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番外編〈第一部 終了ボーナストラック〉

番外編 メイドズ☆ブラスト episode24

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「お腹すいた~」
 気づくと太陽は西の空にかたむきかけていた。

 あっという間に午前の二試合が終わり、昼というにはもう遅く、夕方というには早過ぎるおやつが恋しくなるそんな時間。

 本能に従った私とモニカはハチミツやクリームがたっぷりかかったスコーンやシフォンケーキのイラストに誘われて「午後のお茶セット」なるルームサービスを頼むことにした。

 すっかりくつろいで美味しいお茶をすすり、無心にクリームを味わう。
「はー、幸せ……」
「もうこれで帰っちゃいたいわよね」
 お腹をさすりながらソファーでだらける私とモニカ。

 メイドとしてはあるまじき姿なのだが、今はお仕事中じゃないから許して欲しい。

 午前に負けたダルバは先に大使館へ戻り、パロマもアーマーの改良がしたいとさっき帰っていった。
 偵察のため、私たち二人だけ残って一回戦の最終試合を観戦していくことにしたのだ。

「腹ごしらえもしたし、そろそろ行きますか」
「うん」
 モニカに言われて私は重い腰をあげた。
 そろそろイスキア公女、蛇姫カルドンヌとゲンメのクリスティーナの対戦がはじまる。

「しかし、公女が闘技士として出てくるなんて前代未聞よねぇ」
「まぁ、権力を使ったのかもだけど、それなりに腕は立つんじゃないかしら?」
「海蛇の親玉だもの。毒をたっぷり使ってきそうだからマリン、あんたには鬼門じゃない?」
「だからじっくり手の内を見ていくんじゃないの……」
 そんな会話をしながら私たちは観覧席に通じる扉を開けてバルコニーへ出た。

 観客の歓声で既に呼び出しが終わったことに気づき、私は慌てて手すりから身を乗り出す。

 リング上では緊張した面持ちのクリス、ゲンメのクリスティーナがリングで蛇姫カルドンヌと対峙していた。
 宣誓が終わり、これから始まるようだ。

「しまった! のんびりお茶をしている場合じゃなかったかも!」
「いや、なんとか間に合ったんじゃない?」

 特別桟敷の貴賓室から冷たい目でジッとみつめるイスキア公のまわりに群がる、イスキア宰相ボルゲリや着飾った貴族たちから蛇姫に向かって熱心な拍手が送られている。
 そのせいか今日は観客の歓呼の大部分が
「イスキア! イスキア!」
「カルドンヌ姫!」
 と自国の公女を讃える声が中心になっていた。

 リング上の蛇姫はそんな観声に慣れた様子で手を上げてこたえる。

「なるほど。一応姫様なわけね」
 モニカが蛇姫の堂々とした権力者然とした態度に感心したように言った。
「イスキアの民にとっては我らが姫様だもんね……」

 すらりとした長身に腰まである豊かな黒髪、妖しく光る緑色がかった冷たい瞳は酷薄そうだが、目鼻立ちだけであれば蛇姫カルドンヌは美しい、といっても良い容姿であった。
 ただ、毒々しく塗られた紫色の唇からのぞく長い赤い舌が蛇を連想させ、残念ながら美しいというよりも「蛇のような」という形容詞が常に先行してしまうのだった。

「やっぱりリゾンの親玉ね。本当に趣味が悪いわ……」
 うんざりした声で私が言うと、モニカが無言で頷く。

 ゴスロリファッションを日頃から好んでいる蛇姫のビキニアーマーは黒レースのフリルや黒バラのコサージュでごてごてと装飾されており、縦ロールに巻かれた髪もごてごてと黒いリボンで飾り立てられていた。
 一方、クリスティーナは地味な露出の少ないグレーのモノキニ(ワンピースタイプで背中から見るとビキニに見える)のアーマーを着用していた。
「まぁ、クリスは地味過ぎだと思うけど……あれ? 開始早々、舌戦──?」
 モニカの言葉に耳を澄ますと蛇姫の高笑いが聞こえてきた。


「ほほほほ……! なるほど、私からラクリマを取り返しに来たか」
 試合開始の合図とともにリング上で、クリスティーナに向かって蛇姫は口を開いた。
 その冷たく、高いがねっちょりとした声がクリスティーナにべっとりと絡みついていく。

「言わずともラクリマにそっくりなお前の顔を見たらわかるというもの。
 大方ここで優勝し、ラクリマを解放してほしいというのがお前の望みか?」
「……」
 クリスティーナは剣を構えたまま、無言でギリッと唇を噛んだ。

「どうした? 図星であろう?」
 薄笑いを浮かべ、獲物を前にした蛇のように赤い舌をチロチロと出す。

「その通りだ、蛇姫カルドンヌ! ここで優勝して兄さんを……ラクリマを返してもらう」
 クリスティーナは意を決したように叫んだ。
「そうか……ならば私を倒さねばならぬな。では、私が優勝したあかつきにはお前を所望してやろう。
 喜べ……兄妹で私にはべらせていたぶったり──絶望に染まった美しいお前たちをまぐわせても面白かろうな」
 ゾっとするような卑猥なセリフを口にすると蛇姫は手にした鞭をビュッと鳴らした。
 それだけでびくっ! っと体を震わせるクリスティーナ。
 その光景はまるで毒蛇がカッと牙を剥き出して哀れなクリスティーナを捕食するところを連想させた。
 
「ありゃ、あの娘。完全にのまれちゃってるじゃない……」
「うん。こりゃ助け出すどころか兄妹で奴隷にされるがオチね」
 なかなか隙を見て切り込めないクリスティーナの様子から私たちは蛇姫の勝利を確信した。
 構えから筋は悪くないことがうかがえるが、始まる前から蛇姫の毒気に完全にやられてしまっている。

 クリスティーナの整った顔が真っ青なのを通り越して、今にも倒れそうなほど蒼白になった。
「絶対にラクリマは取り返す!」
 自分を奮い立たせるようにクリスティーナは叫んだ。
 そして叫ぶと同時に剣を低く構えたまま、ようやく正面から蛇姫に切りかかっていった。

 蛇姫の目前で頭上に剣を振りかぶる。
 その途端、鋭い鞭がシュバッと空気を切り裂いてクリスティーナに絡みついた。
 それはクリスティーナを捕獲すると、ゴロンと彼女をキャンバスに転がした。

「……っ!」
 身動きの取れなくなったところへ、容赦なく鋭い棘が仕込まれた二本目の鞭がクリスティーナの背中に振り下ろされる。

 バシュッ!! 

 ビキニアーマーに覆われていないクリスティーナの背中の白い皮膚が裂け、真っ赤な血しぶきが跳ね上がった。
 あっという間にクリスティーナのアーマーは真紅に染まり、深緑のキャンバスに血だまりがじわじわと広がっていく。

「うわっ!」
「きゃあ……」
 観客たちも流血に興じる公女の姿を息をのんで見つめていた。
 長い黒髪をまとわりつかせた蛇姫は爬虫類を思わせる虹彩を爛々と輝かせ、舌なめずりをして鞭をふるう。

 それはクリスティーナがガクリと首を垂らし、明らかに気を失ってからも延々と続けられた。

「ちょっと……」
「──あれ、止めないと死ぬよ!」
 リング上で繰り広げられる光景に強烈な悪寒が私の背中を走る。思わず腰が浮かび上がった。

 審判席をにらみつけた。
 蛇姫が満足しないせいだろうか。審判の白旗はまだ上がらない。

「お待ちください」
  突如、低いくぐもった声がかけられると同時に何者かが素早い動作でリングに飛び上がった。

 それは、白い仮面をつけた人物──エルだった。

 突然現れたエルにも構わず、蛇姫はクリスティーナに向かって鞭を振り下ろしす。その凶鞭の先をエルは素早く素手で掴んで止めた。

 皮手袋を突き破った棘のせいか。
 エルの左手からも真っ赤な血がしたたり落ちる。

「ほう。私の邪魔立てをするか?」
 目を細めて蛇姫はエルを見た。

「クリスティーナはもう意識を失っている。これ以上の攻撃は無用。審判!」
 凛としたエルの声が会場に響き渡った。

「……勝者! イスキア、カルドンヌ姫!」
 エルの声に押されるように審判が南方イスキアに旗を上げる。

 わぁぁぁぁぁ……!
 大観衆から異様などよめきがもれた。

「イスキア! イスキア!」
「カルドンヌ様! カルドンヌ様!」 
 気を取り直したように興奮した怒号がリングに向けられる。

 そんな渦巻くような怒号の中、エルは血だまりの中で倒れ伏しているクリスティーナをマントでくるむと軽々と抱きあげた。
 そしてゲンメの控室の中へ素早く引き上げていく。
 慌てて救護班がその後を追っていくのが見えた。

「ふん、まんまとアイツに獲物をさらわれてしまったわ──」
 そんな蛇姫の呟きをのせて。
 第一回戦全試合終了のアナウンスが会場に響き渡る。

 こうしてユッカの国内から選抜された10名の闘技士による第一回戦が終了した。明日からは公開抽選で組み合わせが決まり次第、二回戦がはじまることになる。

「ひゅーっ。自分のところの闘技士とは言え、エル、カッコ良かったわね」
 私の隣でモニカが惚れ惚れと口笛を吹いた。
「……うん」
 私はそう返事をするのが精いっぱいだった。

「あれ? どうしたの? マリン……」
「……ごめん、ちょっと昔を思い出しちゃって。既視感デジャビュってやつかな」
 私は下を向いて答えた。

「あぁ、そういえばマリンも似たようなことがあったわね。
 相手も同じイスキア、あの時はあのクソ毒使いのバルレッタだったかしら。
 奴にもう少しで殺されるところだったんだっけ……あんたもその時、エルみたいなヒーローに助けてもらったのよねぇ……」
 私は黙って頷いた。なんだか震えてしまって言葉が出なかった。


 だって。
 ──まるっきり、あの時……五年前と同じだったんだ。

 私を助けてくれた力強い、自信に満ちた優しい声。
 どんな格好をしても、あの声を私が忘れるわけはない。

 私はすっかりオレンジ色に染まったイスキアの空を見上げた。
 空の色も──あの日と全く同じ。
 間違いない。エルは──。

 それはエルの正体が私の中で確信に変わった瞬間だった。 
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