上 下
56 / 84

小話 吟遊詩人の新たな恋愛譚 前編

しおりを挟む
「グリーンヴィレッジ?」

 酒を奢った同業の口から出てきた言葉に訝しんだ。
 相手は大事な仕事道具であるリュートを足元に立てかけている。
 そして私もまた同じようにハープを立てかけている。
 そう、私と彼は草原に吹く一陣の風のように自由を謳歌する者……旅の吟遊詩人であった。

「緑色の村、とは何とも捻りのない名前だ。よほど緑が生い茂っていることしか特色のないところなのだろうね」

 典型的な森の中に浮いた染みのような寒村を私は想像した。

「以前はそうであったのだが。ダンジョンが湧き出したらしい。ここ一、二年のことでござる」
「ほう?」

 その言葉に俄然興味が湧いた。
 ダンジョンが湧いてから最初期のダンジョン村ならば一番治安が悪く、また一番魔物に襲われる危険性も高い時期だ。何故ならば村の設備やシステムが整っていないからだ。
 だが、だからこそ私のような一介の吟遊詩人でも荒稼ぎできるチャンスがある。

「拙者が訪れた時にはフロアボスが討伐されたばかりでござった。今ならばまだ討伐戦の時期と被ることもなかろう」
「貴重な情報だ、ありがたい」
「こうして酒を奢ってくれたお主だからこそ話すのだ」

 フロアボスによる被害の範囲は凄まじく、万が一フロアボス討伐に失敗すれば全力で村から逃げても間に合わないかもしれないと聞く。
 そうして滅んだ村から現れたフロアボスを討伐するために、今度は国から騎士団が派遣される。
 だがこの乱世だ。果たして今のこの世でフロアボスが地上に解き放たれたら騎士団が駆けつけるまでに何日……いや何週間かかるだろうか。
 だから彼の少なくとも今行けば討伐戦の時期に被らないだろうという情報は値千金だった。

「それで、そのグリーンヴィレッジの場所は?」

 私はその村を訪れることに決めた。



 乗合馬車を乗り継いで数日、私はグリーンヴィレッジに辿り着いた。

「ほう……」

 馬車がその村に着いた瞬間、急に目の前が開けたようだった。

 こうした乗合馬車も一日に何度も訪れるのだろう。
 ここに来るまでの道のりもしっかりと整備されて揺れが少なく、馬車が二台すれ違って通れるほどの太い道が通っていた。
 なんでも大事な時に馬車が道でぬかるみにハマって動けなくなってしまったことがあったらしく、徹底的に道が整備されたのだとか。

 そしてこの村の入口だ。
 大勢の人や馬車が行き来している。

「こりゃまるで町だな……」

 市壁と門さえあればこの村はもう町を名乗れるのではないかとすら思えた。

 そうだ、市壁すらないんだぞ。
 市壁のないダンジョン村ではいつ魔物に襲われるか分からない。
 私のように危険だからこそそこに商機を見出す人間もいるのだろうが……とてもじゃないが最初期のダンジョン村とは思えない。

 私はこの村に宿をとる時にさり気なく宿屋の主人に聞いてみた。宿屋の主人はフランツと名乗った。

「私が言うのもなんですが、この村に来る方々は魔物に襲われるのが怖くないんですかね?」
「ああ、そのことですか」

 フランツは鷹揚に頷いて教えてくれた。
 なんでもこの村ではダンジョンの外に出現した魔物に人が襲われた例は一件しかないらしい。

 そんな馬鹿な。
 毎週のように誰かしらが死に、人々の悲嘆をダンジョンがもたらす恩恵の豊かさで無理矢理忘れさせるような、そんな歪んだ陽気さを持つのがダンジョン村の特徴ではなかったのか。

 私はとんでもない村に来てしまったのかもしれない。
しおりを挟む
感想 26

あなたにおすすめの小説

【完結】もふもふ獣人転生

  *  
BL
白い耳としっぽのもふもふ獣人に生まれ、強制労働で死にそうなところを助けてくれたのは、最愛の推しでした。 ちっちゃなもふもふ獣人と、攻略対象の凛々しい少年の、両片思い? な、いちゃらぶもふもふなお話です。 本編完結しました! おまけをちょこちょこ更新しています。 第12回BL大賞、奨励賞をいただきました、読んでくださった方、応援してくださった方、投票してくださった方のおかげです、ほんとうにありがとうございました!

【第1章完結】悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼第2章2025年1月18日より投稿予定 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。

完結·助けた犬は騎士団長でした

BL
母を亡くしたクレムは王都を見下ろす丘の森に一人で暮らしていた。 ある日、森の中で傷を負った犬を見つけて介抱する。犬との生活は穏やかで温かく、クレムの孤独を癒していった。 しかし、犬は突然いなくなり、ふたたび孤独な日々に寂しさを覚えていると、城から迎えが現れた。 強引に連れて行かれた王城でクレムの出生の秘密が明かされ…… ※完結まで毎日投稿します

トップアイドルα様は平凡βを運命にする

新羽梅衣
BL
ありきたりなベータらしい人生を送ってきた平凡な大学生・春崎陽は深夜のコンビニでアルバイトをしている。 ある夜、コンビニに訪れた男と目が合った瞬間、まるで炭酸が弾けるような胸の高鳴りを感じてしまう。どこかで見たことのある彼はトップアイドル・sui(深山翠)だった。 翠と陽の距離は急接近するが、ふたりはアルファとベータ。翠が運命の番に憧れて相手を探すために芸能界に入ったと知った陽は、どう足掻いても番にはなれない関係に思い悩む。そんなとき、翠のマネージャーに声をかけられた陽はある決心をする。 運命の番を探すトップアイドルα×自分に自信がない平凡βの切ない恋のお話。

異世界転移してΩになった俺(アラフォーリーマン)、庇護欲高めα騎士に身も心も溶かされる

ヨドミ
BL
もし生まれ変わったら、俺は思う存分甘やかされたい――。 アラフォーリーマン(社畜)である福沢裕介は、通勤途中、事故により異世界へ転移してしまう。 異世界ローリア王国皇太子の花嫁として召喚されたが、転移して早々、【災厄のΩ】と告げられ殺されそうになる。 【災厄のΩ】、それは複数のαを番にすることができるΩのことだった――。 αがハーレムを築くのが常識とされる異世界では、【災厄のΩ】は忌むべき存在。 負の烙印を押された裕介は、間一髪、銀髪のα騎士ジェイドに助けられ、彼の庇護のもと、騎士団施設で居候することに。 「αがΩを守るのは当然だ」とジェイドは裕介の世話を焼くようになって――。 庇護欲高め騎士(α)と甘やかされたいけどプライドが邪魔をして素直になれない中年リーマン(Ω)のすれ違いラブファンタジー。 ※Rシーンには♡マークをつけます。

兄弟カフェ 〜僕達の関係は誰にも邪魔できない〜

紅夜チャンプル
BL
ある街にイケメン兄弟が経営するお洒落なカフェ「セプタンブル」がある。真面目で優しい兄の碧人(あおと)、明るく爽やかな弟の健人(けんと)。2人は今日も多くの女性客に素敵なひとときを提供する。 ただし‥‥家に帰った2人の本当の姿はお互いを愛し、甘い時間を過ごす兄弟であった。お店では「兄貴」「健人」と呼び合うのに対し、家では「あお兄」「ケン」と呼んでぎゅっと抱き合って眠りにつく。 そんな2人の前に現れたのは、大学生の幸成(ゆきなり)。純粋そうな彼との出会いにより兄弟の関係は‥‥?

推しの完璧超人お兄様になっちゃった

紫 もくれん
BL
『君の心臓にたどりつけたら』というゲーム。体が弱くて一生の大半をベットの上で過ごした僕が命を賭けてやり込んだゲーム。 そのクラウス・フォン・シルヴェスターという推しの大好きな完璧超人兄貴に成り代わってしまった。 ずっと好きで好きでたまらなかった推し。その推しに好かれるためならなんだってできるよ。 そんなBLゲーム世界で生きる僕のお話。

麗しの眠り姫は義兄の腕で惰眠を貪る

黒木  鳴
BL
妖精のように愛らしく、深窓の姫君のように美しいセレナードのあだ名は「眠り姫」。学園祭で主役を演じたことが由来だが……皮肉にもそのあだ名はぴったりだった。公爵家の出と学年一位の学力、そしてなによりその美貌に周囲はいいように勘違いしているが、セレナードの中身はアホの子……もとい睡眠欲求高めの不思議ちゃん系(自由人なお子さま)。惰眠とおかしを貪りたいセレナードと、そんなセレナードが可愛くて仕方がない義兄のギルバート、なんやかんやで振り回される従兄のエリオットたちのお話し。完結しました!

処理中です...