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87.モブ役者はイケメン貴公子の弟分にはげまされる
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「まぁ実際、若様と共演してた舞台でのあんた、すごかったもんな!こうして目玉に呼ばれるのもわからなくはないけどな!」
先ほどまでのマジメな顔から一転して、もとの人懐っこい笑顔にもどったユージさんが、八重歯を見せて言う。
「あ、ありがとうございます!あれはまわりの皆さんのおかげもありましたけど……」
「うわ~、その謙虚な反応、すげー新鮮かも!うちの若様なら『ったりめぇよ!』とか言ってふんぞりかえるだけなんで」
「あぁ、それは容易に想像がつきますね……」
でも雪之丞さんには、その自信を裏付けるだけの実力があるし、その実力を身につけるまでに乗り越えてきた過程にも誇りを持っているんだろう。
だから、変に謙遜したりはしない。
そういうところ、本当にかっこいいと思う。
「若様のすげーところはほかにもあってさ、だれよりもきれいに舞うし、殺陣に関しては強いのから美しいのまで演じ分けられるあげく、それだけじゃないってところだよな!」
「というと?」
きらきらと目をかがやかすユージさんが、心の底から雪之丞さんを慕っているのがよくわかる。
「演出家というか、プロデューサーとしての腕もすげーんだ、あの人!」
「うん、それはたしかに……」
たしかにこの月城座で打つ公演は大入りどころか連日チケットが完売し、満員御礼になることも多い。
今ユージさんが言った『演出家』が舞台で演出を手がけるのは言うまでもないけれど、『プロデューサー』はその舞台をどんなものにするかという、そもそもの色を決める役割を担う。
さらにはスポンサーを探してきたり、キャスティングをしたりとその舞台の制作全体にわたって統括するのが主な役目だからこそ、この月城座のチケットの売れ行きや評判を生み出している雪之丞さんの功績は大きいわけだ。
「若様の目には、この世界はどう映ってるんだろうな……? オレにはまだ全然たどりつけない境地すぎて、あの人の背中がすげー遠いんだよ」
ぽつりとつぶやくユージさんは、少しさびしそうにも見えた。
「僕からしたら、さっきのユージさんの扇子さばきだって、雪之丞さん並みに美しくてうらやましかったですけどね。僕はずっと苦戦してるので……」
「あー、さっきの若様厳しかったもんなぁ」
思わずボヤけば、ユージさんに苦笑される。
「だって月城座に来るお客さんて、ふだんからあの雪之丞さんの美しい舞を見なれているわけですよね? そんなお客さん相手に満足してもらえるのかって思ったら、正直なところ胃が痛くなります」
一度弱音を口にしてしまえば、もやもやと心のなかでわだかまっていた思いは明確な形となり、少しだけ気持ちの整理がついてくる。
「そこはさ、若様の期待があるから応えてもらうしかないんだけど、でもあの人そもそも、できない人には絶対に無茶振りなんてしないから」
「………………」
言外に忍ばされた『信頼されている』というユージさんのはげましの言葉が、心にじわりと染みていく。
「よく若様が言ってんだけどさ、オレらの舞台では『お客さんの見てぇモンを見せる』のが基本なんだってさ。でも『それだけじゃつまんねぇから、意表を突くのも大事なんだ』って」
「なる、ほど……?」
いかにも雪之丞さんが言いそうな言葉だけれど、若干話が変わった感は否めない。
ひょっとして、気をつかわせてしまったんだろうか?
「たとえばゲストがロック歌手なら、エレキギターをかき鳴らしつつ歌わせることもある。ブレイクダンスが得意なタレントを呼んだら、それを踊らせることだってある。これがお客さんの見たいものを見せるってことなのはわかるよな?」
「えぇ、そうですね」
ユージさんの言葉に大きくうなずく。
商業演劇の世界なら、当然のように見に来てくれるお客さんの満足度というものをかんがえなくてはいけないことくらい、僕にだってわかる。
かといって期待されたものを見せているだけでは、逆に飽きられてしまうことも。
「そこに、月城座でしか見られないものを足すのが若様のやり方なんだ。だからロック歌手にはギラギラに光る着物を着せるし、ミラーボールの演出だってする。けれどそれだけじゃなくて、その曲に合わせて着物に月代姿のオレらがはげしく踊るんだ」
「なるほど……」
ユージさんの言うことは、とてもわかりやすかった。
そもそもロック歌手なら、この舞台に出ること自体がいつもの月城座のお客さんやその歌手のファンからしたら意表を突くものではあるけれど、まさかそこで持ち歌をエレキギターを手にして歌わせてもらえるとまでは思わないだろう。
だって大衆演劇の構成は、舞踊と時代劇というコテコテの和風な演出の流れを経てから、最後のショータイムに入るから。
実際には最後のそのショータイムが、『なんでも有り』なわけだけど。
だからロック歌手がエレキギターをかき鳴らしているまわりで、ちょんまげ姿の劇団員たちが合わせて激しくダンスをするのは有りだし、きっとそれは見に来た人たちすべてにたいして新鮮なおどろきと、そして新たなかっこよさを提供できるっていう。
それって、いわゆる『win-winの関係』だよな?
「さすがですね、雪之丞さんは視野が広い……」
なにをどうしたらお客さんがよろこんでくれるのか、それをかんがえて、そして実践してみせる。
まさに全方向を見とおすことができる、プロデューサーそのものだ。
「そういうこと!そういえばそのときの若様はロック歌手にたいして、めちゃくちゃ芝居の稽古が厳しかったんだよなぁ……でもまぁ、ふだんからファンをわかせるのになれているヤツがショータイムで活躍するのはあたりまえっちゃ、あたりまえなのはわかるだろ。でも、もし芝居パートでハッとするようないい芝居をしたら、お客さんは皆めちゃくちゃビックリするじゃん!」
ユージさんの言葉に、急激に視界が晴れていく。
もちろん得意分野は最大限生かすとして、それ以上の意外性のために苦手分野にこそ厳しい稽古がつけられるというなら、まさに今の僕がぶち当たっているこの壁は、舞台を成功させるためには欠かせない、越えなくてはいけない壁ってことだ。
すべては、観に来てくれたお客さんの『おもしろい』のために。
エンターテイメント業界と呼ばれる芸能界を主戦場とする僕ら役者は、そこに掲げた理念のためなら、なんだってやる。
それくらいの気概を持って、このお仕事をしているんだ。
「まー、あんたと言ったら演技と殺陣には定評があるわけだし、ネットの動画で知った人からすれば、ふつうのポップス系のダンスもできると思われてるわけだろ?ならそれができたくらいじゃ、お客さんはおどろかせられないじゃん」
「う……」
ユージさんの言うことはもっともすぎて、かえす言葉もない。
「なら、そこに足すべき『うちの劇団だからこそ見せられる特別なもの』ってなんだってかんがえたら、そりゃやっぱり若様との女形共演しかないってなるだろ」
「たしかに、そうなりますよね……」
さすがというか、それにはもう納得するしかなかった。
「つってもさ、さっきあんたも自分で言ってたけど、うちのお客さん、若様のあの最高レベルの女形や舞だのとふだんから見なれてて、めっちゃ目が肥えてるんだよなぁ。あの高アベレージ、だれでもキープできるものじゃないのにさ!」
その憤激したくなる気持ちは、よくわかる。
だって相手は『大衆演劇界の貴公子』なんて呼ばれて、さらに幼いころから血のにじむような努力をかさねてきた実力者だ。
ちょっとやそっとの努力じゃ、追いつけるはずがない。
それでも比較的雪之丞さんに近い年齢で、外見のよさなんかも兼ねそなえているユージさんは、二番手の位置で踊ることも多いらしい。
そんなわけで、単独トップの雪之丞さんとくらべられることの大変さをよくわかっているのだろう。
全身からにじむくやしさが、それを物語っていた。
「そういう意味では、ファンだってわかってんだよ───うちの若様が圧倒的なエースなんだってこと。つまりあんたやオレは若様には敵わないだろうって、ヤツのファンからあなどられてんだよ!」
そうやって怒りをにじませられるのは、まだ心が折れていない証拠だ。
「オレだって若様が特別なことくらい、ちゃんとわかってるよ! でもさ、なんかそれ……単純にムカつかねぇ? こっちだってむちゃくちゃ努力してんだよ!!って」
その感情はおぼえがありすぎて、聞いているだけで、口のなかにジワリと苦さが広がっていく。
努力して、努力して、それでもなおまだ敵わない相手。
自分と相手とでは、いったいなにがそんなにちがうのかと問いかけたところで、きっと明確なこたえが出ることはない。
それこそが、本人たちが生まれ持った『華』のちがいなのだから。
───でも、そんなの冗談じゃない!!
だって、その『華』というのは、『いかにして自分をよく見せるかという技術にすぎない』んだってことを、ほかならぬ雪之丞さんから教えられたんだし。
あのとき、あまりにもあたりまえのように出てきたそのセリフに、僕は目からウロコが落ちる気持ちになったものだけど、なんでそのセリフがさらりと出てきたのか、今ならその理由がわかる気がした。
……そうか、雪之丞さんがそうやってはげましたかった相手って、本当はユージさんだったんじゃないか、って。
きっと彼はだれよりも近くで雪之丞さんの『光』を浴びつづけてきて、それでもなお心が折れることなく努力してこられたわけだ。
ならそれは、それだけでもう立派なひとつの才能なんだろうと思う。
そんなユージさんだからこそ、いつかは自分にならび立てるって、きっとだれよりも雪之丞さん自身が信じてるはず。
それで発破をかけるために、『華なんてただの技術にすぎない』んだって、軽々と言ってのけたんだろう。
……あぁ、こういうのっていいよなぁ。
長い時間をかけて築かれたふたりの信頼関係が垣間見えた気がして、僕にはそれがまぶしかった。
「だったらさ、ふたりでお客さんの度肝抜いてやんない? 見に来たヤツが油断してるなら、そこでもしあんたが若様にならび立つことができる舞を見せられたら、めっちゃ意表を突けんだろ!」
いたずらっ子のような笑みをうかべるユージさんに、まとわりついていたはずの弱気の霧が急激に晴れていく。
「よっしゃ、それじゃできるだけオレもサポートするから、ついでに一気にうまくなって若様の度肝も抜いてやろうぜ?!」
「そうですね!」
気がつけばユージさんの持つ明るい空気感にはげまされ、弱気が払われたどころか、絶対に負けられないという闘志までもがわいてきていた。
雪之丞さんのように背中で導く座長も心強いけれど、こうして弱った人の背中をそっと支えて押せるのも心強い。
月城座の未来のエースの気配は、たしかに彼からにじんでいた。
先ほどまでのマジメな顔から一転して、もとの人懐っこい笑顔にもどったユージさんが、八重歯を見せて言う。
「あ、ありがとうございます!あれはまわりの皆さんのおかげもありましたけど……」
「うわ~、その謙虚な反応、すげー新鮮かも!うちの若様なら『ったりめぇよ!』とか言ってふんぞりかえるだけなんで」
「あぁ、それは容易に想像がつきますね……」
でも雪之丞さんには、その自信を裏付けるだけの実力があるし、その実力を身につけるまでに乗り越えてきた過程にも誇りを持っているんだろう。
だから、変に謙遜したりはしない。
そういうところ、本当にかっこいいと思う。
「若様のすげーところはほかにもあってさ、だれよりもきれいに舞うし、殺陣に関しては強いのから美しいのまで演じ分けられるあげく、それだけじゃないってところだよな!」
「というと?」
きらきらと目をかがやかすユージさんが、心の底から雪之丞さんを慕っているのがよくわかる。
「演出家というか、プロデューサーとしての腕もすげーんだ、あの人!」
「うん、それはたしかに……」
たしかにこの月城座で打つ公演は大入りどころか連日チケットが完売し、満員御礼になることも多い。
今ユージさんが言った『演出家』が舞台で演出を手がけるのは言うまでもないけれど、『プロデューサー』はその舞台をどんなものにするかという、そもそもの色を決める役割を担う。
さらにはスポンサーを探してきたり、キャスティングをしたりとその舞台の制作全体にわたって統括するのが主な役目だからこそ、この月城座のチケットの売れ行きや評判を生み出している雪之丞さんの功績は大きいわけだ。
「若様の目には、この世界はどう映ってるんだろうな……? オレにはまだ全然たどりつけない境地すぎて、あの人の背中がすげー遠いんだよ」
ぽつりとつぶやくユージさんは、少しさびしそうにも見えた。
「僕からしたら、さっきのユージさんの扇子さばきだって、雪之丞さん並みに美しくてうらやましかったですけどね。僕はずっと苦戦してるので……」
「あー、さっきの若様厳しかったもんなぁ」
思わずボヤけば、ユージさんに苦笑される。
「だって月城座に来るお客さんて、ふだんからあの雪之丞さんの美しい舞を見なれているわけですよね? そんなお客さん相手に満足してもらえるのかって思ったら、正直なところ胃が痛くなります」
一度弱音を口にしてしまえば、もやもやと心のなかでわだかまっていた思いは明確な形となり、少しだけ気持ちの整理がついてくる。
「そこはさ、若様の期待があるから応えてもらうしかないんだけど、でもあの人そもそも、できない人には絶対に無茶振りなんてしないから」
「………………」
言外に忍ばされた『信頼されている』というユージさんのはげましの言葉が、心にじわりと染みていく。
「よく若様が言ってんだけどさ、オレらの舞台では『お客さんの見てぇモンを見せる』のが基本なんだってさ。でも『それだけじゃつまんねぇから、意表を突くのも大事なんだ』って」
「なる、ほど……?」
いかにも雪之丞さんが言いそうな言葉だけれど、若干話が変わった感は否めない。
ひょっとして、気をつかわせてしまったんだろうか?
「たとえばゲストがロック歌手なら、エレキギターをかき鳴らしつつ歌わせることもある。ブレイクダンスが得意なタレントを呼んだら、それを踊らせることだってある。これがお客さんの見たいものを見せるってことなのはわかるよな?」
「えぇ、そうですね」
ユージさんの言葉に大きくうなずく。
商業演劇の世界なら、当然のように見に来てくれるお客さんの満足度というものをかんがえなくてはいけないことくらい、僕にだってわかる。
かといって期待されたものを見せているだけでは、逆に飽きられてしまうことも。
「そこに、月城座でしか見られないものを足すのが若様のやり方なんだ。だからロック歌手にはギラギラに光る着物を着せるし、ミラーボールの演出だってする。けれどそれだけじゃなくて、その曲に合わせて着物に月代姿のオレらがはげしく踊るんだ」
「なるほど……」
ユージさんの言うことは、とてもわかりやすかった。
そもそもロック歌手なら、この舞台に出ること自体がいつもの月城座のお客さんやその歌手のファンからしたら意表を突くものではあるけれど、まさかそこで持ち歌をエレキギターを手にして歌わせてもらえるとまでは思わないだろう。
だって大衆演劇の構成は、舞踊と時代劇というコテコテの和風な演出の流れを経てから、最後のショータイムに入るから。
実際には最後のそのショータイムが、『なんでも有り』なわけだけど。
だからロック歌手がエレキギターをかき鳴らしているまわりで、ちょんまげ姿の劇団員たちが合わせて激しくダンスをするのは有りだし、きっとそれは見に来た人たちすべてにたいして新鮮なおどろきと、そして新たなかっこよさを提供できるっていう。
それって、いわゆる『win-winの関係』だよな?
「さすがですね、雪之丞さんは視野が広い……」
なにをどうしたらお客さんがよろこんでくれるのか、それをかんがえて、そして実践してみせる。
まさに全方向を見とおすことができる、プロデューサーそのものだ。
「そういうこと!そういえばそのときの若様はロック歌手にたいして、めちゃくちゃ芝居の稽古が厳しかったんだよなぁ……でもまぁ、ふだんからファンをわかせるのになれているヤツがショータイムで活躍するのはあたりまえっちゃ、あたりまえなのはわかるだろ。でも、もし芝居パートでハッとするようないい芝居をしたら、お客さんは皆めちゃくちゃビックリするじゃん!」
ユージさんの言葉に、急激に視界が晴れていく。
もちろん得意分野は最大限生かすとして、それ以上の意外性のために苦手分野にこそ厳しい稽古がつけられるというなら、まさに今の僕がぶち当たっているこの壁は、舞台を成功させるためには欠かせない、越えなくてはいけない壁ってことだ。
すべては、観に来てくれたお客さんの『おもしろい』のために。
エンターテイメント業界と呼ばれる芸能界を主戦場とする僕ら役者は、そこに掲げた理念のためなら、なんだってやる。
それくらいの気概を持って、このお仕事をしているんだ。
「まー、あんたと言ったら演技と殺陣には定評があるわけだし、ネットの動画で知った人からすれば、ふつうのポップス系のダンスもできると思われてるわけだろ?ならそれができたくらいじゃ、お客さんはおどろかせられないじゃん」
「う……」
ユージさんの言うことはもっともすぎて、かえす言葉もない。
「なら、そこに足すべき『うちの劇団だからこそ見せられる特別なもの』ってなんだってかんがえたら、そりゃやっぱり若様との女形共演しかないってなるだろ」
「たしかに、そうなりますよね……」
さすがというか、それにはもう納得するしかなかった。
「つってもさ、さっきあんたも自分で言ってたけど、うちのお客さん、若様のあの最高レベルの女形や舞だのとふだんから見なれてて、めっちゃ目が肥えてるんだよなぁ。あの高アベレージ、だれでもキープできるものじゃないのにさ!」
その憤激したくなる気持ちは、よくわかる。
だって相手は『大衆演劇界の貴公子』なんて呼ばれて、さらに幼いころから血のにじむような努力をかさねてきた実力者だ。
ちょっとやそっとの努力じゃ、追いつけるはずがない。
それでも比較的雪之丞さんに近い年齢で、外見のよさなんかも兼ねそなえているユージさんは、二番手の位置で踊ることも多いらしい。
そんなわけで、単独トップの雪之丞さんとくらべられることの大変さをよくわかっているのだろう。
全身からにじむくやしさが、それを物語っていた。
「そういう意味では、ファンだってわかってんだよ───うちの若様が圧倒的なエースなんだってこと。つまりあんたやオレは若様には敵わないだろうって、ヤツのファンからあなどられてんだよ!」
そうやって怒りをにじませられるのは、まだ心が折れていない証拠だ。
「オレだって若様が特別なことくらい、ちゃんとわかってるよ! でもさ、なんかそれ……単純にムカつかねぇ? こっちだってむちゃくちゃ努力してんだよ!!って」
その感情はおぼえがありすぎて、聞いているだけで、口のなかにジワリと苦さが広がっていく。
努力して、努力して、それでもなおまだ敵わない相手。
自分と相手とでは、いったいなにがそんなにちがうのかと問いかけたところで、きっと明確なこたえが出ることはない。
それこそが、本人たちが生まれ持った『華』のちがいなのだから。
───でも、そんなの冗談じゃない!!
だって、その『華』というのは、『いかにして自分をよく見せるかという技術にすぎない』んだってことを、ほかならぬ雪之丞さんから教えられたんだし。
あのとき、あまりにもあたりまえのように出てきたそのセリフに、僕は目からウロコが落ちる気持ちになったものだけど、なんでそのセリフがさらりと出てきたのか、今ならその理由がわかる気がした。
……そうか、雪之丞さんがそうやってはげましたかった相手って、本当はユージさんだったんじゃないか、って。
きっと彼はだれよりも近くで雪之丞さんの『光』を浴びつづけてきて、それでもなお心が折れることなく努力してこられたわけだ。
ならそれは、それだけでもう立派なひとつの才能なんだろうと思う。
そんなユージさんだからこそ、いつかは自分にならび立てるって、きっとだれよりも雪之丞さん自身が信じてるはず。
それで発破をかけるために、『華なんてただの技術にすぎない』んだって、軽々と言ってのけたんだろう。
……あぁ、こういうのっていいよなぁ。
長い時間をかけて築かれたふたりの信頼関係が垣間見えた気がして、僕にはそれがまぶしかった。
「だったらさ、ふたりでお客さんの度肝抜いてやんない? 見に来たヤツが油断してるなら、そこでもしあんたが若様にならび立つことができる舞を見せられたら、めっちゃ意表を突けんだろ!」
いたずらっ子のような笑みをうかべるユージさんに、まとわりついていたはずの弱気の霧が急激に晴れていく。
「よっしゃ、それじゃできるだけオレもサポートするから、ついでに一気にうまくなって若様の度肝も抜いてやろうぜ?!」
「そうですね!」
気がつけばユージさんの持つ明るい空気感にはげまされ、弱気が払われたどころか、絶対に負けられないという闘志までもがわいてきていた。
雪之丞さんのように背中で導く座長も心強いけれど、こうして弱った人の背中をそっと支えて押せるのも心強い。
月城座の未来のエースの気配は、たしかに彼からにじんでいた。
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