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番外編〈第一部 終了ボーナストラック〉

番外編 メイドズ☆ブラスト episode8

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「げっ……!」
 私は思わず後じさった。

 この蛇姫はこのイスキアで会いたくない人物、ダントツのナンバーワンだ。
 色白で細面、スレンダーな身体に長い黒緑の髪をまとわりつかせたエキゾチックな美貌の持ち主だが、彼女を包む雰囲気や独特の冷たさと、絡みつくような爬虫類を思わせる虹彩が美女、と称するのを人々に躊躇わせる。
 これは彼女が公女でありながらカルドンヌ姫、というよりも自国民にまで「蛇姫」と呼ばれていることが多い所以ゆえんである。

「ほーっほっほっほ……」
 蛇姫が高笑いとともに手にした鞭を振り回す。

 ピシリ、ピシリ……!

 乾いた音が鳴り響き、目の前で片膝をついてうなだれる黒髪の男の背中が真っ赤に腫れあがっていった。
 神殿に来ていた観光客達から悲鳴が上がる。

「おやめください」
 私は思わず鞭先を掴んで引っ張り上げてしまった。

 不意をうたれ、たたらを踏んでよろめく蛇姫。
「なんと!そなた、自分が何をしたのかわかっておるのか?」
 蛇姫の爬虫類めいた視線が私をとらえた。


 ぎょえ~っ!
 その顔、本当に怖いからぁ! 
 ……これはカエルみたいに凍りついちゃうわよ。

「おい、あの娘! 蛇姫様を止めたぞ……!」
 遠巻きに取り囲んでいた群衆から怯えたような声があがりはじめた。

「何やってるのよ! マリンっ!」
 パロマの舌打ちとともに、ダルバとモニカが私の隣で自然に防御の構えをとる。

わたくしの人形に私が何をしようと勝手であろう。余所者が余計な手出しをするでない!」
 眼を細めて蛇姫は不敵に言い放つと、手にしていた蛇皮の鞭を投げ捨てた。そして、腰から刃を仕込んだ鋼の鞭を私に向かって振り上げた──ように見えた。


 ──まずいっ!
 鞭先が方向を向いていた。

 本能的に私はうずくまっていた男の肩を抱いて横に転がる。

 同時にガキリッ! と何かが石畳を叩く音がした。

「ほぅ、これを見破ったか。その身のこなし……ひょっとして闘技大会の出場者か?」
 蛇姫は感心したように言うと、再び鞭を構えた。

「そうだとしたら?」
 私は鞭を打ち払おうと懐から短剣ショートダガーを抜き放つ。

「……躾がなってないな。公女に逆らうか。大方、カルゾあたりの者であろうが……どこの者だ?」
「……」
 私は黙った。こんなことで主人であるソーヴェ様に迷惑をかけてはいけない。


「私たちはカルゾ公邸のメイドでございます。カルドンヌ様」
 パロマはずいっと私の前に進み出ると、丁寧に腰を折った。
「ほう……なるほど。お前たちがあのメイドか」
 蛇姫はピクリと片眉をあげた。

「恐れながら、闘技場内では特に私闘を禁じられております。
 ここは本部の置かれた神殿の敷地内。会場内に当たるのではないかと思い、このメイドは僭越ながらカルドンヌ様を止めさせていただいた次第でございます。なにとぞ、無礼をお許しくださいませ──」
 パロマはようやく顔を上げると、私よりもはるかに不遜な態度で蛇姫に対してニヤリと笑った。

「ふん……屁理屈よの。でもその屁理屈、のってやるわ。そこなメイド! 大会でその生意気な面が地面に這いつくばるのを楽しみにしておるぞ」
 無意味にそのデカい胸を張り、肌の露出の多い服をひるがえして蛇姫は大人しく引き下がっていった。

 私に向かって軽く頭を下げると、ヨロヨロとラクリマと呼ばれていた男は蛇姫の後を追っていく。その首にはイスキア王家の紋章が刻まれた首輪がはめられているのが見えた。

 ユッカ国内では百年以上前に廃止となった奴隷制度だが、まだイスキア公国の公都ヴェネトに限り、イスキア公家の為に残っている。

 (あの人、奴隷──なんだ)
 私はラクリマの傷だらけの背中を見送りながら呟いた。

 でも、奴隷にしては身のこなしが軽すぎるような気がした。多分、私が止めなくてもあの程度の鞭、避けられたハズだ。

 (何か訳あり、かな……?)


「はぁぁぁ……あれが噂の蛇姫かぁ。あたし、初めて見たわ──!」
 モニカがふぅっと深いため息を吐いた。

「ちょっとマリン。肝が冷えたわよ」
 ダルバが私の肩を抱く。
「私もよ。ソーヴェ様に迷惑がかかるんじゃないかって……」

 珍しくパロマが低い声で私の言葉を遮った。
「そう思うなら、もうちょっと相手を見なさいな、マリン。私たちはしがないタダのメイド。相手は公女様なのよ?」
「わかってるって。何か反射でつい、やっちゃったのよね……」
 私はいつになく真面目なパロマの言葉に頭を掻いた。

 普段は救いようのない変態だが、これでもパロマは国一番の頭脳を誇る軍師なのである。

「何にしても蛇姫に手を出す前で良かったわ。ほら、さっさと用事を済ませちゃいましょ」
   一番常識人なダルバにせき立てられ、私たちは無事、なんとか滑り込みでエントリーを済ませたのだった。
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