36 / 98
新たな驚異②
しおりを挟む仕事終わりに立ち寄った支部は、かつてないほど賑わっていた。
珍しく重なったのかと思いきや、受付に詰め寄っていた大半は、冒険者でない者達ばかりだった。
「ちょっとどういう事よ」
「ですからいま此方も調査中でして」
「だからそれがいつ終わるか訊いてんだよ。明日、それとも明後日?」
「早く片付けて貰わないとこっちも商売上がったりなんだ」
「ですから! それも私どもには分からないんです」
これは離れた方がいいだろう。
「当分手続きは無理そうだナ」
「何か飲み物でも頼もうか?」
「いや耳触りな金切り声だらけの中、酒飲んでも旨くねえよ。なんか腹に入れるだけにしとこうぜ」
「よーす。疾風迅雷」
酒場の方へ近付くと、すっかり出来上がった同業が親しげに話し掛けてくる。
「吃驚しただろ、あれ」
「何かあったのかい?」
「あったっつーか商人連中と外仕事の奴等が難癖つけてんだよ」
「難癖?」
「魔物が増えたのはどういう事だー、てな」
「あぁ、なるほど」
「まっ。俺らにゃ関係ねーし、逆に言や食い扶持が増えて魔物様々だけどなァ」
間違っていないだけに否定できない。無難な愛想笑いを返すと、遇われて未だ興奮冷めやらない女性が此方に向かってきた。
「ちょいとアンタ達!」
「……なんダ」
「なんだじゃないよ、なんだじゃ。こんな真っ昼間から大の男が飲んだくれて。ハァー、情けないったらありゃしない」
「…………あ゛?」
その場にいた冒険者達の空気が、ピリッと凍る。
「図星かい。恥ずかしかったら今からでも魔物を殺してきなよ。あぁ、それともアンタ達、食い扶持が欲しくてわざと倒さないんじゃないのかい。あ~嫌だ嫌だ。これだから冒険者ってのは」
「……もっぺん言ってみろや、婆!」
がしゃあん、と男がグラスを叩き割る。それだけであれほど騒がしかった室内は水を打ったように静まり返り、視線の矢が集中する。
「い、いきなり大きい音を出すんじゃないよ!」
「あ゛。いいからさっき言ったこともう一回言えや婆」
そこで漸く冷静になれたのだろう。
冒険者達の冷たい視線が方々から絶えず突き刺さり、女は助けを求めるように辺りを見るが、誰もそれに応える様子はない。
「ねぇ、お姉さん。これ見て」
「は、なに……!?」
テーブルの上に載せられた大量の小鬼の耳に、女の表情が引き攣る。
「これね、俺達が今日狩ってきたの。凄いでしょ。だから支部で換金しようと思ってたんだけど、いま受付が大繁盛してたみたいだから皆で食事でもして待ってよーってなったんだ」
「それがいったい何だって」
「お姉さんの旦那さんだって、お給料貰うときに時間がある時、食事くらいするよね。何で俺達は駄目なの?」
「だ、駄目だなんてアタシは」
「じゃあなんで“情けない”って言ったの? 俺達はやるべき仕事をきちんとこなしているのに悲しいよ」
あくまでも無害な子供を装い、女の主張に疑問を呈する俺に、冒険者達の表情から剣呑さが消えた。
「……そうだナ。ユニの言う通りダ」
「なあ、マダム。俺達は遊んでるわけじゃねえ。仕事終わりもいりゃあ、今日が休みの奴だっているんだ。それをわかっちゃもらえないか」
「それはっ、」
「でもお姉さんの言う事も分かるよ。魔物の数凄く多いんだもの。嫌になるよね!」
「! そうなんだよ。アタシの旦那も商人で、こんなに魔物が出るから心配で心配で」
「解る。大事な人に何かあったらと思うと怖いよね。俺達も最近、魔物が増えておかしいなって思ってたの。あ、お役所の方は何か言ってたりする?」
「それが全然なのよ」
「うわぁ、それ困るよね。市民の安全や街道の方は国案件なのに」
「そうなのよね。アタシも解っちゃいるんだけど、つい。ご免なさいね」
「解って貰えたならいいよ~。旦那さん、無事に帰ってくるの祈ってるね」
ばいばい、と手を振って女性が去っていく。
「お前、やるじゃ」「ごめん。そのブツ仕舞ってもらえる。臭くて吐きそう」
おえっ、と嘔吐く俺に、同業の男は破顔した。
「最高だわお前」
「当然ダ。ウチの自慢だからナ」
「どさくさに紛れて頭ワシャらないでよ」
「相変わらず仲がいいこって。じゃあな」
「ユニ、水貰ってきたよ」
「しっかし国も把握していない、或いは敢えて黙してるか分からねえってのは不穏だな」
時期的に大森林ダンジョン前から。
俺がゲーム内容を熟知していれば見当がついたかもしれないが、何も分からず情報待ちは正直落ち着かない。
「大丈夫だよ、ユニ」
「……レオ。うん」
「あ、ユニさーん!」
「え。あ、ルディ君」
入口の方からやってきたルディが、驚異的な速さで隣にやってくる。
「ユニさんは依頼終わりですか」
「あ、うん。ルディ君も?」
「はい! あ、いけない。オズさん置いてきちゃいました」
なぜ、そこでオズ?
疑問符を頭上発射していると、三拍ほど遅れてオズが歩いてきた。
「か、勝手にいくんじゃねぇよ!」
「(ん?)」
「すみません。ユニさんに会えたのが嬉しくて」
「ごめん。ちょっとコイツ借りる」
面を喰らう彼。俺は直ぐさま席を立ち、オズを連れて隅へ移る。
「な、なに」
「……正直に言え。お前、星夜だろ」
「ななな、なんで」
「見りゃわかんだよ。何でそうなった。オズは?」
「いや、その。俺もよく解んないんだけど、なんていうかな。融合?みたいな」
「はぁあああ?」
消えたんじゃないのかよ。
一方のルディ達。
視線だけ二人から離さないルディが尋ねる。
「ユニさんとオズさんって仲良いんですか?」
「いや、滅茶苦茶悪いな」
「悪いんだ……そっか」
あからさまに安堵したルディに、レオが愁眉を寄せる。
「まあ、ユニと一番仲が良いのはレオだからナ」
「! そうだね」
今度は二人の表情が入れ替わった。
「ユニとは同室だし、大抵いつも一緒にいるから」
「っ、……そういえばユニさんにペンダント渡してくれました?」
「渡したよ」
「!? 何か、何か言ってませんでしたか?」
「いや。――お金の心配くらいかな。駆け出しなのに大丈夫かって」
がーん、と効果音がつくほどルディは肩を落とす。だがそれも一瞬の事で。
「あ、でもでも迷惑とか要らないは言ってないですよね!」
「まぁ……それは」
「なら全然良いです!」
その時だった。
支部の建物入口が開き、物が倒れたような音の後、悲鳴が響き渡る。
ほぼ全ての冒険者が席を立ち、自身の得物に手を掛けて音の先を注視する。
「た、大変だ」
そこに居たのは傷だらけの冒険者チームだった。
「おい、何があった」
「魔物……魔物が出たんだ」
「ハァ!? 魔物なんて外に幾らでも」
「違う! あれは普通の魔物じゃねえ! 見たこともねえ、新種の魔物だ!!」
218
お気に入りに追加
650
あなたにおすすめの小説

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます
まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。
貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。
そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。
☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。
☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました
ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

言い逃げしたら5年後捕まった件について。
なるせ
BL
「ずっと、好きだよ。」
…長年ずっと一緒にいた幼馴染に告白をした。
もちろん、アイツがオレをそういう目で見てないのは百も承知だし、返事なんて求めてない。
ただ、これからはもう一緒にいないから…想いを伝えるぐらい、許してくれ。
そう思って告白したのが高校三年生の最後の登校日。……あれから5年経ったんだけど…
なんでアイツに馬乗りにされてるわけ!?
ーーーーー
美形×平凡っていいですよね、、、、

侯爵令息セドリックの憂鬱な日
めちゅう
BL
第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける———
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

思い出してしまったのです
月樹《つき》
恋愛
同じ姉妹なのに、私だけ愛されない。
妹のルルだけが特別なのはどうして?
婚約者のレオナルド王子も、どうして妹ばかり可愛がるの?
でもある時、鏡を見て思い出してしまったのです。
愛されないのは当然です。
だって私は…。
【完結】幼馴染から離れたい。
June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。
βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。
番外編 伊賀崎朔視点もあります。
(12月:改正版)
読んでくださった読者の皆様、たくさんの❤️ありがとうございます😭
1/27 1000❤️ありがとうございます😭
3/6 2000❤️ありがとうございます😭

僕はお別れしたつもりでした
まと
BL
遠距離恋愛中だった恋人との関係が自然消滅した。どこか心にぽっかりと穴が空いたまま毎日を過ごしていた藍(あい)。大晦日の夜、寂しがり屋の親友と二人で年越しを楽しむことになり、ハメを外して酔いつぶれてしまう。目が覚めたら「ここどこ」状態!!
親友と仲良すぎな主人公と、別れたはずの恋人とのお話。
⚠️趣味で書いておりますので、誤字脱字のご報告や、世界観に対する批判コメントはご遠慮します。そういったコメントにはお返しできませんので宜しくお願いします。
大晦日あたりに出そうと思ったお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる