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裸足の花嫁~日陰の王女は愛に惑う~㉓
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「中殿さま、兵判大監がお見えです」
「お通しせよ」
尚宮の先導でジョンハクは王妃の居室に足を踏み入れた。大輪の牡丹が色彩豊かに描かれた屏風を背に、王妃が牡丹色の座椅子にゆったりと座っている。
王妃は五十代半ばのはずである。結い上げた艶やかな黒髪には白いものもなく、肌には依然として張りがある。美しく化粧した様だけでは、到底五十過ぎには見えず、せいぜいが三十ほどだ。
「そなたがわざわざ来てくれるとは、珍しいこと」
歓迎なのか嫌みなのか判らない科白に、ジョンハクは曖昧な笑顔を返すしかない。
ジョンハクは姉にしてこの国の王妃に対し、深々と頭を下げ文机を挟んで下座に座った。
「畏れ入りましてございます」
畏まった物言いに、王妃がフと笑みを洩らす。
「実の姉と弟ではないか。そのように他人行儀にふるまう必要もあるまい」
この姉が自分を弟だと思ったことなど、恐らく一度たりともないはずだ。そう思っても、本音は口に出せるはずもなかった。
「畏れ入ります」
王妃がコロコロと笑った。
「そなたは畏れ入るしか言えぬのか?」
ジョンハクもまた薄い笑みを浮かべた。
「良い歳をした大人ではありますが、いつまで経っても朴念仁のようで、申し訳ございません」
「朴念仁か、まさに、そなたには打って付けではないか」
と、さらりと物凄く失礼なことを言ってのける。ジョンハクは内心、不愉快極まりないが、ここで臍を曲げて帰るわけにはゆかない。
目的を遂げるまでは帰れない。自分が来たくもないここに来たのは、息子のためなのだから。
ジョンハクは、そこはかとなき笑いを浮かべたまま王妃を真っすぐに見た。
「今日は折り入って中殿さまにお願いがありまして」
王妃がのけぞらんばかりに愕いた。いささか大袈裟すぎる反応だ。
「なに? 私に頼みとな。それはますますもって珍しい」
ジョンハクは背中を嫌な汗がつたうのを自覚した。三月半ばで暑くもないはずなのに、よほど緊張しているのだろう。
ジョンハクは頷いた。
「実は愚息のことなのです」
王妃が眼をまたたかせた。これは本当に意外な話であったらしい。
「なに、チュソンのことなのか」
「さようです」
王妃が意味ありげな笑いを浮かべる。
「どうやら今日は珍しい続きと見える。チュソンなれば私が介入するまでもなく、万事上手くやっているであろうに」
ジョンハクは小さく首を降った。
「とんでもありません。出仕したとはいえ、まだ若く未熟ゆえ、日々、気が抜けないようです」
王妃は平坦な口調で続けた。
「とはいえ、表のことならば私にはあまりそなたの役に立てそうもないぞ。チュソンが女の子で、後宮にでも入れるというのならまた話は別だが」
ジョンハクは如才なく言った。
「後宮といえば、世子嬪さまがご懐妊の由、真におめでとうございます」
世子益善大君(イクソンテーグン)は十五歳だ。世子嬪も同年である。溺愛している世子の名を出したのは、もちろんジョンハクなりの思惑だ。
案の定、王妃の装った顔はたちまちにして笑み崩れた。紛れもない母の顔だ。
「ああ、これで私も漸く肩の荷が下りた」
十一歳で当代国王に入内した姉ではあるが、けしてここまで順調だったわけではない。
王妃には四人の御子がいる。世子益善大君は末っ子で、上に三人の王女が生まれていた。十九年前、王妃は第四子を懐妊した。既にその時、三人の王女がいた王妃は三十六歳。当時としては超高齢出産だ。
国王には数人の側室がいたが、その時点で生まれていたのはすべて王女ばかりだった。皆が嫡出の王子生誕に望みを賭けていた。
やがて月満ちて出産、年齢のせいもあるのか、今までの三度の安産が嘘のように難産となった。三日に渡る陣痛に耐え漸く出産したものの、生まれた子は既に死んでいた。
ちなみに、ジョンハク自身の一人息子チュソンも同年の生まれである。
赤児は世子になれるべき男児であり、国王初め廷臣たちは悲嘆に暮れた。王妃の年齢から考えても、嫡出の王子は最早望めぬと皆が諦めたのだ。
「お通しせよ」
尚宮の先導でジョンハクは王妃の居室に足を踏み入れた。大輪の牡丹が色彩豊かに描かれた屏風を背に、王妃が牡丹色の座椅子にゆったりと座っている。
王妃は五十代半ばのはずである。結い上げた艶やかな黒髪には白いものもなく、肌には依然として張りがある。美しく化粧した様だけでは、到底五十過ぎには見えず、せいぜいが三十ほどだ。
「そなたがわざわざ来てくれるとは、珍しいこと」
歓迎なのか嫌みなのか判らない科白に、ジョンハクは曖昧な笑顔を返すしかない。
ジョンハクは姉にしてこの国の王妃に対し、深々と頭を下げ文机を挟んで下座に座った。
「畏れ入りましてございます」
畏まった物言いに、王妃がフと笑みを洩らす。
「実の姉と弟ではないか。そのように他人行儀にふるまう必要もあるまい」
この姉が自分を弟だと思ったことなど、恐らく一度たりともないはずだ。そう思っても、本音は口に出せるはずもなかった。
「畏れ入ります」
王妃がコロコロと笑った。
「そなたは畏れ入るしか言えぬのか?」
ジョンハクもまた薄い笑みを浮かべた。
「良い歳をした大人ではありますが、いつまで経っても朴念仁のようで、申し訳ございません」
「朴念仁か、まさに、そなたには打って付けではないか」
と、さらりと物凄く失礼なことを言ってのける。ジョンハクは内心、不愉快極まりないが、ここで臍を曲げて帰るわけにはゆかない。
目的を遂げるまでは帰れない。自分が来たくもないここに来たのは、息子のためなのだから。
ジョンハクは、そこはかとなき笑いを浮かべたまま王妃を真っすぐに見た。
「今日は折り入って中殿さまにお願いがありまして」
王妃がのけぞらんばかりに愕いた。いささか大袈裟すぎる反応だ。
「なに? 私に頼みとな。それはますますもって珍しい」
ジョンハクは背中を嫌な汗がつたうのを自覚した。三月半ばで暑くもないはずなのに、よほど緊張しているのだろう。
ジョンハクは頷いた。
「実は愚息のことなのです」
王妃が眼をまたたかせた。これは本当に意外な話であったらしい。
「なに、チュソンのことなのか」
「さようです」
王妃が意味ありげな笑いを浮かべる。
「どうやら今日は珍しい続きと見える。チュソンなれば私が介入するまでもなく、万事上手くやっているであろうに」
ジョンハクは小さく首を降った。
「とんでもありません。出仕したとはいえ、まだ若く未熟ゆえ、日々、気が抜けないようです」
王妃は平坦な口調で続けた。
「とはいえ、表のことならば私にはあまりそなたの役に立てそうもないぞ。チュソンが女の子で、後宮にでも入れるというのならまた話は別だが」
ジョンハクは如才なく言った。
「後宮といえば、世子嬪さまがご懐妊の由、真におめでとうございます」
世子益善大君(イクソンテーグン)は十五歳だ。世子嬪も同年である。溺愛している世子の名を出したのは、もちろんジョンハクなりの思惑だ。
案の定、王妃の装った顔はたちまちにして笑み崩れた。紛れもない母の顔だ。
「ああ、これで私も漸く肩の荷が下りた」
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ちなみに、ジョンハク自身の一人息子チュソンも同年の生まれである。
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