裸足の花嫁~日陰の王女は愛に惑う~

めぐみ

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裸足の花嫁~日陰の王女は愛に惑う~㉕

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 元々、央明翁主の母は、強力な後ろ盾を持たず、生母を失った幼い姫は後宮の片隅で忘れ去られた花のように、ひっそりと暮らしている。
 央明翁主の母は、女官上がりであった。打てば響くような才気と、匂いやかな白百合のような美貌はその頃、かなり目立つ存在であったらしい。国王は女官に夢中になり、眩しいほどの寵愛を受けていたとの話だ。
 王のお手が付いてからは特別尚宮となり、出産後は淑媛の位階を賜った。実のところ、王妃はこの淑媛を至極嫌っていたという。 嫌うどころか憎み、色々と嫌がらせをしたとかしないとかというのは今も語りぐさとなっている。
 というのも、淑媛が寝所に呼ばれるようになって、王妃にはまったくお声がかからなくなったからだ。もっとも、これは王妃だけではなく、他の大勢の側室たちも同じだったのだが。あの頃、王は淑媛だけを連日のように召していた。王妃にとっては淑媛は〝良人の愛を奪った憎らしい女〟という話になるのだろう。
 そのせいか、王妃は央明翁主を冷遇しているとの専らの噂だ。
 王妃所生の王女ならともかく、何かといわくつきの央明王女を妻に欲しいなどとは、なかなか言い出せるものではなかった。しかし、チュソンのやつれた様を見て、これはもう王妃に直談判するしか道はない。ジョンハクが普段滅多に訪問もせぬ姉を訪ねた理由だ。
「良かろう、央明をチュソンに遣わしましょう」
 突如として沈黙を破り、王妃が宣言した。
 あまりにあっさりと許可が出たため、ジョンハクは愕いた。
「国王殿下の大切なご息女を我が家に頂くなど、本当によろしいのでしょうか」
 暗に国王に許しを得ずに決めて良いのかとほのめかしたのだがー。王妃は声を立てて笑った。
「殿下は央明のことなど、気にはされないだろう。むしろこのまま王宮で朽ちるよりは、たとえ分家とはいえ名門羅氏に迎えられることをお歓びになるはずだ」
 さりげなく〝分家とはいえ〟とあてこすりを入れるところがいかにもこのひとらしい。更に義理とはいえ娘に当たる央明王女に対しても、あまりの酷い言い様だ。王妃の立場であれば、生母を幼くして亡くした義理の娘の母代わりとなるのが本来の役目なのに、この言いようはどうだろう。
 まるで厄介払いができると言わんばかりではないか。
 国王も国王である。存命中の生母をさんざん寵愛し央明王女を生ませておきながら、母親が亡くなると残された娘をあっさりと見捨てるとは、嘆かわしいことだ。
 王妃の麗しい面には、ほのかな微笑が浮かんでいる。何事か企んでいる策士の表情を思わせる。
「安心するが良い。殿下には私からきちんと話を通しておくゆえ」
「何からか何まで、ありがとうございます」
 ジョンハクはまた異母姉に深く頭を垂れた。立ち上がって一礼し、室を出る。室の外には尚宮が待っていた。扉を閉める寸前、耳に障る高笑いが聞こえたのは錯覚であったか。
 紛うことなく、王妃の笑声であったはず。しかし何故、王妃があのように笑う必要があるのか? あれは、してやったりと誰かの不幸を歓ぶ者のほくそ笑みのようだ。
ーむしろこのまま王宮で朽ちるよりは、たとえ分家とはいえ名門羅氏に迎えられることをお歓びになるはずだ。
 側室の子、分家の子、共にたいした身ではないから釣り合いが取れるーとでも言わんばかりのあの科白。その意味は言葉通りのものだけでしかないのか、それとも、もっと深い意味があるのか?
 何やら胸騒ぎがしてならなかった。更に、王妃があまりにもあっさりと結婚許可を出したのも気になる。
 あの異母姉には、何かもっと思惑があると思っても、現状、手の打ちようがない。何しろ当人のチュソンが寝ても覚めても央明翁主に心を奪われているのだから。
 ジョンハクは来たときと同様、尚宮の先導で中宮殿を出た。殿舎から庭へと続く階を降りきった時、彼は思わず振り向かずにはいられなかった。階段の傍らには、紅白の梅が今、盛りである。満開の花から芳香が漂い、何とも早春を感じさせてくれる長閑な午後だ。
 中宮殿は澄んだ春の陽差しを浴び、威容を誇っている。
ー何事もなければ良いが。
 ジョンハクは胸に兆した不安を払うように首を振り、歩き始めた。
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