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裸足の花嫁~日陰の王女は愛に惑う~㉔
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ところが、である。その三年後、奇跡が起こった。王妃が再び懐妊したのだ。国王は歓び、王妃の出産を何としてでも無事に終えるように医官たちに厳命を下した。順調な妊娠経過を辿り産み月を迎えた。この度は逆子と事前に分かっていたため、前回より更に難産になるのではと医官たちは憂い顔だった。が、予想外に赤児はすんなりと生まれ、元気の良い産声を上げた。
それが世子益善大君だ。四十歳での妊娠出産は極めて珍しく、王子生誕の日、朝鮮全土で民たちが歓びの提灯行列をしたという。
その世子は十二歳で妃を迎え、この度、世子嬪の懐妊が判明した。まだ生まれるのが男か女かは判らないが、王室繁栄は臣下としても朝鮮の民としても嬉しいことだ。
王妃にしてみても、第一王子を失っているからには、第二王子の健やかな成長、更には早くもその王子に跡継ぎができたという知らせには感慨深いものがあるはずだ。
「これで世子嬪の生む御子が男であれば、言うことはないのだが」
王妃は呟き、ジョンハクを見た。
「今日、そなたが参ったのはチュソンのことだと申したな」
やはり、王妃が可愛がる益善大君の話を持ち出したのは正解だったようである。王妃の眼に閃いていた先刻までの油断ならぬ光は消えていた。
ジョンハクは深く頷いた。
「実は倅に想いを寄せる娘がいるようなのです」
王妃が予期せぬことを聞いたかのように瞠目した。
「ホウ」
ややあって、眼許を和ませる。
「神童と呼ばれた天才とはいえども、人の子だ。チュソンは幾つになったか?」
「十八になります」
すかさず応えたジョンハクに、王妃は幾度も頷いた。
「十八であれば、想う女の一人や二人いて当然ではないか」
ジョンハクは言葉を選びながら、話を続けた。
「中殿さまのおっしゃる通りです。我らも最初は愕きましたが、倅の歳を考えればむしろ遅いくらいではないかと」
「さもありなん。なるほど、そなたの腹が読めた」
王妃は面白げに言い、また抜け目ない様子でジョンハクを見た。
「私に縁結びをしろと申すのだな」
王妃お声がかりの縁談となれば、相手の娘はむろん両親も否とは言えまい。ジョンハクの考えを王妃は的確に言い当てた。
ジョンハクは頭を下げた。
「畏れ入ってございます」
王妃は紅色に染めた指先を眺めつつ言った。
「良かろう。他ならぬ弟の頼みであり、甥のためだ。口をきくくらいならば、容易きこと」
「ありがとうございます」
ジョンハクは床に頭がつくほど垂れた。
王妃がわずかに首を傾ける。
「して、相手の娘の親は?」
ジョンハクは眼を瞑り、ひと息に言った。
「央明翁主さまです」
「ー」
王妃の美しい顔から表情が消えた。一切の感情が抜け落ちた顔で、ジョンハクを見ている。
「これはまた思いも掛けぬ名を聞くものだ。一体、チュソンがどうやって央明と知り合ったのだ?」
ジョンハクはまたも冷や汗をかきながら説明する。
「過ぐる日、投壺をなさっておられた聡明公主さま、央明翁主さまをチュソンが見かけたそうです」
王妃は納得顔で頷いた。
「なるほど、チュソンが確か出仕初日に私の許へ挨拶に来たことがあった。恐らくは、その日、チュソンが央明を見かけたのだな」
ジョンハクは黙って聞いていた。否定しないのは肯定と同じだ。
王妃が考え込む風情になった。
「央明、か」
央明王女はけして幸せとはいえない星の下に生まれている。ジョンハクも王女の生い立ちについて、おおよそは知っている。
十九年前、王妃が第一王子を懐妊した年、ほぼ同じ時期に側室も懐妊した。予定日も近く、どちらが先に出産するかは判らないと医官は言った。
先に産気づいたのは王妃の方だった。残念ながら、王妃が生んだ第一王子は死産、王妃に遅れること十四日後、側室も産気づいて無事に女児を出産した。
同じ兄妹ながら、明暗を分けた運命となってしまった。更に王女を生んだ側室は産後の肥立ち良からず、一年後に亡くなっている。
それが世子益善大君だ。四十歳での妊娠出産は極めて珍しく、王子生誕の日、朝鮮全土で民たちが歓びの提灯行列をしたという。
その世子は十二歳で妃を迎え、この度、世子嬪の懐妊が判明した。まだ生まれるのが男か女かは判らないが、王室繁栄は臣下としても朝鮮の民としても嬉しいことだ。
王妃にしてみても、第一王子を失っているからには、第二王子の健やかな成長、更には早くもその王子に跡継ぎができたという知らせには感慨深いものがあるはずだ。
「これで世子嬪の生む御子が男であれば、言うことはないのだが」
王妃は呟き、ジョンハクを見た。
「今日、そなたが参ったのはチュソンのことだと申したな」
やはり、王妃が可愛がる益善大君の話を持ち出したのは正解だったようである。王妃の眼に閃いていた先刻までの油断ならぬ光は消えていた。
ジョンハクは深く頷いた。
「実は倅に想いを寄せる娘がいるようなのです」
王妃が予期せぬことを聞いたかのように瞠目した。
「ホウ」
ややあって、眼許を和ませる。
「神童と呼ばれた天才とはいえども、人の子だ。チュソンは幾つになったか?」
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「中殿さまのおっしゃる通りです。我らも最初は愕きましたが、倅の歳を考えればむしろ遅いくらいではないかと」
「さもありなん。なるほど、そなたの腹が読めた」
王妃は面白げに言い、また抜け目ない様子でジョンハクを見た。
「私に縁結びをしろと申すのだな」
王妃お声がかりの縁談となれば、相手の娘はむろん両親も否とは言えまい。ジョンハクの考えを王妃は的確に言い当てた。
ジョンハクは頭を下げた。
「畏れ入ってございます」
王妃は紅色に染めた指先を眺めつつ言った。
「良かろう。他ならぬ弟の頼みであり、甥のためだ。口をきくくらいならば、容易きこと」
「ありがとうございます」
ジョンハクは床に頭がつくほど垂れた。
王妃がわずかに首を傾ける。
「して、相手の娘の親は?」
ジョンハクは眼を瞑り、ひと息に言った。
「央明翁主さまです」
「ー」
王妃の美しい顔から表情が消えた。一切の感情が抜け落ちた顔で、ジョンハクを見ている。
「これはまた思いも掛けぬ名を聞くものだ。一体、チュソンがどうやって央明と知り合ったのだ?」
ジョンハクはまたも冷や汗をかきながら説明する。
「過ぐる日、投壺をなさっておられた聡明公主さま、央明翁主さまをチュソンが見かけたそうです」
王妃は納得顔で頷いた。
「なるほど、チュソンが確か出仕初日に私の許へ挨拶に来たことがあった。恐らくは、その日、チュソンが央明を見かけたのだな」
ジョンハクは黙って聞いていた。否定しないのは肯定と同じだ。
王妃が考え込む風情になった。
「央明、か」
央明王女はけして幸せとはいえない星の下に生まれている。ジョンハクも王女の生い立ちについて、おおよそは知っている。
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