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贖罪編
緊急招集
しおりを挟む東雲が復学した日の放課後、俺とトシ、そしてネコメは生徒会室に呼び出された。
室内には深刻な顔つきの諏訪先輩とマシュマロいて、烏丸先輩の姿は見えない。そういえばあの人最近見ないな。
「あの会長、どういったご用件でしょうか?」
先行して口を開いたネコメは、少し不安そうな様子だ。
というのも、このメンバーを呼び出すように連絡を受けたのは俺なのだが、その際に「八雲には絶対に知らせないで」と念を押されているのだ。
当の東雲は想像以上の精神的負荷に晒され、昼休みを前に姿を消してしまった。
ネコメが確認したところどうやら寮に戻っているらしく、担任には早退として伝えてある。
「……八雲には、なんて伝えたの?」
「伝えていません。八雲ちゃんは、寮の部屋で寝ています。その……久しぶりの学校で疲れてしまったみたいで……」
ただの疲れではないことはネコメも分かっているはずだが、東雲のことを慮ったのか、言葉を濁した。
「そう。まあ好都合ね」
諏訪先輩もなんとなく察しつつ、それ以上東雲については言及せずに目を伏せた。
「……大地、悟志、突然だけど、今この瞬間をもってアンタたちの護衛の任を解くわ」
「え?」
「は⁉」
顔を上げた諏訪先輩は、唐突にそんなことを言い放った。
ネコメは「護衛?」と首を傾げているが、先輩は構わず続ける。
「三人とも、すぐに支度をして。二十分後に学校を出るわ」
「ちょっと待てよ! 支度って、何をするんだ? どっか行くのか? つーか護衛のこと口走っていいのかよ⁉」
訳が分からず先輩に詰め寄ると、眼前の空間で何かが弾けた。
風船が破裂するような音と、顔に感じる衝撃。
ねこだましを食らったように、俺はビクリと体を硬直させる。
「悪いけど、説明している時間は無いの。いった通りにして。校門の前にマイクロバスを待たせてあるわ」
早口でそう言う先輩は、人差し指を立てていた。
(先輩の、異能か?)
どうやら今の衝撃は先輩が異能術を使ったようだが、そういえば俺は先輩が異能を使うところをハッキリと見たことがない。俺を痛めつけるときは基本的に物理攻撃をする人だ。
そんな人が異能を使ってまで話を進めたがるとは、本当に何があったというのだ?
「さあ、行って。詳しい説明はバスの中でするわ」
パン、と手を叩き、先輩は俺たちを生徒会室から追い出した。
言われるがままに外に出るが、どうも嫌な予感が拭えない。
「とにかく、言われた通りにしましょう。マイクロバスを使うということは、結構な人数で動くはずです。待たせてはいけません」
護衛という与り知らない話が気になってはいるのだろうが、真面目なネコメは率先してエレベーターを操作して俺たちを先導する。
「結構な人数って、学校の霊官の人たちがってことか?」
「おそらく、そうなると思います……」
不安そうに表情を曇らせるネコメに、俺も嫌な予感がしてきた。
あの諏訪先輩がここまで慌て、大人数の霊官を動かすほどの事態。
一体何が起きているというのだ?
「……例の逃走してる奴が見つかったのかもな」
エレベーターに乗り込みながらとんでもないことを口走るトシに、俺は目を見開く。
「バカ、お前⁉」
「護衛は解かれたんだから、もう隠す必要ないだろ?」
「そりゃそうかも知れねえけど……‼」
戸惑いながら視線を向けると、ネコメは眉をひそめながらも首を横に振った。
「バスの中で全て話してもらいます。今はとりあえず支度をしましょう」
「……分かった」
ネコメの言葉に頷き、俺たちは早足で一階に到着したエレベーターを降りる。
そのまま雨の降り続ける屋外に出て、寮に向かって走る。
「準備が出来次第合流しましょう」
「ああ」
男子寮と女子寮を分ける一階で落ち合う約束をし、俺たちはそれぞれ自室に向かった。
「リル、おい起きろ!」
階段を駆け上がりながら腕の中で眠るリルを揺さぶる。
『……んにゅ?』
一瞬目を開けたリルだったが、すぐにまた目を閉じてしまう。
「もう寝かしとけよ」
「……ああ、そうする」
どうにも最近のリルの様子は異常だ。
食うか寝るかの繰り返しで、以前はしきりにせがんできたボール遊びもしようとしない。
まさか病気ではないかと心配になるが、とりあえず病院に連れて行くのはこの訳の分からない事件が終わってからだ。
部屋に駆け込んだ俺たちは、支度といっても何を持っていけばいいのか見当もつかなかったので、とりあえず財布とケータイをポケットに詰め込む。
そして生徒手帳と、俺は念のために霊官手帳と異能具入りのホルスターも装備して部屋を出る。
寮の入り口でネコメと合流し、雨の降りしきる道を校門に向けて走る。
校門の外には先輩の言葉通りマイクロバスがエンジンをかけたまま停車しており、中にはすでにかなりの人数が乗り込んでいる様子だ。
「すいません、お待たせしました」
会釈しながらネコメがバスのステップを登り、俺とトシもそれに続く。
「いいえ、こっちこそごめんなさい。急な招集で」
運転席の近くには後ろ向きで車椅子を座席に固定した諏訪先輩がいて、固定された席にはマシュマロが座っている。
そしてその他の座席には、合計で三十人ほどの生徒が座っていた。
男女比はほぼ半々で、ネクタイやリボンの色から学年もバラバラだと分かる。比較的二年生が多いようだ。
そしてその全員から、只者でない気配を感じる。
俺のホルスターのような装備をしている人もチラホラ見受けられるし、おそらくネコメの想像通り、全員が霊官なのだろう。
「三人とも、適当に座って。もう出発するわ」
「あ、はい」
諏訪先輩に促され、俺たちは空いていた席に座った。
(……なんだろうな)
気のせいでなければ、先に座っていた霊官の生徒たちから注目されているように感じる。
遅かったことを咎めるような雰囲気ではないが、何というかこう、好奇の視線に晒されているような感じだ。
俺たちが着席したのを確認すると、諏訪先輩は振り返って「出発してください」と運転手に告げる。
ゆっくりと発進したバスに揺られながら、俺たちは学校を後にした。
「さてと、急に呼び出してしまってごめんなさい」
バスが発進してすぐに、諏訪先輩が備え付けのマイクを手にとって車内中に向けて話し始めた。どこに向かっているのか知らないが、道中カラオケでもして楽しもうって感じじゃないことはその表情から何となく分かる。
「今回の招集は、霊官中部支部からの要請。学校内の全員とはいかなかったけれど、任務中の生徒や学校の最低限の護衛を除いた三十四名の霊官に集まってもらったわ」
(中部支部から……)
先輩の言葉に、車内の雰囲気がピリッと張り詰めるのを感じた。
俺たちの在籍する異能専科鬼無里校の上、霊官中部支部。
俺たち同様に自分たちが集められた理由を知らされていなかったのか、生徒たちの表情にはどこか余裕がない。
「先月我が校で起こった事件に関しては、みんなも知っていると思う。その事件の黒幕であり、我が校の養護教諭でもあった藤宮が、刑務所を脱獄したわ」
どうやらこの情報は他の霊官の生徒たちにも伏せられていたらしく、先輩がそう言うと車内は一気に騒然とした。
皆が口々に驚愕の声を漏らす中、チラリと横を見るとこちらを向いていたネコメと目が合った。
「……大地君は、知っていたんですね?」
俺の様子からそう予測したネコメが、確認を取るように小声で呟いた。
「……ああ」
「護衛というのは、何の話ですか?」
ネコメの問いに答えていいのか、俺はしばらく考えた。
護衛対象はネコメで、ネコメは藤宮の狙い。つまりはエサとして泳がされる予定だった。
そんな作戦、本人が聞いたら一体どう思うだろうか。
「ネコメちゃんを藤宮に狙わせる予定だったんだよ。俺たち三人はその護衛だったんだ」
通路を挟んだ席からトシが言葉を挟んだ。
「トシ、お前何でもかんでも喋るんじゃ……‼」
「ダチに大事な話を秘密にされる方がしんどいもんなんだよ。お前はまだ分かんねえのか⁉」
自分の話と重ね合わせたのか、トシは声を荒げた。
「……バカ野郎」
沈黙は金、雄弁は銀。話すことで相手に余計な心労を与えることだってあるんだ。
「……三人ということは、もしかして」
「ああ、ネコメの護衛は俺とトシ、それと東雲だ」
俺の返答に得心がいったように、ネコメは額に手の甲を当てて座席の背もたれに体を預けた。
自分の与り知らないところで、友人の東雲が自分を守るために親のしがらみと向き合っていた。その事実は、ネコメにとってショックなことだろう。
「それで……。八雲ちゃんは、あんなに……」
「……すまん、口止めされてたんだ」
俺はショックを受けるネコメに、そんな言い訳じみたことしか言えなかった。
「悟志君は、どうして? あの事件には無関係なはずですよね?」
「……異能で大地から聞き出したんだ。その、東雲さんのことも」
懺悔するように呟いたトシの言葉を、ネコメは黙って聞いていた。本当は異能の乱用について説教の一つでもしたいのかもしれないが、口を開きかけたところで諏訪先輩が再びマイクに向かって喋り始めた。
「中部支部からの要請は、事件の進捗に関しての説明会。重大事件ということで、中部支部所属の動ける霊官は全員召集されて説明を受けるわ。主な内容として……」
そして、次の言葉で車内は一気に静まり返る。
「ついさっき、事件の関係者と思われる人物が、遺体で発見されたらしいわ」
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