誰からも愛されないオレが『神の許嫁』だった話

野良猫のらん

文字の大きさ
10 / 33

第十話

しおりを挟む
 丸一日、ウエルは部屋から出ることを許されなかった。
 
 山神がウエルの体調を心配したからだ。あんなに寒くて空気の薄いところに出てきて身体を悪くしなかったかと、としきりに案じていた。だから、寝台で寝ていなさいと命じられたのだった。
 
 この屋敷の外は、恐らく頂にほど近い場所なのだろう。山頂に神の臥し所があるという教えは本当だった。
 山頂が寒いだけでなく、空気が薄いだなんて知らなかった。禁足地になっていなかったとしても、人間にあの頂を踏むことは不可能だっただろう。
 
 屋敷の中に入れば、空気の薄さも冷たさも害を及ぼすことはない。
 山神が許嫁のために創った空間だからだろうか。
 
「ウエル、ウエル。もう寝てしまったかな?」
 
 彼が話しかけてくるのを、ウエルは寝た振りをして無視していた。
 
 ウエルは極度の寂しがりだと彼は信じきっていた。席を外したらまた勝手に外に出てしまうとでも思っているのか、ずっと寝台の横に座って傍にいてくれた。
 
 ただでさえ人との会話が好きでないウエルはすぐに苦痛になって、寝るふりをするようになった。
 苦痛ではあったが、ウエルを案じてくれていることは伝わってきた。無理矢理ウエルの身体を暴いた男と同一人物とは思えなかった。
 
「ウエル、そろそろ時間だから行くよ。なるべく早く戻ってくるからね。外に出ては駄目だよ」
 
 立ち上がる物音が聞こえた。
 そろりと毛布から顔を出してみると、彼が手に鍵を持っていた。
 
「悪いけれど、この部屋に鍵をかけていくよ。玄関にも鍵をかけておくからね」
 
 彼が部屋から出ていき、扉が閉まるとカチャリと音がした。
 鍵が閉められようが、どうでもいい。とっくに逃げ出す気はなくなっている。逃げ出すことはできないと悟ったからだ。山神がいくら間抜けな神でも、逃亡なんてできっこない。たとえ逃げられたとしても、地の果てまで追ってくるだろう。
 
 神官たちの言った通り自分は本当に神の許嫁で、男であるにも関わらず山神に抱かれてしまい、今は監禁されている。すべて夢だったらいいのに。
 ウエルは本当に寝ることにした。
 
 しばらくして、ノック音に意識が覚醒する。山神が戻ってきたのだろうか。
 
「ウエル様」
 
 呼びかける声で、ヤルトだと分かった。
 
「お加減はいかがでしょうか。夕食はご主人さまと同席できそうでございますか?」
 
 ヤルトの問いかけに、ウエルは考えた。
 部屋で寝こんでいると、運ばれてくる食事は体調を気遣ってかあっさりとしたものが中心になる。
 こうして監禁生活を送っていると、娯楽は食事だけだ。
 脂っこいものが食べたくなって、ウエルは頷くことにした。
 
 前回食事を共にしたときは、酒に変な混ぜ物がしてあって酷い目に遭った。それでも食事への欲が恐れに勝った。
 
 ヤルトに鍵を開けてもらったので、時間になると白い寝間着姿のまま食堂へと向かった。
 
「ウエル、元気になったかい」
 
 向かいの席に腰かけた山神が微笑みかけてきた。
 とっくに元気になっていたことは言わない。
 ヤルトが給仕を始める。前回と同じように数々の料理が運ばれてくる。最後にあの琥珀色の酒も運ばれてきた。
 
「……」
 
 ウエルは酒の注がれた杯を睨みつけた。
 まさか。手が割れたというのに、こんなに堂々と再び盛ったりはしないだろう。この酒には変なものは入っていないはずだ。
 それでも恐ろしくて、ウエルは一応尋ねてみた。
 
「また何か変なもの混ぜてないだろうな?」
 
 我ながら間抜けな質問だ。混ぜていたとしても、正直に答えるわけがない。
 
「私の体液のことかい、うん混ぜたよ」
 
 山神はあっさりと肯定した――――ウエルは爆発した。
 
「な、なんでだよ! なんで混ぜるんだよ! なんでそれを言っちゃうんだよ! 馬鹿なのか、間抜けなのかお前は!」
 
 ついに面と向かって間抜けと言ってしまった。お前呼ばわりしてしまった。
 それで充分だ、こんなめちゃくちゃな神なんか。
 怒られた山神はきょとんとしていた。
 
「なぜって……ウエルに気持ちよくなってほしいからだよ」
 
 彼は悪びれなく意図を口にする。
 
「じゃあ、なんで馬鹿正直に盛ってるって言っちゃうんだよ! 言ったら、飲まないだろ!」
「飲まない? なぜ?」
 
 綺麗に整った顔が、ぽかんと目を丸くさせた。
 本当に分かっていないのだ。どんなに頭がよくとも、全能の力を持っていようと、人の心ひとつ分からないなんて!
 
「なんでって、嫌だからだよ!」
「嫌? だって君はあんなに気持ちよさそうにしていたじゃないか」
「オレにだって意思ぐらいあるんだ、変なもんで無理やり気持ちよくさせられて、嫌に決まっているだろ!」
 
 ウエルは椅子から立ち上がって叫んだ。
 
 山跳びを続けていたかったのに、神官たちに捕らえられ勝手に許嫁にされて、禁足地に追放されたと思ったら、山神の屋敷の連れてこられて無理やり抱かれて……これまでの怒りを吐き出すかのように怒鳴った。
 
 これでどうなってしまってもいい、知るものか。ぷちっと潰されることになったとしても、今ここで怒りを訴えることの方が重要だった。
 この間抜けに分からせてやらねばならない。オレには心があるのだと。ウエルの胸の内にあるのは、その思いだけだった。
 
「……てっきり、ウエルは喜んでくれていると思っていたよ。私はウエルの嫌なことをしてしまっていたんだね」
 
 ウエルの主張を聞き、山神は悲しげな顔をした。
 
「分かったよ、もう二度としないよ」
「へ……?」
 
 あっさりとした言葉に、拍子抜けした。
 
「他にも不快なことをしてしまっていたら、言っておくれ。私はウエルのことが大事なんだ」
 
 そんなにもあっさりとやめると言われてしまったら、この怒りをどこへやればいいのか。
 気が抜けてすとん、と椅子に腰を下ろす。
 
 無理やり抱いたくせに喜んでいると思っていたなんて、果てしない間抜けだ。価値基準が違いすぎる、話が通じる気がしない。
 
 けれども、彼に悪意がなかったことは分かった。理解すると、途端に狂ってみえた彼の印象がちょっと変わったような気がした。
 だからといって許しはしないけれど。
 
 絶対に、こんな間抜けな神に気を許してなるものか。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい

マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。 最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡) 世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

転生したら、主人公の宿敵(でも俺の推し)の側近でした

リリーブルー
BL
「しごとより、いのち」厚労省の過労死等防止対策のスローガンです。過労死をゼロにし、健康で充実して働き続けることのできる社会へ。この小説の主人公は、仕事依存で過労死し異世界転生します。  仕事依存だった主人公(20代社畜)は、過労で倒れた拍子に異世界へ転生。目を覚ますと、そこは剣と魔法の世界——。愛読していた小説のラスボス貴族、すなわち原作主人公の宿敵(ライバル)レオナルト公爵に仕える側近の美青年貴族・シリル(20代)になっていた!  原作小説では悪役のレオナルト公爵。でも主人公はレオナルトに感情移入して読んでおり彼が推しだった! なので嬉しい!  だが問題は、そのラスボス貴族・レオナルト公爵(30代)が、物語の中では原作主人公にとっての宿敵ゆえに、原作小説では彼の冷酷な策略によって国家間の戦争へと突き進み、最終的にレオナルトと側近のシリルは処刑される運命だったことだ。 「俺、このままだと死ぬやつじゃん……」  死を回避するために、主人公、すなわち転生先の新しいシリルは、レオナルト公爵の信頼を得て歴史を変えようと決意。しかし、レオナルトは原作とは違い、どこか寂しげで孤独を抱えている様子。さらに、主人公が意外な才覚を発揮するたびに、公爵の態度が甘くなり、なぜか距離が近くなっていく。主人公は気づく。レオナルト公爵が悪に染まる原因は、彼の孤独と裏切られ続けた過去にあるのではないかと。そして彼を救おうと奔走するが、それは同時に、公爵からの執着を招くことになり——!?  原作主人公ラセル王太子も出てきて話は複雑に! 見どころ ・転生 ・主従  ・推しである原作悪役に溺愛される ・前世の経験と知識を活かす ・政治的な駆け引きとバトル要素(少し) ・ダークヒーロー(攻め)の変化(冷酷な公爵が愛を知り、主人公に執着・溺愛する過程) ・黒猫もふもふ 番外編では。 ・もふもふ獣人化 ・切ない裏側 ・少年時代 などなど 最初は、推しの信頼を得るために、ほのぼの日常スローライフ、かわいい黒猫が出てきます。中盤にバトルがあって、解決、という流れ。後日譚は、ほのぼのに戻るかも。本編は完結しましたが、後日譚や番外編、ifルートなど、続々更新中。

魔法学園の悪役令息ー替え玉を務めさせていただきます

オカメ颯記
BL
田舎の王国出身のランドルフ・コンラートは、小さいころに自分を養子に出した実家に呼び戻される。行方不明になった兄弟の身代わりとなって、魔道学園に通ってほしいというのだ。 魔法なんて全く使えない抗議したものの、丸め込まれたランドルフはデリン大公家の公子ローレンスとして学園に復学することになる。無口でおとなしいという触れ込みの兄弟は、学園では悪役令息としてわがままにふるまっていた。顔も名前も知らない知人たちに囲まれて、因縁をつけられたり、王族を殴り倒したり。同室の相棒には偽物であることをすぐに看破されてしまうし、どうやって学園生活をおくればいいのか。混乱の中で、何の情報もないまま、王子たちの勢力争いに巻き込まれていく。

不遇聖女様(男)は、国を捨てて闇落ちする覚悟を決めました!

ミクリ21
BL
聖女様(男)は、理不尽な不遇を受けていました。 その不遇は、聖女になった7歳から始まり、現在の15歳まで続きました。 しかし、聖女ラウロはとうとう国を捨てるようです。 何故なら、この世界の成人年齢は15歳だから。 聖女ラウロは、これからは闇落ちをして自由に生きるのだ!!(闇落ちは自称)

【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺

福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。 目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。 でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい… ……あれ…? …やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ… 前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。 1万2000字前後です。 攻めのキャラがブレるし若干変態です。 無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形) おまけ完結済み

処理中です...