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番外編
第一王子のその後
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「ポルトキアロは緑の草原と紺碧の海が美しい街だと聞きます。退位後はゆっくりと療養なさって下さい」
「うむ……」
アレクサンドル第一王子の言葉に現国王は弱々しく頷いた。
草原と海が美しい街と言えば聞こえはいいが、要は何もない田舎町ということである。
療養というのも実質島流しの意であった。
国外追放とまではならなかったが、父上は片田舎に押し込められることになったのだ。
ポルトキアロは国の端でありながら海に面しているために地続きに異国から人の出入りがあるわけでもなく、海運業を通しての輸出入を一手に担っている港町は他にあるために漁業くらいしか見るところのない片田舎である。新鮮な魚介類がいつでも食べられることだけが救いかもしれない。
それもこれも貴族の間に突如として親聖女派が持ち上がったためである。
聖女フランソワとその伴侶である騎士団長のエルムートを逃がさせた時、最悪王太子の座を廃されることも覚悟した。
その通りになりかけた時、なんと聖女は王都に戻ってきて世界を救う案を父上に示した。
かくして世界は救われ、親聖女派によってアレクサンドルは英雄へと祭り上げられた。
過激な親聖女派はそのままの勢いで聖女を犠牲にする案を採択した国王に退陣を求め、今すぐにアレクサンドルを国王にするように要求した。
それを押し留めたのがアレクサンドルであった。
フィアンセを理由に現国王の退位を数年引き延ばしたのだ。
国王になる前にフィアンセと正式に夫夫になっておきたい。しかし結婚すれば数年の間はフィアンセは王妃としての公務を行うのが難しくなる(何故なら夫夫生活に精を出すからだ)。流石に戴冠式の日に王妃不在はいかがなものか。なので結婚してからまだ数年の間は現国王に頑張っていてもらいたい、と説明して。
親聖女派はそれで納得したようだが、退位後も父上が何かするのではないかと憂慮する者が多い。それこそ父上に暗殺者が差し向けられるのではないかと危惧するレベルで。
なので、半ば避難半ば島流しとして父上には退陣後田舎に引っ込んでもらうことになったのだった。
「それでお義父様はなんと?」
アレクサンドルが自室に戻るなり声をかけてきたのはフィアンセ……いや、今では伴侶のエティエンヌだ。勝気そうなショートの赤毛が揺れる長身のノンノワールだ。アレクサンドルの肥えた目から見ても美しい男だった。
「もちろん納得して下さった。伴侶と一緒にポルトキアロで大人しく老後を過ごすそうだ」
その伴侶というのは第二王子シメオストルの母のことだ。
アレクサンドルの母は既に没しているのでどうしても他人行儀な言い方になってしまう。
「良かった……。これでようやく一段落ついたな」
エティエンヌはほっと胸を撫で下ろした。
これで諸々の引継ぎのための数年を無事確保できたことになる。
いきなり国王になれと言ったって無理があるのだ。
アレクサンドルやその部下が身に付けなければならない知識は山とある。
最初からこの年で国王になるつもりで準備していたならばまだしも、まだまだ父上には国王として働いてもらうつもりでいたのだ。
準備期間がなければ話にならない。
その貴重な準備期間を稼ぐための口実を考えてくれたのが、目の前のエティエンヌだった。
『オレを孕ませるから準備期間が必要だと言えば良いだろう』
そんな直截に過ぎる言葉が彼の唇から流れ出した時には仰天したものだ。
だが多いに助かったのは事実だ。
アレクサンドルは彼に感謝していた。
こうして人心地つき落ち着くと、ふと伴侶と向かい合う時間が出来たことに気が付いた。
改めて話をしたいとアレクサンドルは思った。
「エティエンヌ……そなたはどうしてあの時、私のことを見捨てなかったのだ?」
「あの時とは?」
「私が一時的に王太子の座を廃された時だ」
婚約破棄という選択肢もあったのに、彼はそうしなかった。
不思議に思って尋ねてみた。
すると、彼は不機嫌そうに目を吊り上げたのだった。
「……なんだその質問は。まさかオレが貴方のことを好きだから見捨てられなかったとでも考えてるのじゃあるまいな?」
「実際、好きだろう?」
「ち、違う! オレはあくまでも未来の王妃としてすべきことをしているだけだ!」
エティエンヌは頬が赤く染まるほどムキになって否定する。
伴侶の素が見えるその表情がアレクサンドルは好きだった。
だから何度でも揶揄いたくなってしまう。
「婚約破棄しなかった理由は、『未来の王妃としてすべきことをしたから』ということなのか?」
「それは、その……」
彼はしばらくの間口をもごもごさせてたと思うと、ぷいとそっぽを向いてこう言った。
「だ、だって、アレクサンドルは正しいことをしただけだ! それなのに婚約破棄だなんて、そんな……そんなの悔しいだろう!」
こちらを真っ直ぐに見てくれないのは照れ隠しだろう。
アレクサンドルは目を丸くすると……立ち上がり、ぎゅっと彼を抱擁した。
「なっ、何をするんだ……っ!」
胸の内に溢れてくる愛おしい気持ちに、とうとう腹をくくる時が来たのかもしれないとアレクサンドルは悟った。それはつまり、この愛おしい人だけに一生を捧げる覚悟を決める時が来たのだ。
いつの日かエティエンヌの口から「愛してる」の言葉を引き出してみせよう。
彼が心の奥底では自分を愛してくれていることは分かっているのだから。
そのためには、まず――――
「エティエンヌ、私はそなたを愛している」
「な……ッ!?」
自分から愛を伝えていかなければ。
「うむ……」
アレクサンドル第一王子の言葉に現国王は弱々しく頷いた。
草原と海が美しい街と言えば聞こえはいいが、要は何もない田舎町ということである。
療養というのも実質島流しの意であった。
国外追放とまではならなかったが、父上は片田舎に押し込められることになったのだ。
ポルトキアロは国の端でありながら海に面しているために地続きに異国から人の出入りがあるわけでもなく、海運業を通しての輸出入を一手に担っている港町は他にあるために漁業くらいしか見るところのない片田舎である。新鮮な魚介類がいつでも食べられることだけが救いかもしれない。
それもこれも貴族の間に突如として親聖女派が持ち上がったためである。
聖女フランソワとその伴侶である騎士団長のエルムートを逃がさせた時、最悪王太子の座を廃されることも覚悟した。
その通りになりかけた時、なんと聖女は王都に戻ってきて世界を救う案を父上に示した。
かくして世界は救われ、親聖女派によってアレクサンドルは英雄へと祭り上げられた。
過激な親聖女派はそのままの勢いで聖女を犠牲にする案を採択した国王に退陣を求め、今すぐにアレクサンドルを国王にするように要求した。
それを押し留めたのがアレクサンドルであった。
フィアンセを理由に現国王の退位を数年引き延ばしたのだ。
国王になる前にフィアンセと正式に夫夫になっておきたい。しかし結婚すれば数年の間はフィアンセは王妃としての公務を行うのが難しくなる(何故なら夫夫生活に精を出すからだ)。流石に戴冠式の日に王妃不在はいかがなものか。なので結婚してからまだ数年の間は現国王に頑張っていてもらいたい、と説明して。
親聖女派はそれで納得したようだが、退位後も父上が何かするのではないかと憂慮する者が多い。それこそ父上に暗殺者が差し向けられるのではないかと危惧するレベルで。
なので、半ば避難半ば島流しとして父上には退陣後田舎に引っ込んでもらうことになったのだった。
「それでお義父様はなんと?」
アレクサンドルが自室に戻るなり声をかけてきたのはフィアンセ……いや、今では伴侶のエティエンヌだ。勝気そうなショートの赤毛が揺れる長身のノンノワールだ。アレクサンドルの肥えた目から見ても美しい男だった。
「もちろん納得して下さった。伴侶と一緒にポルトキアロで大人しく老後を過ごすそうだ」
その伴侶というのは第二王子シメオストルの母のことだ。
アレクサンドルの母は既に没しているのでどうしても他人行儀な言い方になってしまう。
「良かった……。これでようやく一段落ついたな」
エティエンヌはほっと胸を撫で下ろした。
これで諸々の引継ぎのための数年を無事確保できたことになる。
いきなり国王になれと言ったって無理があるのだ。
アレクサンドルやその部下が身に付けなければならない知識は山とある。
最初からこの年で国王になるつもりで準備していたならばまだしも、まだまだ父上には国王として働いてもらうつもりでいたのだ。
準備期間がなければ話にならない。
その貴重な準備期間を稼ぐための口実を考えてくれたのが、目の前のエティエンヌだった。
『オレを孕ませるから準備期間が必要だと言えば良いだろう』
そんな直截に過ぎる言葉が彼の唇から流れ出した時には仰天したものだ。
だが多いに助かったのは事実だ。
アレクサンドルは彼に感謝していた。
こうして人心地つき落ち着くと、ふと伴侶と向かい合う時間が出来たことに気が付いた。
改めて話をしたいとアレクサンドルは思った。
「エティエンヌ……そなたはどうしてあの時、私のことを見捨てなかったのだ?」
「あの時とは?」
「私が一時的に王太子の座を廃された時だ」
婚約破棄という選択肢もあったのに、彼はそうしなかった。
不思議に思って尋ねてみた。
すると、彼は不機嫌そうに目を吊り上げたのだった。
「……なんだその質問は。まさかオレが貴方のことを好きだから見捨てられなかったとでも考えてるのじゃあるまいな?」
「実際、好きだろう?」
「ち、違う! オレはあくまでも未来の王妃としてすべきことをしているだけだ!」
エティエンヌは頬が赤く染まるほどムキになって否定する。
伴侶の素が見えるその表情がアレクサンドルは好きだった。
だから何度でも揶揄いたくなってしまう。
「婚約破棄しなかった理由は、『未来の王妃としてすべきことをしたから』ということなのか?」
「それは、その……」
彼はしばらくの間口をもごもごさせてたと思うと、ぷいとそっぽを向いてこう言った。
「だ、だって、アレクサンドルは正しいことをしただけだ! それなのに婚約破棄だなんて、そんな……そんなの悔しいだろう!」
こちらを真っ直ぐに見てくれないのは照れ隠しだろう。
アレクサンドルは目を丸くすると……立ち上がり、ぎゅっと彼を抱擁した。
「なっ、何をするんだ……っ!」
胸の内に溢れてくる愛おしい気持ちに、とうとう腹をくくる時が来たのかもしれないとアレクサンドルは悟った。それはつまり、この愛おしい人だけに一生を捧げる覚悟を決める時が来たのだ。
いつの日かエティエンヌの口から「愛してる」の言葉を引き出してみせよう。
彼が心の奥底では自分を愛してくれていることは分かっているのだから。
そのためには、まず――――
「エティエンヌ、私はそなたを愛している」
「な……ッ!?」
自分から愛を伝えていかなければ。
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