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番外編〈第一部 終了ボーナストラック〉
番外編 メイドズ☆ブラスト episode9
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ちょっぴり騒がしい音が三度。
「ぐぎゃぁっ……!」
「うごぉっ!」
「へぶぅっっ!!」
その後、首都ヴェネトにある大通りに面した南国カフェのオープンテラスは何事もなかったように静まり返る。
私はトレイを盾にして飛んでくる皿をよけながら、日替りモーニングセットを黙々と平らげた。
私の目の前に座るダルバもストレートの栗色の髪をかき上げ、これまたフォークをよけながら優雅に紅茶を口に運ぶ。
うむ。なかなか美味だがオムレツはちょっと味つけがしょっぱ過ぎる……。
一晩でなんとか船旅の疲れもとれ、今朝は観光も兼ねて朝食は優雅にカフェ飯を楽しもうかと中心街までやって来たんだけど──。
「……っ……!」
私たちの隣のテーブルには、白目をむいてピクつく男があおむけに倒れていた。
お洒落なタイルが貼られた床板にも、二人ばかり派手なお揃いの黒いチュニックを着た男達がうめき声をあげて転がっている。
「──こんの、アマ! いきなりどういうつもりだ……」
そのうちの一人が憤怒の表情で仁王立ちになっているモニカを見上げた。
「どういうつもりって、自分達が何を言ったか覚えてないの?」
モニカは椅子ごと蹴り上げた男たちに凍りつくような視線を送る。
「……別に俺たちは何も……!」
身震いしながら男は反論する。
「さっき、AかBかって私を見ながら言ったわよね?」
「へ……?」
鼻にも耳にもジャラジャラとピアスをつけた男が素っ頓狂な声をあげた。
「なんだそりゃ! 俺らは単にAセットにするかBセットにするかって言ってただけだ!」
「……]
しばし、先程とは違った静寂がその場を支配した。
「えっとぉ……てへ?」
モニカは照れ隠しに頬を押さえた。
出た。
モニカの勘違い。
彼女の胸のサイズを指摘した男達をどつき倒すのはもはやモニカのライフワークのようになっていた。
まぁ、今回はモニカの条件反射による不幸な事故だったみたいだけど……。
「ふざけるなぁ! てへ、じゃねーよ! こっちは誰もお前のえぐれた胸のサイズなんて一言も言ってねえ!」
「そうだそうだ! 俺らはペチャパイなんかに用はないんだ!」
「だいたいAとかBとかじゃねーだろ! お前、AAだろうが!」
口々に叫ぶ男たちの声。
……モニカの表情に暗い影が落ちる。
「あ……言っちゃった」
私の呟きと同時に、テーブル板が真っ二つに割れる音が鳴り響き、男たちはそれきり動かなくなった。
◇◆◇◆◇
「お客さぁん。大丈夫ですか?」
しばらくするとカフェのマスターが箒とちり取りを手に店の奥から現れた。
朝食には少し遅い時間であることやこの騒ぎに巻き込まれることを怖れてか、テラス席にいるのはモニカ以外は私とダルバだけだ。
ちなみに変態パロマの奴はこの国に到着して早々、徹夜で何か作業をしていたらしく──まだベッドの中である。またろくでもないビキニアーマーをせっせと作っていたに違いない……。
「お騒がせしてすみません」
ペコリ、と常識人ダルバが頭を下げる。
「いやいや。それより気をつけなさいよ、お嬢さん方。どうも腕に覚えがあるようだが──これでもこいつら一応、『海蛇』の構成員だからな」
マスターは妙に落ち着いた口調で言った。
そして散乱するテーブルセットや割れた皿を手際よく片付けながら、痙攣する男たちをそっと裏通りの方へ捨ててくるように店員達に指示をする。
あら? このマスター。妙に手慣れているわね……。
さすがユッカ四公国中、一番物騒だといわれるイスキア公国の首都。こんな事は日常茶飯事なのかも。
「──『海蛇』ですかぁ」
マスターの言葉にも動じず、明日の天気を語るぐらいのテンションで返事をするダルバ。
「……ハハ。お嬢さんたち、いったいどこから来なさったね?」
『海蛇』という言葉にも全く動じない私たちにマスターは苦笑した。
私たち、どこぞの田舎者かと思われたかな?
『海蛇』とは、このイスキア公国の諜報部隊の総称。
残忍で荒っぽい手口、毒使いが多数在籍することでユッカ国内外でも悪名高い組織である。
ユッカ国内では、「いい子にしてないと『海蛇』がくるわよ」なんて小さい子どもに昔から親が脅し文句に使うぐらいなのだ。
「あ、カルゾですぅ……」
持ち前の怪力で三人の男たちの足首をまとめて掴むと、裏道にポイっと投げ捨てて帰ってきたモニカが申し訳なさそうに答えた。
「そうか。カルゾからおいでなさったか。それじゃ仕方がないかもしれないな。
ここはイスキア国内だ。知ってはいると思うがあいつらの評判は最悪──あまり奴らとは表立ってやりあわない方がよいかと思うがね」
四十代くらいと思われるマスターは諭すように言った。
「……ソウデスネ~」
「はぁい」
「気をつけますぅ……」
気のない返事をする私たち。
正直なところ。
本国カルゾで私たち、カルゾメイドは『海蛇』とは何度もやりあってきていた。
毒攻撃さえ気をつければ、『海蛇』は実力的に幹部クラスであったとしても警戒するべき相手ではない。
それほど私たちカルゾメイドと『海蛇』は力の差が歴然としている。
だからといって、わざわざこちらから喧嘩をふっかけていく必要はないとは思うけど。
「……ふん! 随分と我が『海蛇』もなめられたモノだな?」
突然。
低い鞭のようなピシリとした声が私たちの背後からかけられた。
大通りに面した生垣で作られたアーチ型の入口から、フラリと入ってきたのは──見たことのない女。
見た目は二十歳ぐらいだろうか。長身に黒いぴっちりとした短いワンピースにマント、深々ととんがり帽子をかぶっている。
その帽子からはみ出る蛇のようにうねった灰色の髪、真っ赤なルージュ。その口元と切れ長の目元には大きな黒子。
まるで魔女みたいな印象の女だった。しかも絶対に悪いヤツ!
「出たな──蛇姫の腰巾着!」
私たちの隣で、マスターは心底嫌そうに唸り声をあげた。
「ぐぎゃぁっ……!」
「うごぉっ!」
「へぶぅっっ!!」
その後、首都ヴェネトにある大通りに面した南国カフェのオープンテラスは何事もなかったように静まり返る。
私はトレイを盾にして飛んでくる皿をよけながら、日替りモーニングセットを黙々と平らげた。
私の目の前に座るダルバもストレートの栗色の髪をかき上げ、これまたフォークをよけながら優雅に紅茶を口に運ぶ。
うむ。なかなか美味だがオムレツはちょっと味つけがしょっぱ過ぎる……。
一晩でなんとか船旅の疲れもとれ、今朝は観光も兼ねて朝食は優雅にカフェ飯を楽しもうかと中心街までやって来たんだけど──。
「……っ……!」
私たちの隣のテーブルには、白目をむいてピクつく男があおむけに倒れていた。
お洒落なタイルが貼られた床板にも、二人ばかり派手なお揃いの黒いチュニックを着た男達がうめき声をあげて転がっている。
「──こんの、アマ! いきなりどういうつもりだ……」
そのうちの一人が憤怒の表情で仁王立ちになっているモニカを見上げた。
「どういうつもりって、自分達が何を言ったか覚えてないの?」
モニカは椅子ごと蹴り上げた男たちに凍りつくような視線を送る。
「……別に俺たちは何も……!」
身震いしながら男は反論する。
「さっき、AかBかって私を見ながら言ったわよね?」
「へ……?」
鼻にも耳にもジャラジャラとピアスをつけた男が素っ頓狂な声をあげた。
「なんだそりゃ! 俺らは単にAセットにするかBセットにするかって言ってただけだ!」
「……]
しばし、先程とは違った静寂がその場を支配した。
「えっとぉ……てへ?」
モニカは照れ隠しに頬を押さえた。
出た。
モニカの勘違い。
彼女の胸のサイズを指摘した男達をどつき倒すのはもはやモニカのライフワークのようになっていた。
まぁ、今回はモニカの条件反射による不幸な事故だったみたいだけど……。
「ふざけるなぁ! てへ、じゃねーよ! こっちは誰もお前のえぐれた胸のサイズなんて一言も言ってねえ!」
「そうだそうだ! 俺らはペチャパイなんかに用はないんだ!」
「だいたいAとかBとかじゃねーだろ! お前、AAだろうが!」
口々に叫ぶ男たちの声。
……モニカの表情に暗い影が落ちる。
「あ……言っちゃった」
私の呟きと同時に、テーブル板が真っ二つに割れる音が鳴り響き、男たちはそれきり動かなくなった。
◇◆◇◆◇
「お客さぁん。大丈夫ですか?」
しばらくするとカフェのマスターが箒とちり取りを手に店の奥から現れた。
朝食には少し遅い時間であることやこの騒ぎに巻き込まれることを怖れてか、テラス席にいるのはモニカ以外は私とダルバだけだ。
ちなみに変態パロマの奴はこの国に到着して早々、徹夜で何か作業をしていたらしく──まだベッドの中である。またろくでもないビキニアーマーをせっせと作っていたに違いない……。
「お騒がせしてすみません」
ペコリ、と常識人ダルバが頭を下げる。
「いやいや。それより気をつけなさいよ、お嬢さん方。どうも腕に覚えがあるようだが──これでもこいつら一応、『海蛇』の構成員だからな」
マスターは妙に落ち着いた口調で言った。
そして散乱するテーブルセットや割れた皿を手際よく片付けながら、痙攣する男たちをそっと裏通りの方へ捨ててくるように店員達に指示をする。
あら? このマスター。妙に手慣れているわね……。
さすがユッカ四公国中、一番物騒だといわれるイスキア公国の首都。こんな事は日常茶飯事なのかも。
「──『海蛇』ですかぁ」
マスターの言葉にも動じず、明日の天気を語るぐらいのテンションで返事をするダルバ。
「……ハハ。お嬢さんたち、いったいどこから来なさったね?」
『海蛇』という言葉にも全く動じない私たちにマスターは苦笑した。
私たち、どこぞの田舎者かと思われたかな?
『海蛇』とは、このイスキア公国の諜報部隊の総称。
残忍で荒っぽい手口、毒使いが多数在籍することでユッカ国内外でも悪名高い組織である。
ユッカ国内では、「いい子にしてないと『海蛇』がくるわよ」なんて小さい子どもに昔から親が脅し文句に使うぐらいなのだ。
「あ、カルゾですぅ……」
持ち前の怪力で三人の男たちの足首をまとめて掴むと、裏道にポイっと投げ捨てて帰ってきたモニカが申し訳なさそうに答えた。
「そうか。カルゾからおいでなさったか。それじゃ仕方がないかもしれないな。
ここはイスキア国内だ。知ってはいると思うがあいつらの評判は最悪──あまり奴らとは表立ってやりあわない方がよいかと思うがね」
四十代くらいと思われるマスターは諭すように言った。
「……ソウデスネ~」
「はぁい」
「気をつけますぅ……」
気のない返事をする私たち。
正直なところ。
本国カルゾで私たち、カルゾメイドは『海蛇』とは何度もやりあってきていた。
毒攻撃さえ気をつければ、『海蛇』は実力的に幹部クラスであったとしても警戒するべき相手ではない。
それほど私たちカルゾメイドと『海蛇』は力の差が歴然としている。
だからといって、わざわざこちらから喧嘩をふっかけていく必要はないとは思うけど。
「……ふん! 随分と我が『海蛇』もなめられたモノだな?」
突然。
低い鞭のようなピシリとした声が私たちの背後からかけられた。
大通りに面した生垣で作られたアーチ型の入口から、フラリと入ってきたのは──見たことのない女。
見た目は二十歳ぐらいだろうか。長身に黒いぴっちりとした短いワンピースにマント、深々ととんがり帽子をかぶっている。
その帽子からはみ出る蛇のようにうねった灰色の髪、真っ赤なルージュ。その口元と切れ長の目元には大きな黒子。
まるで魔女みたいな印象の女だった。しかも絶対に悪いヤツ!
「出たな──蛇姫の腰巾着!」
私たちの隣で、マスターは心底嫌そうに唸り声をあげた。
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