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3章
33 黒い関わり
しおりを挟むアプリコット鉱石の件について結論づいたことがあり、私たちはセオドア様も含めて改めて工業組合長の元を訪れていた。私たちは豪華な調度品の並ぶ応接間に今日も案内された。先日プレゼントしたガラス細工も並んでいることをこっそり確認する。
「アプリコット鉱石の件ですが……」
レインは早速本題に入る。組合長もそのことについて聞かれることは想定内だったようで「ええ、新作の件ですね」と冷静に返している。
「なぜギリングス領との取引を希望されたのでしょうか?」
「工場から要望があったからですよ、以前より消費量が増えるので輸入量を増やしてほしいと」
「アプリコット鉱石はリスゴー領から継続的に輸入していますよね。今回もリスゴー領からの輸入量を増やせば良かったのではないでしょうか?」
「ええ。しかしリスゴー領とは独占契約はしていたわけではありませんし、今回の件で見直しを図ったただけですよ。ギリングス領の方が安価で質がいいですから。今回の新製品のためのものだけの輸入ではなく、今後はリスゴー領からギリングス領に切り替えていきたいと考えています」
先日とは別人のように組合長は落ち着いている。想定される質問の答えを用意していたのだろう、すらすらと語った。内容も間違いはない。商会で管理されている見積書を確認したが、リスゴー領より安価なことは間違いなかった。
「質がいい保証はあるのでしょうか。リスゴー領に比べてギリングス領は遠方ですから運搬も大変で人手がいるでしょう。それでこの安さはいささか怪しくありませんか」
「今後ギリングス領と独占契約を結ぶ予定ですので。継続的な輸入を約束することで値下げしてくれているのですよ」
組合長は流れるように語りながら落ち着いた表情でお茶を飲んだ。
「そうですか。ではリスゴー領とギリングス領だけでなく、他も検討をしてみてもよろしいでしょうか。まだ契約前段階ですし」
にこやかに質問するレインに、組合長がお茶を飲む手が止まる。
「私の妻はフォーウッド家の次女でして。ご存知でしょうか」
「ええ、それはもちろん」
「フォーウッド領も資源豊かな領地でプリコット鉱石が採れるのです。ギリングス領よりもずっと近いので運搬費を抑えられますし、この価格で取引可能と言ってくれています」
そして取り出した書類にはギリングス領からの仕入れ価格よりも低い金額が記されていた。
「……なるほど」
書類をじっくりと見て組合長は小さく唸った。
「一度競わせるのはどうでしょうか?今回は大口の取引になりますから、価格を競わせましょう」
「これでもかなり安価だと思いますが。奥様のご実家を優遇されているのでは?」
「とんでもありません。レスター家にとって利のある方を選びますよ。今の値段であれば優遇関係なく誰でもフォーウッド領を選びますが」
「……わかりました。ギリングス家に掛け合ってみましょう」
組合長は苦々しく了承して、レインは笑顔で締めくくった。
「ありがとうございます。あれは素晴らしい商品ですからね。きっと売れ行きもいいでしょうし、継続的なお取引となればギリングス領も前向きに考えてくれることでしょう」
・・
「動いてくれるかしら」
「確実に動くと思うけど」
レインに用意された部屋の真ん中で、テーブルに置いた卵を前にして三人。私とレインとセオドア様が座っている。今日蒔いた種はすぐに効果が出ると信じている。
ジージー……と卵はしばらく無音を貫き、カーティスが「お茶にしませんか」と部屋に入ってきたところで「なんとかしてくれないと困るよ」と工業組合長の声が聞こえてきた。私たちは黙り、次の言葉を待った。
「あの女の実家もアプリコット鉱石の産地だなんて聞いていないぞ。どうするんだ」
「仕方ないじゃない。ギリングス家からの返事は待たずとも、見積もりをフォーウッドより安くしておきなさい」
甘い女の声が聞こえる。聞き間違えることはない、アナベル様の声だ。
「しかし……今はジェイデンが商会長だ、改ざんは難しい。他領との契約は商会を通さなくてはいけない」
「あら、別に改ざんもギリングス家に交渉もしなくてもいいわ。ギリングスには元通りの金額を払うの。フォーウッドより安価な費用の契約書と、元々の価格になるように足りない分の費用の契約書をそれぞれ用意してちょうだい」
「ジェイデンが就任してから他領とのやり取りにうるさいんだ。動かした金額から気づかれる」
「それなら一枚目の契約に関しては商会を通して。足りない分の方は私から直接ギリングス領に支払っておくわ。とにかく安価な見積もりを用意してくれる?」
「……どうしてギリングスにこだわる?そこまでする必要があるか?正直価格的にも、関わりを持つとしてもフォーウッドの方がいいと思うが」
組合長の質問は、もっともで私たちも知りたいところだ。緊張しながら次の言葉を待つ。
「それは……あなたは知らなくてもいいことよ」
ゆるやかな彼女の声で、妖艶な笑みを浮かべていることが想像できた。
「納得できない」
「あなたたちは鉱石が手に入ればいいのでしょう?気にすることじゃないわ」
「まさか、ギリングス家にアナベルの男がいるのか?」
「そんなわけないでしょう。私の愛する人はあなただけよ」
きまずい会話が流れてきて私たちは顔を見合わせた。二人が愛人関係だということはわかっていたが、こうして痴話喧嘩を盗み聞きするのはいたたまれない気持ちになる。
中年男性を転がすアナベル様の艶やかな声を聞くのは心苦しかったが、何か重要な会話があるかもしれないし続けて聞くことにする。
「レインは私を疑っているんじゃないか?前商会長みたいになるのはごめんだ」
「大丈夫よ、あなたの罪まで被ってくれたんだし」
「前商会長はアナベルが愛している男は自分だと言い張っていた」
「ありえないわ!」
「んっ」
そして沈黙がしばらく訪れる。いやゴソゴソと音は聞こえてくるのでラブシーンが始まったのかもしれない。ますます気まずくなるけれど「ここじゃなんだし、ね?」とアナベル様の声が聞こえてしばらくガサガサと音が続き、出ていってしまったらしくそれ以上は何も聞こえない。卵はいつものジージー……という音に戻っている。
「もう少し踏み込んで話してくれたらよかったんですがね」
「いや、どうせアナベルはあの男に詳細を話すつもりはないだろう」
興味津々といった様子のカーティスにレインはさらりと返した。
「そうですね。しかし組合長がギリングスを推す理由はやはりアナベル様でしたね」
「ああ」
「それにしても本当にどうしてギリングス領にこだわるんでしょうか」
「ギリングスから金を受け取るわけではなくこちらから金を支払っていそうですね、アメリアへの嫌がらせにしてはリスクが大きい」
カーティスの質問にセオドア様も首をひねる。
「組合長の言うように愛人がいるのでしょうか?」
「アナベルが自分の利にならない男と恋仲になるかな」
「じゃあ本気の恋をしてしまっているとか?」
「それならレイン様を諦めて欲しいですけどね」
「もしかして……」私はふと思いついたことを言ってみる。
「アナベル様は、ギリングス家に何か弱みを握られているとか?」
私の言葉を受けてレインは少し考えてから、カーティスやセオドア様と目を合わせた。
「そうかもしれない。……父の死にギリングス家が関わっているのかもしれない」
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