聞き出したんです。結乃さんはなにも悪くありません」
「……っ」

父は言い返せず俯く。昔からそうだ。父は私と母には強気な態度に出るものの、他人から言い返されることにめっぽう弱い。

「結乃、どういうことだ。俺がここへ呼ばれたのは結婚報告のはずじゃ……」

父が困惑したような目で私を見つめる。

「今日ここへ呼んだのは、お父さんとちゃんと向き合うためなの」
「どういう意味だ?」

父の低い声に手が小刻みに震える。
私の傍らに寄り添ってくれている陽介くんがそっと私の手を握った。
彼に勇気をもらい、私はぽつりぽつりと言葉を紡ぎ出す。
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