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裸足の花嫁~日陰の王女は愛に惑う~㉖

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  父ジョンハクの不安が嘘のように、チュソンの縁談はとんとん拍子に進んだ。
 その日、チュソンは央明翁主と二人、新居を見にゆくことになっていた。約一ヶ月前、またも父の室に呼び出された。内心、チュソンは首を傾げたものだ。
 三月初めにも、やはり父に呼び出され、厳しい叱責を受けた。理由は初出仕にも拘わらず、チュソンが心ここにあらずでミスばかりしていたからだ。普段から考えられないミスを繰り返し、上官が堪忍袋の緒を切らしたのだ。
 あれは上官や父が怒るのも無理はないと、チュソン自身も考えている。あのときのことがあるので、二度目の呼び出しも説教に違いないと思い込んでいた。
 神妙な面持ちで文机の前に座り込んだチュソンに、父は常と変わらぬ生真面目な顔で言った。
ーそなたの婚姻が決まった。
 刹那、チュソンは弾かれたように面を上げた。もしや、央明翁主への恋慕を告げたから、他の女人と無理に結婚させられるのか?
 あの時、両親は猛反対していた。特に母は息子の突然の宣言を聞き、失神しかねないほど神経を高ぶらせていたのだ。父もまた王女を息子の嫁に迎える気は毛頭なさそうで、この恋はやはり絶望的だと落ち込んだ。
 何とかして王女にせめてこの想いだけでも伝えたいと考えてみたものの、手段が浮かばなかった。たとえ伝えたところで、王女から色よい返事を貰えるとは限らない。
 あれこれと考えて結局、袋小路に迷い込んだ形となり、食事もろくに喉を通らず、夜も眠れない仕儀となった。
 あの日、父はどうやら王宮に出向き、王妃と面会したらしいのだ。そう、丁度、チュソンがチョンドク夫婦と門前の道で遭遇した日のことだ。あの日は非番のはずの父が王宮に向かうらしいのを見て、愕いたのまで憶えている。
 父はあの日に中宮殿で王妃に謁見し、央明翁主とチュソンの結婚の許しを得たということを父自身から同じ日の夜に聞かされた。
 そのときの気持ちを、どのように表現したら良いのだろう。天に昇る心地という言葉があるけれど、そんなものでは追いつかないほどだった。
 どうせまた小言を食らうのだろうとチュソンらしくもなく、挑むような眼で父を見ていた。そんな彼に、父は家族で花見に出掛けるのが決まったのと同じ口調で結婚が決まったのだと言った。
 王女を我が家に迎える気負いもまた栄誉だとする大仰な感激もなく、ただ決定事項を淡々と告げるという感じだった。
 父は立ち上がり、茫然とするチュソンの側に来て座った。
ーよもや我が家が畏れ多くも国王殿下のご息女を頂くことになるとは考えてもみなかった。されど、これも縁というものだろう。チュソン、王女さまであろうと、ただのか弱い女人であり、年若い娘にすぎない。そなたとは生まれも育ちも違う方ゆえ、最初は互いに戸惑うこともあろうが、労って差し上げなさい。
ー父さん(アボジ)。
 チュソンは思わず父に抱きついた。
 ジョンハクは笑いながら、チュソンの背中を叩いた。
ー嫁を迎えようかという大人がまるで子どもだな。
ーありがとうございます、父上(アボニム)。
 チュソンは満面の笑みで父に抱きついたまま、礼を言った。息子の歓びようを見て、ジョンハクもできれば逢いたくない異母姉に逢い、頭を下げた甲斐があったものだと思ったのだが。
 母ヨンオクの反応は、父とは真逆であった。母は父が王妃に王女降嫁を願い出ることを知らなかったのだ。確かに父よりは母の方がムキになったように王女降嫁に反対していた。
 父は母が余計な口出しをしないよう内緒にして、王妃に降嫁を願ったのだろう。結果、降嫁の許しは出た。最早、母がどれほど異を唱えようと、チュソンと王女の婚姻は決まったも同然なのだ。
 歓びに浮かれていたチュソンは、ふとその場に母の姿がいないのに気づいた。
ー父上、母上はこのことをご承知なのでしょうか?
 息子の声に不安を感じ取ったのか、父は溜息交じりに言った。
ーヨンオクにも既に話はしている。今はまだ突然のことで混乱しているようだが、おいおい冷静に事実を受け止めるだろう。
 けれども、父が言うように容易くはなかった。母はいまだにチュソンとはろくに口をきこうともしない。父とも冷戦状態は続いているようだ。
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