彼はオレの傷を愛している ~人間嫌いのオレが魔術学校の優等生に一目惚れされるなんて~

野良猫のらん

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第四話 アザミ、人間嫌い

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「バルト先生、うちの後輩にちょっかいを出さないでいただきたい」
「ヒューゴ先輩!」

 番相手の上級生の登場に、ケントは声を上げた。
 面白いことになってきたので、このまま彼らの様子を観戦することにする。

「ケント。バルト先生と個人的に親しくなるのはあまりおすすめできない」
「何故ですか、先輩?」

 ヒューゴという上級生は厳めしい表情を崩さない。

「バルト先生は教師としての腕は信用できるが、人間としては尊敬できない面があるからだ」
「おいおい、本人の目の前で言うとは度胸あるなぁ!」

 ヒューゴの言葉をバルトは怒るどころか、面白そうに笑い飛ばす。

「ケント、バルト先生は君のような真面目な生徒が好みで誑かすのが趣味なんだ」
「誑かすなんて人聞きの悪い。好みは否定しねえがな」

 肩を竦めるバルトと、真剣な眼差しのヒューゴ。
 二人の板挟みになったケントはどう反応するのか。
 飯を食いながら観察していると、ケントは一言、疑問を投げかけた。

「つまり……ヒューゴ先輩もバルト先生にちょっかいをかけられたことがあるんですか?」
「ッ!」

 ケントのこの問いは図星だったらしい。
 ヒューゴはピシリと固まる。
 確かにヒューゴ自身もバルトの好みに当てはまる真面目な人間に見える。
 ケントの観察眼も捨てたものではないらしい。

「ははっ、オレがケントに取られるかもって嫉妬してんだなヒューゴは」
「違う! そんな訳があるか!」

 顔を真っ赤にして否定するヒューゴをカラカラと笑うバルト。
 二人の関係性が何となく分かってきた。

「じゃあ逆か? せっかく番にした可愛い後輩を取られるかもって?」

 バルトのこの言葉に、ヒューゴは眉尻をピクピクとさせている。

「……お言葉だが。私はそんな邪な思いで彼を選んだわけではない」

 必死に怒りを抑えた震えた言葉でヒューゴは答える。
 この言葉に、一目惚れがどうのこうのと言っていたアレクシスが間接的に邪だと非難されたようで、痛快な気分になった。
 どうやらケントの番はまともな奴らしい、羨ましい。

「ケントが真面目で善良そうに見えたから、いかにもバルト先生の標的にされそうで近くで守ろうと思っただけだ」
「ふーん?」

 そこら辺まで聞いたところで飽きてきたので、オレはトレーを持ってテーブルから立ち去る。
 助けを求めるような視線をケントが寄越してきたが、オレは無慈悲に彼を置いていった。

 そもそもケントは何故かいつもオレの隣を陣取っているだけで、友達という訳でもなんでもないからな。



 *



「最初のテストはどうだった?」

 午後の授業も終え部屋に戻ると、当たり前のようにアレクシスに声をかけられた。

「五月蠅い。お前はオレの母親か」

 彼に背を向け、荒っぽく椅子を引いて腰掛ける。
 昨日オレに構うなと言った筈なのに、もう忘れたようだ。

 もし彼に満点だったなどと言えば、自分の手柄だと言わんばかりに喜ぶだろう。
 それは癪なので、絶対に彼にテストの点を明かさないことを心に決めた。

「すまん、勉強の話は嫌いか」

 勉強の話ではなく、あんたとの話が嫌いなんだ。
 何故気づかない。

「ならもっと別の話をしよう」

 ギシリとベッドの軋む音。
 彼が自分のベッドに腰掛けたのだろう。

「今度の週末、初めての休日だろう? 一緒に町に出ないか。案内しよう」

 休日にだけ、この深い森の奥と一番近くの町とを往復する馬車が運行している。
 大して娯楽のある町ではないらしいが、文房具などの日用品はそこで買い揃えなければならない。
 勝手を知っている上級生に何処に何の店があるなど案内してもらえれば便利だろう。

「……」

 だがオレは、何も答えないことで彼の提案を無言で拒否した。
 何故休みの日までアレクシスと顔を突き合わせていなきゃいけないんだ。

「無言ってことは、オレと行くということでいいんだな?」
「んな訳あるか!」

 敵意の伝わらなさに、思わず振り向いてしまった。
 してやったりとばかりに微笑むアレクシスの顔が見えた。
 クソ、乗せられた。

「まあそう言うな。オレに案内させてくれないか。初めての休日に番の下級生を案内するのは、上級生の義務みたいなものなんだ。それとももう友達と一緒に行く約束でもしているのか?」

 友達。
 思わずケントのことを連想してしまう。

 違う、あれは……ケントの奴も他に知り合いがいないからオレの周りに引っ付いてるだけだ。
 他に友人が出来れば、オレになんて話しかけもしなくなるだろう。

「してない。オレはあんたみたいにすぐ友人が出来たりなんかしない」

 その言葉に、アレクシスは意外そうに目を丸くさせる。

「あれ、眼鏡のあの子は友達じゃないのか?」
「なんであんたがケントとオレがよくつるんでることを知ってるんだ」

 部屋の外ではアレクシスと顔を合わせたことはあまりないのに。
 せいぜい遠くの方に姿を見かけたことがあるくらいだ。

「知らないのか? 君の美しさは学校中の噂になっているぞ」

 アレクシスが胡散臭い笑みを浮かべてニコリと答えた。本当だろうか。
 噂になっているとしても、それは突然平民を番相手に選んだアレクシスの奇行の方だろう。

「ともかく、一方的に隣にいられたり、話しかけられたりされただけで友人になったり、気を許したりなんかしない。あんたはそうなのかもしれないが、オレは違う……! オレはそんな……」

「ルノ?」

 感傷的な気分になりそうになり、顔を歪める。
 他人に弱味を見せたくないという気持ちが、声を荒げるのを留まらせる。

「……なんでもない。オレはあんたが嫌いなんだ。あんたと一緒に町に行くくらいなら、一人で行って迷う方がマシだ」

 結局、彼への嫌悪だけ吐き出した。
 これで自分はオレに嫌われてるのだということを、彼も気づいただろう。
 彼の表情を見るのが怖くて、俯いて床を見つめた。

「そうか。それでも一緒に来てもらうぞ、義務だからな。時には嫌なこともしなければならないのが学生というものだろう?」

 アレクシスはあくまでも穏やかに言った。
 その返答に何故だか安堵している自分がいた。

「……………………分かった」

 押し付けられるのは嫌だが、さりとて見放されるのも嫌だったのかもしれない。

 そういう訳で、オレは休日にアレクシスと二人で町に繰り出すことになってしまった。
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