78 / 98
下水道にて②
しおりを挟む暗がりの中、ロキが周囲に火炎を纏わせて、のんびりと現れ出でる。
魔物の蔓延る下水道に似つかわしくない、まるで自宅近くを歩くような、公園内を散策するような軽い足取りだ。
魔物のみならず一時停止した俺達との距離が狭まり、ロキは緩く丸めこんだ右手を右斜め上に掲げ、パチンと指を鳴らす。するとロキの周りを浮遊していた炎が大きく動く。
右へ左へ、炎の巨大蚯蚓は生き物のように螺旋を描いた。
その異様な光景に、俺を含めた疾風迅雷の面々も言葉を失う。
ロキの周囲にてとぐろを巻く炎の蚯蚓は、見た目の凶悪性もさることながら、とんでもない熱量を有していた。
砂漠のオアシスを干上がらせる灼熱の太陽の如き熱波が吹き荒れ、周辺温度を瞬く間に引き上げて、俺達の皮膚をじりじりと焼きに入る。
猛暑を超えた酷暑。
急激に上昇した気温に脳が体温を一定に保つべく汗腺に指令を送る。
玉のような汗が全身からふき出して息苦しい。でもそれだけじゃない。蛇に睨まれた蛙、いや、魂を刈りとる死神の鎌を首元に添えられた恐怖も起因していた。
あの炎が自分達に向けられたものではないと頭では理解していても、冒険者として鍛えぬいた危機察知能力が警鐘を絶えず打ち鳴らす。ほぼほぼ短期間とはいえ共に旅して、ナウシュヴォーナの資料からロキ……悪魔ローフェウスというキャラクターの強さと事情は承知している。だがそれでもいま相対して感じる圧は、到底筆舌に尽くしがたいものであった。
彼が俺の横を通り過ぎる。
次いでその後ろに控えるグノー、ラム、レオを炎の蚯蚓は避けるように形を変えてロキに付き従う。
「……………!!!!」
最奥に構える巨大スライムとの距離が1メートルを切った頃、俺達同様制止した巨大スライムはそのどでかい身体を小刻みに振動させる。生物として標準装備されている本能がロキとの圧倒的戦力差があるのを理解出来たため、そして戦略的撤退すらさせてもらえないと悟ったからだ。魔物として最下位を競うスライムが最上位の悪魔を前にすればそうもなる。
合体していない、知性の乏しい魔法生命体もそれが解っているようだった。あれほど忌々しく忙しなく飛び跳ねていた身体を後ずらせ、巨大スライムに盾にするように回り込む。
しかし彼等のボスは彼等を守らない。
やがて互いの距離が目と鼻の先に迫り、ロキが足を止める。炎の蚯蚓は相も変わらずとぐろを巻き、攻撃の意志は見られない。
けれどそれは今だけであり、何かの拍子で巨大スライム達に襲い掛かっても可笑しくはないだろう。だからか、一際大きくゼリー体が揺れたとき、巨大スライムが動いた。
その動きは速い。俺達が目にしたあの予備動作もなく、大量の消化液が全てを溶かさんとロキに襲い掛かる。
常人であればそれで終わり。此方にぶつかったのでもないのに、脳内に硫酸を被った人間が過り、全身が総毛だつ。
酸の水は地面を溶かす。
だが肝心のロキは皮膚どころか服すらも無事だった。信じられないものを前にしたかのように、棒立ちの巨大スライムは自棄になってアシッドアタックを連発する。その度にロキの足元周りが抉れて小さな孤島を形成した。
やがて下水が顔を覗かせた際、静観の構えを取っていたロキが動く。
彼の細く長い指が巨大スライムの身体に触れた。その時だった。
侍るだけであった炎の蚯蚓が掃除機に吸い込まれるようにロキの手に吸い寄せられ、スライムの中へ入った。
そしてそれは寄生虫のようにスライムの全身を這い回り、自身の熱で内部から焦がしていく。まるでファラリスの雄牛の逆バージョンであるかのよう。
「おっかねぇ…………」
ラムが無意識に漏らした小さな呟きは全員の総意でもあった。
強制沸騰されたスライムの身体が不規則に泡立ち、耐えきれないと膨らんだ風船が弾けるように爆発した。四方八方、ベチャやらビチャやら汚い音を立ててゼリー体が飛ぶ。
「さて、次は」
静かで穏やかな声が戦場に流れる。
目線はミニスライム達。
そのあまりの異質さにミニスライム達は脅えきっていた。自分達も巨大スライムと同じ道を辿るのだと想像したために。
頭上に浮かぶ炎の蚯蚓は嘲笑うように八の字を描く。次の獲物を甚振りたくて堪らないかのようだ。
暑いのに氷の手が心臓を撫でる。
あとはもう一方的な殺戮だ。虫を払うかの如く、ミニスライムはあっという間にその命を刈り取られた。
炎の蚯蚓が消える。
下水と刺激臭、火事場の臭いが絶妙に混じり合った空間に不気味なほどの静謐が加わった。誰も何も言えない。
危機を救ってもらったのは判っている。けれどどうしても礼の一言を告げる勇気が出なかった。頬を伝う汗がポタリと床に落ちて、弾けて消える。
そんな中、先に動いたのはロキだった。踵を返し、俺達へと向き直る。
「お久しぶりです」
普段と変わらない表情の薄さ。
その姿に俺達は再び息を飲んだ。
さきほどのものも絶句ではあったが、今度はそこに言い表せない畏れがプラスする。
最も目を引いたのは瞳だ。眼帯で覆っていない深紅のそれが、底なし沼よりも深い闇と仄暗い殺意によって煌々と輝いていた。
104
お気に入りに追加
638
あなたにおすすめの小説
転生令息は冒険者を目指す!?
葛城 惶
BL
ある時、日本に大規模災害が発生した。
救助活動中に取り残された少女を助けた自衛官、天海隆司は直後に土砂の崩落に巻き込まれ、意識を失う。
再び目を開けた時、彼は全く知らない世界に転生していた。
異世界で美貌の貴族令息に転生した脳筋の元自衛官は憧れの冒険者になれるのか?!
とってもお馬鹿なコメディです(;^_^A
バッドエンドの異世界に悪役転生した僕は、全力でハッピーエンドを目指します!
あ
BL
16才の初川終(はつかわ しゅう)は先天性の心臓の病気だった。一縷の望みで、成功率が低い手術に挑む終だったが……。
僕は気付くと両親の泣いている風景を空から眺めていた。それから、遠くで光り輝くなにかにすごい力で引き寄せられて。
目覚めれば、そこは子どもの頃に毎日読んでいた大好きなファンタジー小説の世界だったんだ。でも、僕は呪いの悪役の10才の公爵三男エディに転生しちゃったみたい!
しかも、この世界ってバッドエンドじゃなかったっけ?
バッドエンドをハッピーエンドにする為に、僕は頑張る!
でも、本の世界と少しずつ変わってきた異世界は……ひみつが多くて?
嫌われ悪役の子どもが、愛されに変わる物語。ほのぼの日常が多いです。
◎体格差、年の差カップル
※てんぱる様の表紙をお借りしました。
そばかす糸目はのんびりしたい
楢山幕府
BL
由緒ある名家の末っ子として生まれたユージン。
母親が後妻で、眉目秀麗な直系の遺伝を受け継がなかったことから、一族からは空気として扱われていた。
ただ一人、溺愛してくる老いた父親を除いて。
ユージンは、のんびりするのが好きだった。
いつでも、のんびりしたいと思っている。
でも何故か忙しい。
ひとたび出張へ出れば、冒険者に囲まれる始末。
いつになったら、のんびりできるのか。もう開き直って、のんびりしていいのか。
果たして、そばかす糸目はのんびりできるのか。
懐かれ体質が好きな方向けです。今のところ主人公は、のんびり重視の恋愛未満です。
全17話、約6万文字。
嫌われ悪役令息に転生したけど手遅れでした。
ゆゆり
BL
俺、成海 流唯 (なるみ るい)は今流行りの異世界転生をするも転生先の悪役令息はもう断罪された後。せめて断罪中とかじゃない⁉︎
騎士団長×悪役令息
処女作で作者が学生なこともあり、投稿頻度が乏しいです。誤字脱字など等がたくさんあると思いますが、あたたかいめで見てくださればなと思います!物語はそんなに長くする予定ではないです。
推しの悪役令息に転生しましたが、このかわいい妖精は絶対に死なせません!!
もものみ
BL
【異世界の総受けもの創作BL小説です】
地雷の方はご注意ください。
以下、ネタバレを含む内容紹介です。
鈴木 楓(すずき かえで)、25歳。植物とかわいいものが大好きな花屋の店主。最近妹に薦められたBLゲーム『Baby's breath』の絵の綺麗さに、腐男子でもないのにドはまりしてしまった。中でもあるキャラを推しはじめてから、毎日がより楽しく、幸せに過ごしていた。そんなただの一般人だった楓は、ある日、店で火災に巻き込まれて命を落としてしまい―――――
ぱちりと目を開けると見知らぬ天井が広がっていた。驚きながらも辺りを確認するとそばに鏡が。それを覗きこんでみるとそこには―――――どこか見覚えのある、というか見覚えしかない、銀髪に透き通った青い瞳の、妖精のように可憐な、超美少年がいた。
「えええええ?!?!」
死んだはずが、楓は前世で大好きだったBLゲーム『Baby's breath』の最推し、セオドア・フォーサイスに転生していたのだ。
が、たとえセオドアがどんなに妖精みたいに可愛くても、彼には逃れられない運命がある。―――断罪されて死刑、不慮の事故、不慮の事故、断罪されて死刑、不慮の事故、不慮の事故、不慮の事故…etc. そう、セオドアは最推しではあるが、必ずデッドエンドにたどり着く、ご都合悪役キャラなのだ!このままではいけない。というかこんなに可愛い妖精を、若くして死なせる???ぜっったいにだめだ!!!そう決意した楓は最推しの悪役令息をどうにかハッピーエンドに導こうとする、のだが…セオドアに必ず訪れる死には何か秘密があるようで―――――?情報を得るためにいろいろな人に近づくも、原作ではセオドアを毛嫌いしていた攻略対象たちになぜか気に入られて取り合いが始まったり、原作にはいない謎のイケメンに口説かれたり、さらには原作とはちょっと雰囲気の違うヒロインにまで好かれたり……ちょっと待って、これどうなってるの!?
デッドエンド不可避の推しに転生してしまった推しを愛するオタクは、推しをハッピーエンドに導けるのか?また、可愛い可愛い思っているわりにこの世界では好かれないと思って無自覚に可愛さを撒き散らすセオドアに陥落していった男達の恋の行く先とは?
ーーーーーーーーーー
悪役令息ものです。死亡エンドしかない最推し悪役令息に転生してしまった主人公が、推しを救おうと奮闘するお話。話の軸はセオドアの死の真相についてを探っていく感じですが、ラブコメっぽく仕上げられたらいいなあと思います。
ちなみに、名前にも植物や花言葉などいろんな要素が絡まっています!
楓『調和、美しい変化、大切な思い出』
セオドア・フォーサイス
(神の贈り物)(妖精の草地)
悪役令息は断罪を利用されました。
いお
BL
レオン・ディーウィンド 受
18歳 身長174cm
(悪役令息、灰色の髪に黒色の目の平凡貴族、アダム・ウェアリダとは幼い頃から婚約者として共に居た
アダム・ウェアリダ 攻
19歳 身長182cm
(国の第2王子、腰まで長い白髪に赤目の美形、王座には興味が無く、彼の興味を引くのはただ1人しか居ない。
【完結】気が付いたらマッチョなblゲーの主人公になっていた件
白井のわ
BL
雄っぱいが大好きな俺は、気が付いたら大好きなblゲーの主人公になっていた。
最初から好感度MAXのマッチョな攻略対象達に迫られて正直心臓がもちそうもない。
いつも俺を第一に考えてくれる幼なじみ、優しいイケオジの先生、憧れの先輩、皆とのイチャイチャハーレムエンドを目指す俺の学園生活が今始まる。
残業リーマンの異世界休暇
はちのす
BL
【完結】
残業疲れが祟り、不慮の事故(ドジともいう)に遭ってしまった幸薄主人公。
彼の細やかな願いが叶い、15歳まで若返り異世界トリップ?!
そこは誰もが一度は憧れる魔法の世界。
しかし主人公は魔力0、魔法にも掛からない体質だった。
◯普通の人間の主人公(鈍感)が、魔法学校で奇人変人個性強めな登場人物を無自覚にたらしこみます。
【attention】
・Tueee系ではないです
・主人公総攻め(?)
・勘違い要素多分にあり
・R15保険で入れてます。ただ動物をモフッてるだけです。
★初投稿作品
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる