67 / 103
贖罪編
ナント文化ホール
しおりを挟むマイクロバスに揺られること約一時間、俺たち鬼無里校の霊官は市内にある大型施設に到着した。
「ここって、ナント文化ホール?」
県民文化会館、通称ナント文化ホール。
敷地内に県立図書館を有する市内最大級の大型公園に併設して建てられた施設で、地上三階地下一階の各所にコンサートホールや舞台などがある。歌手のコンサートや有名人の講演会、テレビの地方局のイベントなんかも行われる施設だ。
数年前までは公園や図書館同様に県営の施設だったが、県内に本社を構える大手食品メーカーが運営を行うようになってから『ナント文化ホール』の愛称で呼ばれるようになった。
「ええ、ここで説明会が行われるわ」
「マジかよ……」
まさかこんな有名な場所に霊官が集まるとは思わなかったな。
バスの停留所から正面入口に向かって歩いてみるが、ガラスドアには『本日は閉館しました』という立て看板が置いてあり、ドアを開けようとしても鍵がかかっているようで開かない。
「そっちじゃないわよバカ大地。そんな堂々と入れる訳ないでしょ」
マシュマロに車椅子を押されながら俺を罵倒し、諏訪先輩は薄暗い建物の裏口を指差した。
「こっちよ。みんな、付いてきて」
先輩に促され、俺たちは裏口からナント文化ホールの中に入っていった。
当然俺は裏口から入るのは初めてで、彫刻や生花が飾られている華やかな入口側のエントランスとは違う無機質な廊下を興味深く観察してしまう。
「裏口なんて初めて入ったな……」
「俺もだ。なんか殺風景だよな」
隣を歩くトシとそんな会話をしていると、諏訪先輩を先頭にした一団は扉の開け放たれた会議室のような部屋に続々と入っていった。
前の人に倣い入室すると、部屋の中には長方形の机とパイプ椅子がいくつも並んでおり、既に何人もの霊官と思しき人たちが椅子に座っていた。
部屋の奥にはホワイトボードが置かれ、その前には説明会の主催側、事件の概要を説明する側の人たちのための机と椅子が、他の椅子と向き合う形で並んでいる。
ある者は腕を組んで部屋の奥に置かれたホワイトボードを注視しており、またある者は同僚の霊官同士で何かを話している。
「ん? あれって……」
そんな人たちの中、ホワイトボードの前の主催側の椅子に見知った顔を見つけ、俺は動きを止める。
主催側の席で何やら大人の霊官と顔を付き合わせて資料に目を通しているのは、制服ではなく黒いスーツを着ているが、その顔はよく知っている女顔、烏丸先輩だ。
「諏訪先輩、あれって烏丸先輩っすよね?」
近くにいた諏訪先輩とマシュマロにそう問いかけると、二人はコクリと頷いた。
「叶は卒業と同時に中部支部の幹部に就任することが決まっているから、最近は学校より霊官として仕事してる時間の方が長いのよ。あそこに座っている説明側っていうのは、つまり幹部の人たちよ」
「か、幹部?」
以前ネコメに簡単な説明を受けたが、霊官の支部の幹部ってのは結構な大物だったはずだ。
烏丸先輩が荒事に強いのは身をもって知っていたが、そんなにすごい人だったとは。道理で最近見ないと思った。
「叶の他にも、三年生の霊官となるとそれなりに大きな事件を抱えている人も多いわ。だから今回はあまり人数を集められなかったけどね」
それでバスの中の霊官には二年生が多かったのか。
それに烏丸先輩の他にも、主催側の席に座っている幹部の人たちは、何というか雰囲気が違った。
見た目はスーツ姿の普通のサラリーマンっぽいのだが、その身に宿している異能の質が違うように感じる。
さらに主催側の席以外にも、似たような雰囲気を纏っている人がチラホラいるな。
藤宮の事件に、大木の一件。俺もそれなりに場数を踏んだつもりでいたが、本物のプロ霊官っていうのはやはり一筋縄ではいかない感じだ。
そんなことを考えながら、俺もパイプ椅子に腰掛ける。
長机同士はほぼ隙間なくくっつけられており、中の方の席に座ると映画館の座席のように身動きが取りづらい。
霊官としては新米の俺としては顔見知りがいると気が楽なので、まず車椅子を置ける通路側に諏訪先輩とマシュマロ、その隣にネコメ、俺、トシの順番で座る。リルの入ったケージは椅子の下だ。
チラリと周囲を伺うと、他の生徒たちも思い思いの席に座っている。
こうして見ると主催側と思われる人たちがスーツ、異能専科の生徒が制服、それ以外の霊官は自由な格好をしており、所属が分かりやすい。
「お隣いいかしら?」
「はえ?」
ぼんやりと座っていると、隣のトシが素っ頓狂な声を上げた。
何事かと思って見てみると、トシの隣の椅子には見覚えのある、かなり特徴的な人が座っていた。
スキンヘッドに、顔には蝶を象った刺青。服装はピッチピチの黒いタンクトップにダメージジーンズ。ぶ厚い唇には不気味な色の口紅を施し、どこかの部族かと見間違うほど濃いアイシャドウを塗った男。というか、オネエ。
「う……上原さん、だっけ?」
上原スネイク。確かそう名乗っていた。偽名らしいけど。
「そうよ。また会ったわね、ウェアウルフちゃん♡」
バチン、とウインクをかましてくれたこの人は、以前の大木の事件の際に知り合ったプロの霊官の一人だ。
そのさらに隣にはツンツンの金髪に白いスーツ姿のホストの様な風貌の男性、確か梶木さんの姿も見える。こっちは俺たちに大して興味なさそうにホワイトボードの方を見ているな。
「あら。あなたこの間異能混じりになったばかりなのに、もう霊官になったの?」
「あ、いや、なりたいと、思いまして、はい……」
上原さんに話しかけられ、トシは若干戸惑いながらも言葉を返す。
そんなトシを見て上原さんはアイシャドウの施された目を弓なりにし、「そうなの」と笑った。
そして二人のやり取りを聞いて、隣に座っている梶木さんが露骨に舌打ちをした。
「……ガキの遊び場じゃねえんだぞ。『なりたいと思った』でやれるほど、甘い仕事だと思うなよ」
目線だけをこちらに向け、侮蔑するように言う。
柔和な上原さんとは対照的に、梶木さんはトシがこの場にいることを快く思っていないらしい。いや、その視線からして、俺のこともかな。
「ちょっと、やめなさいよ梶木。若い子がやる気出してるんだから、大人は応援しなくちゃ」
「ヘビ姐は甘いんだよ。現場を知らねえガキなんか連れ込んで死なせるのが、大人のやることか?」
こちらをまとめて見下す様な物言いに、トシはテーブルに肘を付いて言葉を返す。
「アンタも言うほど大人には見えないっすよ? 大体異能に歳とかカンケーあるんすか?」
「なんだと?」
梶木さんの態度に、トシはどうやら苛立っているらしい。
どちらかというと、トシは元来負けず嫌いな性格だ。
ゲームなんかの遊びならともかく、本気でやっていたバスケでは負けるととことん悔しがる。
そして俺も、ガキだと小馬鹿にされて落ち着いていられるほどには、確かに大人ではない。
「悟志、大地、あんた達モメるんじゃないわよ」
俺たちの会話から不穏な空気を感じ取ったのか、諏訪先輩が割って入ってきた。
「梶木さんも、あんまりうちの後輩をいじめないでくださいね。これでも結構可愛がってるんですから」
どこがだよ。アンタ昨日俺たちのこと金属の棒でボッコボコにしたじゃねえか。
「諏訪の巫女様のお気に入りって訳ね。せいぜいあのバカたちみたいにならないことを祈るんだな」
梶木さんはそう吐き捨て、再びホワイトボードの方に視線を戻した。
「……あのバカたちって?」
比較的俺たちに友好的っぽい上原さんにそう尋ねると、彼(彼女?)は「ああ、聞いてないのね……」と呟き、その顔に僅かな陰りを見せた。
なんと言えばいいのか、といった感じで言葉を詰まらせる上原さんに代わり、横から諏訪先輩が言葉を挟む。
「……さっきバスで、亡くなった人がいるって言ったでしょ?」
「あ、ああ……」
事件の関係者が遺体で見つかった。確かに諏訪先輩はバスの中でそう言った。
「関係者っていうのは、大木トシノリよ」
「な⁉」
「え⁉」
トシとネコメが同時に驚愕の声を漏らす。
俺はといえば、どこかでそんな予感がしていたのか、思った以上に冷静だった。
大木は、誰かによって意図的に異能混じりにされた可能性があった。
それは諏訪先輩に聞かされていた話だったし、その時に大木が行方不明だということも聞かされた。
大木の件に藤宮が関わっているのだとすれば、大木から何かしらの情報が出る前に口封じをしようとするのは自然なことだ。
「……やっぱり、そうだったのか」
しかし、理屈は分かっても、人の死なんてものをすんなり受け入れられはしない。
大木は俺にとって特に友好的だった訳ではないし、むしろ何度も対立してきた敵だった。
だからといって、死んだと聞かされて手を叩いて喜べるほど俺も人の道理を外れてはいない。
顔見知りの人の死というのは、なるほど、ここまで不快なものだったのか。
「……上原さん、梶木さんは『バカたち』って言ったよな?」
バカたち、つまり、複数形。
自分の異能で暴走した大木に、梶木さんが俺たちを例えるとは思えない。
そして、大木の身柄を輸送していた霊官が二人、一緒に行方不明になっていたはずだ。
「……遺体は見つかっていないけど、まあ、生きてはいないでしょうね」
「……ッ‼」
諦めるような上原さんの言葉に、俺は歯噛みした。
眼帯のおっさんと、刺青の兄さん。確か、飯島さんと古川さん。
あの二人は、恐らくもう……。
消沈する俺たちの間に流れる、気まずい沈黙。
その静寂を打ち破るように、室内にキーンと異音が響いた。
「……始まるわよ」
諏訪先輩の言葉に視線を向けると、幹部席の中心でマイクを握った人が立ち上がった。どうやら先ほどの異音はマイクのハウリングだったようだ。
「……アルトさん」
ネコメの呟き通り、その人物は中部支部の支部長、ネコメの名付け親にして保護者の、柳沢アルトさんだ。
霊官中部支部の緊急集会が、幕を開けた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)
MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
アラフォーおっさんの週末ダンジョン探検記
ぽっちゃりおっさん
ファンタジー
ある日、全世界の至る所にダンジョンと呼ばれる異空間が出現した。
そこには人外異形の生命体【魔物】が存在していた。
【魔物】を倒すと魔石を落とす。
魔石には膨大なエネルギーが秘められており、第五次産業革命が起こるほどの衝撃であった。
世は埋蔵金ならぬ、魔石を求めて日々各地のダンジョンを開発していった。
神様、ちょっとチートがすぎませんか?
ななくさ ゆう
ファンタジー
【大きすぎるチートは呪いと紙一重だよっ!】
未熟な神さまの手違いで『常人の“200倍”』の力と魔力を持って産まれてしまった少年パド。
本当は『常人の“2倍”』くらいの力と魔力をもらって転生したはずなのにっ!!
おかげで、産まれたその日に家を壊しかけるわ、謎の『闇』が襲いかかってくるわ、教会に命を狙われるわ、王女様に勇者候補としてスカウトされるわ、もう大変!!
僕は『家族と楽しく平和に暮らせる普通の幸せ』を望んだだけなのに、どうしてこうなるの!?
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
――前世で大人になれなかった少年は、新たな世界で幸せを求める。
しかし、『幸せになりたい』という夢をかなえるの難しさを、彼はまだ知らない。
自分自身の幸せを追い求める少年は、やがて世界に幸せをもたらす『勇者』となる――
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
本文中&表紙のイラストはへるにゃー様よりご提供戴いたものです(掲載許可済)。
へるにゃー様のHP:http://syakewokuwaeta.bake-neko.net/
---------------
※カクヨムとなろうにも投稿しています
幻獣保護センター廃棄処理係の私、ボロ雑巾のような「ゴミ幻獣」をこっそり洗ってモフっていたら、実は世界を喰らう「終焉の獣」だった件について
いぬがみとうま🐾
ファンタジー
「魔力なしの穀潰し」――そう蔑まれ、幻獣保護センターの地下で廃棄幻獣の掃除に明け暮れる少女・ミヤコ。
実のところ、その施設は「価値のない命」を無慈悲に殺処分する地獄だった。
ある日、ミヤコの前に運ばれてきたのは、泥と油にまみれた「ボロ雑巾」のような正体不明の幻獣。
誰の目にもゴミとしか映らないその塊を、ミヤコは放っておけなかった。
「こんなに汚れたままなんて、かわいそう」
彼女が生活魔法を込めたブラシで丹念に汚れを落とした瞬間、世界を縛る最凶の封印が汚れと一緒に「流されてしまう。
現れたのは、月光を纏ったような美しい銀狼。
それは世界を喰らうと恐れられる伝説の災厄級幻獣『フェンリル・ヴォイド』だった……。
家の庭にダンジョンができたので、会社辞めました。
希羽
ファンタジー
都内のブラックIT企業で働く社畜・佐藤健太(27歳)。
手取り18万、残業100時間。唯一の資産は、亡き祖母から相続した郊外のボロ戸建てだけ。
「このまま死ぬのかな……」
そう絶望していたある夜、庭の物置の裏に謎の穴が出現する。
そこは、なぜか最弱モンスターしか出ないのに、ドロップアイテムだけは最高ランクという、奇跡のボーナスダンジョンだった。
試しにスライムを叩いたら、出てきた宝石の査定額はなんと――【1,000,000円】。
「……え、これ一個で、俺の年収の3分の1?」
スマホアプリで即換金、ドローン配送で手間いらず。
たった10分の庭仕事で5000万円を稼ぎ出した健太は、翌朝、上司に辞表を叩きつけることを決意する。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる