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3章
34 こぼれおちた過去
しおりを挟むレインの言葉に場には張り詰めた空気が流れる。
そうだ、レインはずっとお父様の死にアナベル様の関与を疑っていた。ギリングス家との癒着からそう考えるのもおかしくない。
「まだセレンには詳細を話していなかったけれど、父――バーナードは事故で亡くなったんだ」
そしてレインは事故について詳しく教えてくれた。
バーナードは補佐官のジェイデンと他領との交渉に出かけていた。帰りの峠道で、馬車が突然止まった。
車輪が不自然な動きをしていて危険だ、と従者が言いその場で確認を始めたそうだ。
バーナードは馬車に乗ったまま、ジェイデンと従者で確認をしてみると車輪に少しヒビが入っていた。
すぐには直せそうになく、どこかで馬車を調達するかなどを相談していると突然馬が走り出した。
二人が反応する間もなく猛スピードで、馬とバーナードを乗せた馬車は道を乗り越えて底に落ちて行った。というのが、ジェイデンと従者の報告だった。
「不幸な事故だった。でもアナベルにとって都合がいい死だった。
以前も言った通り、父は早くセオドアに引き継ぎたがっていたし、その頃には領地の女性に次々と手を出していた。そのことをアナベルはかなり気にしていたからね」
「バーナード様はまだ四十代でしたし、男の世継ぎを諦めてはいないようでしたから」
セオドア様の言葉に、アナベル様が何を脅威に感じていたかはすぐわかった。やはり彼女は世継ぎに対して執着しているのかもしれない。
「そして、その時の従者が消えたんだ」
「アナベル様は従者は事故を気に病んで地元に帰ったと言っていましたがね」
「従者の仕込んだ事故というのは考えられる。彼は雇い入れて数ヶ月でリスター領の馴染みの者でもなかった。……でも証拠がなかったんだ、手掛かりもなく」
「私たちでも調べてみました。回収された馬には薬物反応もありませんでしたし、馬車はバラバラになっていて痕跡は見つけられません。不幸な事故と言われればそれまでのものだったんです」
レインはずっと俯いて考え込んでいた顔を上げた。
「ギリングスを深堀りしてみよう。二年前の事件を最近になって脅し始めたとはあまり思えない。二年前から繋がりがあって、大胆な要求に変わってきている気がする」
「そうなると今までギリングス領と全く取引がなかったのも怪しいですね」
「アメリアの婚約者とされている者や、ギリングス領にある犯罪組織も調べてみようか」
新しい糸口が見つかった。しかし人の死が関わっていることで話が物騒になってきている。気を引き締めないといけない。私以外も同じことを思ったようで皆緊張した面持ちでその場は解散になった。
・・
ふう、一息をつく。
一仕事なんとか終えた。私はアナベル様の部屋からそっと出た。
忍び込んだわけではない、アナベル様に呼び出されていたのだ。レインのアレルギー……彼女にとっては呪いを防ぐ魔法具について聞かせて欲しいと部屋に招かれたのだ。
先日のハンカチの実物を見せながら、次はドレスを試作してみると語った。彼女はそれにはあまり興味がないようで、布越しに触っても意味がないのだけどね、と言った。彼女が期待しているのはその先のことなのだ。
「根本的な呪いは解けないのかしら?」
呪いをかけた張本人がそう微笑むから、怒りを顔に出さないようにするのに必死になった。
根本的な呪い――それは精神的なものだ。元凶のアナベル様に解けるはずがない。
でも彼女は自分が異性から拒絶されるとは夢にも思っておらず、レインが自分を受け付けないのは呪いのせいだと本気で信じているらしい。馬鹿馬鹿しい。怒りで手が震える感覚は初めてだった。
彼女はレインを傷つけたことすら気づいていないのだから。
腹立たしいだけの時間だったが、意味はあった。
部屋に招かれるのは好都合でしかない。私は彼女の部屋に置かれている調度品の中にこっそり卵を忍ばせることには成功した。
アナベル様の部屋に重要書類があるかもしれない。場所をしめす手がかりが。そして、ギリングス領との繋がりの手がかりが。何か掴めるかもしれない。
「根本的な呪いは解けないのかしら?」
アナベル様をこの館から追放することができたなら。レインの前に二度と現れないのなら。
レインの胸に残るしこりが少しでも減らせるかもしれない。絶対にアナベル様の黒い部分を明らかにする、と改めて決意したのだった。
・・
久しぶりだ。王都にある私たちの家のような穏やかな夜にいるのは。
今夜はセオドア様たちとの作戦会議もないし、確実に動きが予想される卵もないからそれぞれ手分けして卵を聞くことにしたのだ。
セオドア様は工業組合長の卵を担当してくれている。先日のギリングス領の見積の件についての話やアナベル様の訪問を期待している。
カーティスやセオドア様の部下は、他の組織の卵を引き続きお願いしている。動きは今のところないし、ギリングス領とのつながりは薄そうだが何か別の動きがあるかもしれない。
私とレインは新しく仕掛けたアナベル様の卵の担当だ。
今日から加わった卵だけど、レインはあまり期待できないかもと言った。有力者との逢瀬はこの館では決してしないそうだし、この時代には電話はないからギリングス家との会話が聞こえることは望めないだろう。彼女自身の部下に指示を出しているところなんかを拾うことができたらいいのだけど。
聞こえてくるかわからない声を待つだけなので、私たちは少しだけ休息を取ることにした。
「すごい量だね」
「せっかくだからいくつか借りてきたの」
先日レインのお父様の書斎や書庫で気になったものをどっさり借りてきたのだ。ようやく読める。
「そういうレインも」
「父はあまり魔法書には興味ないと思っていたんだけどね。案外持っていたみたいだ」
本を数冊手に取り、一人がけのソファに座ると「セレン」とレインの声がした。
「今日はここで読まない?」
数名腰掛けられるソファに座ったレインに手招きされる。断る理由もないので隣に座ると、嬉しそうな笑顔が落ちてくる。そして少し距離を縮めると、私の肩とレインの肩がぶつかる。
そのままお互い離れることなく寄り添って時間を過ごした。
抱きしめることはクリアしてるから、こうして肩が触れ合うくらい大丈夫なはずだ、と小さくいいわけをして。
右肩がほんのりあたたかい。なんとなく気持ちが落ち着かないけれど、嬉しい。
王都の私たちの家のような静かな夜だ。レインの本をめくる音が好きだ。ジージー……という卵の音さえ、ちょうどいいBGMに思えてくる。
「あら」
二冊目を読もうと思ったが、これは……。
「日記帳?」
赤い表紙の手帳は、魔法史の論文にまぎれていたから論文関係だと思っていた。
日付と手書きの文字が書かれたそれは、小説でも魔法書でも論文でもなさそうだ。
『◯月◯日 家庭教師のアンは今日も厳しい。経営の勉強は私には難しい。』
「誰かの日記かしら?」
「どうしたの?」
最初のページを見て首をひねる私に、レインは自分の書籍から顔をあげて私が手に持っているものを覗き込んだ。
「これ誰かの日記だわ。若い女性?」
「まさか……アナベルの?」
「いえ、家庭教師がいるようだから貴族かしら。アメリア様のものかしら」
すると日記からひらりと一枚の紙が出てくる。拾ってみると絵だ。先日も本から出てきたことを思い出し、見てみるとやはりレインのお母様が描かれている。
「お母様を描いたものが、また見つかったわね」
私がレインに絵を見せるが、レインは見た後に少しだけ険しい顔になった。私ももう一度見てみると、先日の絵と同様に男女が描かれていて、それはレインのお母様で――
「あれ?……これはお父様ではないわね、お母様とどなたかしら」
先日見たお母様よりもずっとお若い。まだ少女のあどけなさが残るっている。そして隣に並んでいる男性は銀髪ではない。
ダークブルーの髪色にアイスブルーの瞳。絵の中の青年は……
「ジェイデンだ」
ぽそりとレインがつぶやいた。今よりずっと若いけれど言われてみると髪と瞳の色が同じで、面影がある。
絵の中の二人は親密そうに寄り添っている。どういうことだろうか。
「そういえば……ジェイデンは母の領地から連れてきた人材だとは聞いていた」
考え込むようにレインは言った。
「母はリスター領の隣の領地で――ああ、今はもう吸収してリスター領の一部になったんだけど、元々男爵家の令嬢だったんだ」
レインの声は少し震えている。なぜだろう、レインのお母様と微笑む青年がジェイデン様だと気づいてから不安がお腹をまとわりつく。
レインも同じ気持ちなのかもしれない。絵をじっと見たまま動けないでいるのだから。
ジージー……と規則的な音を立てていた卵からガタガタッという音がした。
私たちは絵から卵に目を向ける。なぜか、とてつもなく嫌な予感がする。私たちは言葉を発さずに卵に意識を集中させた。
「入って」
ジージー……アナベル様の甘い声が聞こえる。
「失礼します」
音にまぎれて男性の声が聞こえる。
「遅くなってごめんなさいね。ちょっとでかけていたものだから」
そしてもう一度女の声が聞こえて、彼女は名前を呼んだ。
「ジェイデン、あなたは何か飲む?」
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