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序章 - 同級生と妖精の隠れ宿 -

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 在校生だったときは、禁止されているエリアで巡回の先生に見付かれば、着替えてから出掛けるようにと帰宅を促されて、後日にお叱りと反省文の提出が待っていた。国道沿い買い食いエリアや娯楽に溢れるショッピングセンターなどは、もっとも警戒されていた危険地帯である。
 優等生だった風花は、基本的に校則や規則は守ろうとしていたし、間違いなく友人の提案に『楽しそうね』と返信した記憶がある。積極的に着ているという、予想通りすぎて言い返せなかったのである。

「まぁ、風花の女子校生な制服コスプレが可愛いのは、この際横へ置いておこう」
「何か、腹立つー……」

 楽しそうな笑顔のまま、両手で持ち上げた透明な箱をこれじゃないと虎太郎が移動させた。

「まぁまぁ、落ち着きましょうや」
「ぬぅ」

 その動きを目で追っていた風花は、可愛いと言われたことは嬉しかったようだ。
 気を抜けばニマニマしそうになる表情筋を辛うじて制御して、卒業した同じ月なのにもうコスプレだと言われたことが、ヤツが意図的に違う漢字を思い浮かべていたことなど見抜けていないが、納得できないと頬を膨らませた。

「それで、その首謀者たるユッコやマキ達とは一緒じゃなかったのか?」
「それはぁ……、それは、だから、……あの、私だけちょっと寄り道していたというかぁ」

 両の手のひらを見せて怒らせる意図はなかったと嘘くさいアピールをする虎太郎の問い掛けに、風花の言葉がもごもごと小さくなっていく。

「何だぁ~……? ああ、なるほど、なるほど……、……ん? 間に合ったの?」

 暗闇から逃れてきたと捲し立てていたことを思い出して、チラッと通路の奥へ視線を飛ばした虎太郎が、キリリと凄く真剣な表情で顔を寄せて内緒話の声量を用いた。

「――聞くなっ!」
「グヘッ」

 目にも留まらぬ右拳が、抉り抜くかのようなグーパンチがボスッと虎太郎のお腹へ突き刺さった。
 少しだけ緩み始めていたパワーは、一度準備されていただけに再充填は素早く行われた。

「はぁ、鏡の前で手を洗っていたって言ったでしょう、まったく……。……ちゃんと、間に合っていたもん」

『世界が狙えるぜぇ……』と膝を折る虎太郎を見下ろしながら、風花は誤解させないために恥ずかしそうな表情で顔を背けながら、ボソッと付け足した。
 思っていた以上にギリギリで、個室へ入る前に安堵してしまった。そのとき、桃色の下着に染みちゃった気がして焦るように確認したことは、絶対に内緒だ。

「確かに、失礼な質問でござった。……だが、しかーし! ここが簡単に着替えられないような世界だったら、非常に重要なことだろーっ!?」

 シャキッと立ち上がった虎太郎が、ブーブーと口を尖らせ正論っぽい、そう聞こえなくもない言い訳を始めた。
 ただし、やはりというかその言い分が通ることはなさそうだ。

「あなたの言いたいことは分かったわ! でも、わざわざそういうことを聞かないの!」

 へっぴり腰でひっそりとした空間を眺めていた彼女だったが、館内放送の説明には耳を傾けていた。これまでと常識が変わってしまうことは理解できていた。
 着替えられるかどうかは、本当に深刻な問題かもしれない。
 だが、間違いなくそれだけを目的に聞いている気がしないことも理解できていた。
 ちなみに、虎太郎と一緒にいることで、それほど着替えに困らない、生活必需品の揃いそうな可能性が高いことを理解してしまった風花によって、今夜みっちりと正座させられることを今の彼が知るはずもない。

「……で? 何か、言うことは?」
「はい、ごめんなさい」

 低く抑揚のない台詞と見据える眼力に、背後でゴゴゴッと膨れ上がるような威圧感に負けて、姿勢を正した虎太郎が素直に頭を下げた。
 両手を太股に揃え、ビシ、ビシッと直角に折れ曲がるほどに。
 こんな状況なのだ、本当にやり過ぎて口を利いてもらえなくなるのは拙い。長年の線引きが、そろそろ手を引けと警告しているのだろう。

「えー、おっほん! それでは、ユッコ君達は、どちらに……?」
「……ハァ」

 わざとらしすぎる咳払いをして、キリッと表情を整えた虎太郎の問いに、何でこんなにも話が脱線ばかりするのかと溜め息を漏らした風花が、軽く頭を振って気持ちを切り替える。
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