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小話 吟遊詩人の新たな恋愛譚 後編
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私は仕事のために宿屋の隣の酒場に赴いた。
その酒場は以前は冒険者たちが四六時中たむろしていたらしい。
冒険者ギルドが建設されてからはそんなこともなくなったそうだが、それでもそこの酒場は冒険者の客が多めの傾向にあるらしい。
冒険者はいい。
冒険譚を好むし、刹那的な生き方をしているからか景気よくチップを払ってくれる。
今日支払った宿代の分を取り戻すまでそう時間もかからないかもしれない。
「お、吟遊詩人か!」
私がハープを手にしているのを見て冒険者らしき逞しい男が歓待する声を上げた。
私は微笑むと適当な席を取り、得意の冒険譚を歌い出した。
歌いながら目を剥きそうになった。
脱いだ帽子の中に景気よく銅貨や銀貨が投げ込まれていくと思ったら、中には大銀貨も混ざっている。
私程度の腕前では日食祭の王都で歌っても大銀貨はなかなかお目にかかれない。
この村の冒険者たちはよほど景気がいいようだ。
ちなみに今日の宿代は銀貨で四枚である。
ダンジョン村であることを考えれば妥当な値段だが、一瞬で倍以上の金額を稼いでしまった。
「ねえ、恋愛譚はないの?」
曲の合間に可愛らしいお嬢さんたちに尋ねられる。
「もちろんございますよ!」
恋愛譚こそが私の得意分野だ。
お嬢さんたちの心に響くように私は情熱的に歌い上げた。
ますます多くの硬貨が帽子の中に投げ込まれていく。お嬢さんたちもうっとりと聞き惚れていた。
何曲か恋愛譚を歌い終わると、不意にお嬢さんの一人が口を開いた。
「ねえ、吟遊詩人さんの歌う物語はどれも素敵だけれど、どれもこれも既婚者との恋物語なのね」
若い少女だった。
きっとこういう恋愛譚を聞き慣れていないのだろう。
「ああ。それには事情があるのですよ」
私はにこやかに少女に教えてあげる。
「私たちのような平民とは違って貴族の女性は十四、五歳で結婚してしまうのです。だから恋愛譚のヒロインとして出てくるような年頃になるころには既に誰々夫人などと名前が付いてしまっているわけです。奇跡的にその年まで結婚していない美しい清らかな女性がいればいいのですが、そういう女性は決まって修道院に入るものと決まっていますから」
ついさっき歌った『騎士とイズー王妃』もそうだった。
王と共に飲むはずだった媚薬をイズー王妃は誤って騎士と共に飲んでしまう。そうして騎士とイズー王妃は一晩の過ちを犯してしまう。だがイズー王妃は騎士との恋の最中に本当の愛というものを知り……という物語だった。
だから基本的に恋愛譚とは人妻との恋物語なのである。それが貴族社会での純愛である。
「へー、なんだか可哀想。最初から望んだ相手と結婚出来ればいいのにね。ねえ、そういう歌はないの?」
「いや、それは……何とも……」
師匠から教えてもらった歌には少なくともそういうものはない。
「じゃあ新しく作ればいいのに」
「え、いや、それは元になる物語がないと、ねえ……」
冷や汗を掻きながら視線を逸らす。
私には物語を作る才がない。他人から教えられた歌を歌うだけだ。
「ならうちの領主様とフィアンセ様の話を参考にすればいいんじゃない?」
さっきまで強めの酒を煽っていた女性が横から口を挟んでくる。
「領主様の……?」
「これは城で職を得た友人が搔き集めた情報なんだけどね……」
そう前置きして女性が語った内容はそれはそれは刺激的だった。
まるで主神である太陽神とその伴侶であり半身である月女神のように血を分けた兄弟として生まれてきた領主とフィアンセ。
彼らは幼い日に結婚の約束を交わしたが、無情にも運命の悪戯により引き離されてしまう。
やっと再会した時には彼らは家の事情で敵同士になっていた。
だが領主は再会したその時、『離れ離れになっていた間あなたへの想いを忘れたことは少しもなかった』と思いの丈を告白した。
そして二人は結ばれた……とのことだった。
「わ……湧いてきました! 着想が! 作りましょう、その話を元にした恋愛譚を!」
そうしてその村では数日後には『月光の君の恋愛譚』が大流行りすることとなったのだった。
その酒場は以前は冒険者たちが四六時中たむろしていたらしい。
冒険者ギルドが建設されてからはそんなこともなくなったそうだが、それでもそこの酒場は冒険者の客が多めの傾向にあるらしい。
冒険者はいい。
冒険譚を好むし、刹那的な生き方をしているからか景気よくチップを払ってくれる。
今日支払った宿代の分を取り戻すまでそう時間もかからないかもしれない。
「お、吟遊詩人か!」
私がハープを手にしているのを見て冒険者らしき逞しい男が歓待する声を上げた。
私は微笑むと適当な席を取り、得意の冒険譚を歌い出した。
歌いながら目を剥きそうになった。
脱いだ帽子の中に景気よく銅貨や銀貨が投げ込まれていくと思ったら、中には大銀貨も混ざっている。
私程度の腕前では日食祭の王都で歌っても大銀貨はなかなかお目にかかれない。
この村の冒険者たちはよほど景気がいいようだ。
ちなみに今日の宿代は銀貨で四枚である。
ダンジョン村であることを考えれば妥当な値段だが、一瞬で倍以上の金額を稼いでしまった。
「ねえ、恋愛譚はないの?」
曲の合間に可愛らしいお嬢さんたちに尋ねられる。
「もちろんございますよ!」
恋愛譚こそが私の得意分野だ。
お嬢さんたちの心に響くように私は情熱的に歌い上げた。
ますます多くの硬貨が帽子の中に投げ込まれていく。お嬢さんたちもうっとりと聞き惚れていた。
何曲か恋愛譚を歌い終わると、不意にお嬢さんの一人が口を開いた。
「ねえ、吟遊詩人さんの歌う物語はどれも素敵だけれど、どれもこれも既婚者との恋物語なのね」
若い少女だった。
きっとこういう恋愛譚を聞き慣れていないのだろう。
「ああ。それには事情があるのですよ」
私はにこやかに少女に教えてあげる。
「私たちのような平民とは違って貴族の女性は十四、五歳で結婚してしまうのです。だから恋愛譚のヒロインとして出てくるような年頃になるころには既に誰々夫人などと名前が付いてしまっているわけです。奇跡的にその年まで結婚していない美しい清らかな女性がいればいいのですが、そういう女性は決まって修道院に入るものと決まっていますから」
ついさっき歌った『騎士とイズー王妃』もそうだった。
王と共に飲むはずだった媚薬をイズー王妃は誤って騎士と共に飲んでしまう。そうして騎士とイズー王妃は一晩の過ちを犯してしまう。だがイズー王妃は騎士との恋の最中に本当の愛というものを知り……という物語だった。
だから基本的に恋愛譚とは人妻との恋物語なのである。それが貴族社会での純愛である。
「へー、なんだか可哀想。最初から望んだ相手と結婚出来ればいいのにね。ねえ、そういう歌はないの?」
「いや、それは……何とも……」
師匠から教えてもらった歌には少なくともそういうものはない。
「じゃあ新しく作ればいいのに」
「え、いや、それは元になる物語がないと、ねえ……」
冷や汗を掻きながら視線を逸らす。
私には物語を作る才がない。他人から教えられた歌を歌うだけだ。
「ならうちの領主様とフィアンセ様の話を参考にすればいいんじゃない?」
さっきまで強めの酒を煽っていた女性が横から口を挟んでくる。
「領主様の……?」
「これは城で職を得た友人が搔き集めた情報なんだけどね……」
そう前置きして女性が語った内容はそれはそれは刺激的だった。
まるで主神である太陽神とその伴侶であり半身である月女神のように血を分けた兄弟として生まれてきた領主とフィアンセ。
彼らは幼い日に結婚の約束を交わしたが、無情にも運命の悪戯により引き離されてしまう。
やっと再会した時には彼らは家の事情で敵同士になっていた。
だが領主は再会したその時、『離れ離れになっていた間あなたへの想いを忘れたことは少しもなかった』と思いの丈を告白した。
そして二人は結ばれた……とのことだった。
「わ……湧いてきました! 着想が! 作りましょう、その話を元にした恋愛譚を!」
そうしてその村では数日後には『月光の君の恋愛譚』が大流行りすることとなったのだった。
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