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第一部
第37話 望郷?
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「一週間……?」
「そうよ。もうこのまま、ずっと目が覚めなかったらどうしようかって言ってたところだったの」
奏大が看護師を呼んできてから、慌ただしく間に合わせの研修医がやって来て、心音や血圧などを一通り確認され、検査だ何だと連れ回されて病室に帰って来たのがつい、さっき。
受験生の次女の歌音も駆けつけ、私は三人の子どもたちに囲まれ、ベッドの上でゆっくりとお茶を飲んでいた。
「とりあえず、大きな外傷もないし。すぐに退院出来そうで良かった」
「そっか、ごめんね。心配かけたみたいね」
「本当だよ。母さんいないと、まだまだ俺達困るんだからな」
末子の奏大が近頃には珍しく、素直なセリフを口にした。遅れてきた反抗期で高校生になってからは、私とは滅多に口を聞いてくれなかったのに。
思わず、顔がほころぶ。
「本当にそう。歌音は散らかしっぱなしだし」
「お姉ちゃんも似たようなもんじゃん。私は受験生なの!」
比較的、普段は仲が良い姉妹が言い合いをはじめる。
いつもの、光景。
「そういえば歌音。予備校はいいの?」
「大丈夫。今日は振り替えたから」
「和奏は?仕事は大丈夫なの?」
「今日は午後から休暇をとってあるわ。会社の人にもお母さんについてあげてって言われてる」
社会人一年目から、休暇をとらせてしまった。
「ごめんね……。本当にごめん……」
私は気持ちがどこか、まだ和奏たちに戻りきらない申し訳なさもあって、俯いて謝罪の言葉を繰り返す。
「さっきから、母さんは謝ってばっかだ」
「謝ることないよ。だって事故なんだもん。意識が戻って良かった…」
「もう、ごめんは無しね」
三人から慰められる私。
本当に、赤ちゃんだった子どもたちが大きく成長したなとしみじみ、思う。
「何か、あんたたちと会ったのが、ずいぶん前みたいな気がするの……」
そう、それこそ遠い昔みたいな感じ?
「それは……。やっぱりずっと意識がなかったからじゃない?」
「だって母さん。最初ここに来た時、俺達のことを知らない人を見るような目で見てたもんな。まだ、混乱してるのか?」
「まだ、ぼんやりして当然よ。また明日くるから、今日はゆっくり休んで」
「ありがとう……」
和奏に布団を掛けてもらい、横になって私は目を閉じた。
「また、明日ね」
遠ざかる、三人の元気な若い足音。
照明を落とした薄暗い病室で一人になる私。
「サラック様……」
誰もいない病室でそっと、声に出して呟いてみる。
大好きだった、声。春の陽ざしのようなほわっとした笑顔。
抱きしめられた時の広い、あたたかい胸の中を思い出して……。
目頭が熱くなり、頬に温かいものが幾筋も伝う。
「サラック様ぁ……。ルーチェ…会いたいよ」
もう、二度と会えないんだろうか。
それとも、そもそもが私は単に長い夢をみていただけなんだろうか。
夢?
夢なの?
こんなに、ハッキリとサラック様の温もりを覚えているのに。
いっそ、この世界がサリアさんが連れてきてくれた世界だったら良かった。
ベッドの周りを見回すと、備え付けの小型テレビ、棚に置かれたペットボトル、和奏が置いていったスナックの袋……。
そこに見えたものは、恐ろしいほどの現実感。
この世界は本来の私、『律子』の場所だということを思い知る。
私がマルサネとしてゲンメ邸の豪奢なベッドで眠る時、子どもたちに会いたいと涙ぐんだことはあった。二度と会えないかもと、今のように泣いた夜もあった。
願いは叶えられて、私は生きて子どもたちの元に戻ってきたのに……。
なんで、こんなに胸が苦しいんだろう。
「そうよ。もうこのまま、ずっと目が覚めなかったらどうしようかって言ってたところだったの」
奏大が看護師を呼んできてから、慌ただしく間に合わせの研修医がやって来て、心音や血圧などを一通り確認され、検査だ何だと連れ回されて病室に帰って来たのがつい、さっき。
受験生の次女の歌音も駆けつけ、私は三人の子どもたちに囲まれ、ベッドの上でゆっくりとお茶を飲んでいた。
「とりあえず、大きな外傷もないし。すぐに退院出来そうで良かった」
「そっか、ごめんね。心配かけたみたいね」
「本当だよ。母さんいないと、まだまだ俺達困るんだからな」
末子の奏大が近頃には珍しく、素直なセリフを口にした。遅れてきた反抗期で高校生になってからは、私とは滅多に口を聞いてくれなかったのに。
思わず、顔がほころぶ。
「本当にそう。歌音は散らかしっぱなしだし」
「お姉ちゃんも似たようなもんじゃん。私は受験生なの!」
比較的、普段は仲が良い姉妹が言い合いをはじめる。
いつもの、光景。
「そういえば歌音。予備校はいいの?」
「大丈夫。今日は振り替えたから」
「和奏は?仕事は大丈夫なの?」
「今日は午後から休暇をとってあるわ。会社の人にもお母さんについてあげてって言われてる」
社会人一年目から、休暇をとらせてしまった。
「ごめんね……。本当にごめん……」
私は気持ちがどこか、まだ和奏たちに戻りきらない申し訳なさもあって、俯いて謝罪の言葉を繰り返す。
「さっきから、母さんは謝ってばっかだ」
「謝ることないよ。だって事故なんだもん。意識が戻って良かった…」
「もう、ごめんは無しね」
三人から慰められる私。
本当に、赤ちゃんだった子どもたちが大きく成長したなとしみじみ、思う。
「何か、あんたたちと会ったのが、ずいぶん前みたいな気がするの……」
そう、それこそ遠い昔みたいな感じ?
「それは……。やっぱりずっと意識がなかったからじゃない?」
「だって母さん。最初ここに来た時、俺達のことを知らない人を見るような目で見てたもんな。まだ、混乱してるのか?」
「まだ、ぼんやりして当然よ。また明日くるから、今日はゆっくり休んで」
「ありがとう……」
和奏に布団を掛けてもらい、横になって私は目を閉じた。
「また、明日ね」
遠ざかる、三人の元気な若い足音。
照明を落とした薄暗い病室で一人になる私。
「サラック様……」
誰もいない病室でそっと、声に出して呟いてみる。
大好きだった、声。春の陽ざしのようなほわっとした笑顔。
抱きしめられた時の広い、あたたかい胸の中を思い出して……。
目頭が熱くなり、頬に温かいものが幾筋も伝う。
「サラック様ぁ……。ルーチェ…会いたいよ」
もう、二度と会えないんだろうか。
それとも、そもそもが私は単に長い夢をみていただけなんだろうか。
夢?
夢なの?
こんなに、ハッキリとサラック様の温もりを覚えているのに。
いっそ、この世界がサリアさんが連れてきてくれた世界だったら良かった。
ベッドの周りを見回すと、備え付けの小型テレビ、棚に置かれたペットボトル、和奏が置いていったスナックの袋……。
そこに見えたものは、恐ろしいほどの現実感。
この世界は本来の私、『律子』の場所だということを思い知る。
私がマルサネとしてゲンメ邸の豪奢なベッドで眠る時、子どもたちに会いたいと涙ぐんだことはあった。二度と会えないかもと、今のように泣いた夜もあった。
願いは叶えられて、私は生きて子どもたちの元に戻ってきたのに……。
なんで、こんなに胸が苦しいんだろう。
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