二度目の人生は、地雷BLゲーの当て馬らしい。

くすのき

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下水道にて

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「はぁああああ!」

 レオがロングソードを振り下ろす。ザシュッという音が鳴り、ゼリー体が弾け飛ぶ。両断された本体は左右に倒れ、やがて緑の液体となって地面に広がった。
 必殺の一撃に、小刻みに揺れながらじわじわと距離を詰めだしていたスライム達は一度だけ動きを止める。
 仲間を失った動揺ではない。魔法生命体であるそれらにそのような感情はなく、単にこのまま突撃してもいいものか躊躇したためだ。
 けれどそれも数秒。猫よりも軽い脳味噌では複雑な思考を重ねるのは土台無理な話しだった。結局――一斉に大地を蹴りながら、単純作業の繰り返しのように敵目掛け飛び跳ねた。ただ連携も何もあったものではない。
 全てが血肉への渇望かつぼうに支配され、早い者勝ちだといわんばかりに向かっていく。隊列も、作戦も、防御もしない。
 それ等に襲い掛かられたレオの目に僅かな嫌気が差す。
 振り上げ斬りで一体。次は横一文字にスライム達を斬り殺す。難を逃れた数体が剣の腹をジャンプ台にする。
 懐に潜り込まれるが、そこへグノーの飛び道具が割り込んだ。

「身体強化“中”」

 隊列の後方にて俺は支援呪文を発動する。続けて口の中で魔物への弱体化呪文を唱えた。
 一拍置いて速度低下を複数体に。その後方の群れに体重増加をかける。スライム達の動きがあからさまに遅くなった。そこへグノーとラムの二人が打って出る。
 新調した戦斧が風を切る。
 以前のものより一回り大きい所為か僅かに遅鈍ちどんになっていたが、しっかりと間合いを掴んでいるため、空振りになることはない。とはいえトマホークは長剣に比べ隙の生まれやすい武具だ。がら空きとなった上半身を攻められれば一溜まりもない。
 だがそこをグノーがカバーする。曲刀を払い、小さな鞭が空気を切り裂く。
 1メートルもないため、あまり多くの魔物を攻撃範囲には入れられないが、体勢を立て直すにはそれで充分。

「うおおお!」

 のたうつ鞭が地面に転がり、新たに生まれた空白の場所へレオが咆哮ほうこうを上げながら、朝露に濡れた鉛色の剣尖を瞬かせる。まるで切腹人の負担と苦痛を軽減するために首を刎ねる介添人のようだった。
 そうして一連の行動を繰り返し、残り少なくなったスライムが他個体を襲いだした。
 それは混乱の果ての強襲というより、合体に近い。仲間の個体を取りこみ、やがて俺達の背丈ほどはありそうな巨体が完成する。
 もにゅもにゅと不規則な震えが抑えられつつある中、巨体スライムは人間が唾を吐き出すように液体を噴射する。すんでのところで避け、地面に着地したそれが異臭と煙をあげた。
 消化液だ。
 その土を掘ったような抉れに、俺達は息を飲む。あれを喰らったら火傷ではすまないだろう。
 全員に緊張が走り、三人が回避に必要な距離を取り始める。
 靴の底が小石を踏む。
 それが攻撃開始の合図となった。巨体スライムは三回立て続けて消化液を吐いた。それだけではない。
 肉体が大きくなった分、脳味噌も増したのか、スライムの行動に知能が窺えるように変わった。
 元来、生き物というものは重量が増せば増すだけ速度が落ちる。仮に背に羽が生えていたとしても素早く動くのは容易ではない。故に奴は消化液を吐き出す事で牽制をはかり、新たに控えたミニスライムで俺達を攻撃する。
 完全に此方の行動を真似ていた。

「クソッ。厄介だな」

 全員の言葉を代弁するようにラムが忌々しげに吐き捨てる。サブリーダーとして、長年の経験と勘が脅威度を即座に判定したため、そして狭い下水道では不利になると判断した。
 だがしかしここで撤退は選べそうにない。よしんば逃げれたとしても残されたスライムが何をするか。奥歯を強く噛み締める。
 他の面々も同じ結論に至ったのだろう。ミニスライムを迎え打ちながら、じりじりと後退する。
 巨大スライムも前に出る。その動きは愚鈍でありながら、ミニスライムを使役いや誘導しているらしく、魔物達との距離差があまり広がらない。
 どうする。どうする。どうする。
 速度低下を重ねがけしても効果は薄い。ならば毒で自然死を狙うか。いや駄目だ。時間が掛かりすぎる。
 親指の爪を齧る音が響く。
 互いの距離が拮抗する中、巨大スライムが、グググと縦に伸びる。
 背伸びをしているわけじゃない。腹、といっていいのか胴らしき部分が沸騰した湯のように泡立ち、ボコンボコンと鳴る。
 そして次の瞬間、天井に向けて大きな弾を撃った。
 ヤバイ。全員の思考が一致する。
 消化液を雨にして降らせるつもりだ。
 ばちん、と弾ける音と俺達が大地を蹴る音は同時だった。
 次に来る痛みを覚悟して、走りながら目を瞑ったその時――。
 俺達の頭上を炎の線が傘となった。
 全てを溶かさんとする消化液の雨が、そのあまりの熱に蒸発する。
 気付けば俺達は全員足を止めていた。鎮火した火災現場の臭いが鼻腔をくすぐる。そして暗がりから一人分の足音が聞こえてくる。

「随分と面白いものがいらっしゃいますね」
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