二度目の人生は、地雷BLゲーの当て馬らしい。

くすのき

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新たな脅威③ 少々ロキ視点

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 ドンッ!
 支部長室に爆発音が鳴り響く。
 衝撃を受けて、机上に積まれた紙束が勢いよく滑り落ちた。
 音の出所には憤慨する大柄な熊もとい支部長ことシブマス。

「あのクソ野郎どもが!」
「物に当たるな」
「当たりたくもなるわチキショウ!」

 大方、貴族共に魔物大発生の調査と早期解決を押し付けられたのだろう。
 やれやれとロキは肩を竦めた。

「あっんの害悪クソ豚野郎共が。金も人も出さねえ癖して、口だけは一丁前に挟みやがって。成果が出たらこちらにも寄越せ? 寝言は寝ていえってんだ! 己達や民草の納めた税金で肥えたテメェ等の懐と贅肉はまだ足りねえってかクソッタレめ!」

 デスク表面に罅が入った。
 これは後で家具屋に発注をかけておかないといけない。

「……殺るか?」
「ブン屋に匂わす程度にしとけ」
「了解。それで肝心の支部としての対応はどうする?」
「既に他支部にも調査協力は呼びかけてる。ここも職員による調査から腕の立つパーティに依頼は出す。近隣の魔物に関しては暫くの間、素材買取一割アップキャンペーン開催だ」
「足りるのか」
「足りねえよ。だから己の個人資産から補填するしかねえだろ」
「暫く酒のあてがなくなるな」
「あてどころか酒もだわチキショウ」

 三撃目に、遂に机は逝った。
 真っ二つに折れたそれを前に、馬鹿デカい溜め息をついた支部長は力無く椅子に座る。

「次は耐久性を重視しよう」
「……そうしてくれ」
「今度はどうした」
「まあ人間は大変ってことだ」
「なるほどな。取り敢えず机の補充と下への伝達に行ってくる」

 軽く手を上げた彼と、同じ動作をとって踵を返す。

「あ、ロキ様」
「あぁ、すみません。そうだ。それを届け終わった後で構わないのですが備品室から適当な机を此処に運んでもらえますか?」
「構いませんが、何かあったんですか?」

 ロキは両の口角のみを持ち上げる。

「すっ、すみません。直ぐに取り掛かります!」

 職員の女は真っ青な顔で駆け出していく。

「……まあいいか」

 人通りの少ない階段を下ること少し――。

「一体どうなってんだ!」

 一階。受付側から男の怒鳴り声が聞こえてくる。それだけではない。多くの男女らしき叫び声も続いている。
 内容は、どれも魔物増加の件についてだ。

「ですからいま此方も調査中でして」
「だからそれがいつ終わるか訊いてんだよ。明日、それとも明後日?」
「早く片付けて貰わないとこっちも商売上がったりなんだ」
「ですから! それも私どもには分からないんです」

 判明次第、お伝えします。
 職員達がそう締めくくっているにも関わらず、彼等は『そんな筈はない』『不都合な何かがあるから隠しているのだろう』『騙されないぞ』と捲したて聞く耳をもたない。
 僅かに胸の奥がざわつく。
 恫喝したところで望みの答えに辿り着くわけでもあるまいに、否、彼等は不満や不安を逆らえない立場の人間に当たり散らしたいだけだ。

「(少し仕置きが必要だな)」

 ごきりと関節を鳴らす。
 緩慢に歩み、手近な生贄を一人捕獲しようとした矢先、ロキの前に不可解な事件が起きた。
 その中心は、茶髪の男。
 私が大森林ダンジョンで抱いた、ユニ・アーバレンストだった。
 彼は暴力に訴えるロキとは異なり、言葉のみでその場を鎮圧してみせた。
 あれほど冒険者に非難を浴びせていたご婦人が自らの非を認め、最後には仲良く手を振り合うという芸当をやってのけたのだ。
 それに感化して他の恫喝者達も冷静になり、ようやっと支部から退出する。

「……何故」
「あ、ロキさん」
「……」
「ロキさん?」
「何でもありません。支部長から言伝です」

 若干後ろ髪を引かれる思いに駆られたが、自身の仕事を果たすべく、今日の受付リーダーを招き、今後の細かな打ち合わせをかわす。
 そしてそれが七割方埋まりかけた頃、入口方向から鼓膜を劈くような悲鳴が上がった。
 襲撃を警戒して、冒険者同様、戦える職員の間にも緊張が走る。
 現れたのは、負傷した冒険者達だった。

「おい、何が」
「魔物……魔物が出たんだ」
「ハァ!? 魔物なんて外に幾らでも」
「違う! あれは普通の魔物じゃねえ! 見たこともねえ、新種の魔物だ!!」

 その瞬間、支部内が響めいた。
 周囲の視線が一団に集中し、その中で介抱と事情聴取をすべく、足の速い職員二人が彼等に駆け寄った。

「ポーションよ。一先ずこれを飲んで。落ち着いたら現場、新種の特徴、覚えている限りを話してください」
「んぐ……ハァ。場所はファニージャ洞窟付近だ。特徴は人のようで人でないとしか」
「何を言っているんですか?」
「本当だ! 本当に最初は少し赤茶けた人間だったんだ。けどその後はドロドロに溶けて……あ、あ」

 それを皮切りに負傷冒険者達は、蒼ざめた表情で頭を抱える。
 よほど怖い目に合ったのだろう。
 誰もがそう解釈した時――。

「あ、あ、あが、あがが」
「ちょっとどうしました。大丈夫ですか!?」

 異変に気付いた職員がその肩に触れ――。

「え」

 その身体ごと弾け飛んだ。
 トマトを潰したように、ぐしゃりと。

「うわぁあああ!」

 もう一人の職員も弾け飛び、辺りに噎せ返るような鉄錆臭さが広がる。
 一体何が起こったのか。
 ロキにも、いや、その場にいた誰にも解らなかった。
 ただ一団の周りには血の海が滲み、彼等は皆、焦点の合わない目で意味の成さない言葉を繰り返し続ける。

「が、がが、た……け」

 一団の一人が助けを求めるように手を伸ばす。だがしかし、その手は誰にも取られる事なく、身体ごと砂のように崩れ落ちる。
 誰も何も言えない。酸素に息苦しさの重りがつき、酷く呼吸し辛い。

「いったい……!?」

 耐えきれなかった誰かの呟きと同時に、床に染みた砂と血液が踊り出す。
 混ざり合い、上昇し、軈てそれは男性体の形をとった。
 ただその顔面は目も口も鼻も耳もない、赤いのっぺらぼう。
 それが酒場の方へと振り返り――三拍ほど黙した後、とぷりとまた溶け落ちていく。

「は、え!?」
「なんだよ、なんだよ、アレ!」
「知らねえよ!」
「おい、皆、見ろ! 床になんか書いてあっぞ!!」

 その言葉に、恐怖と好奇心に駆られた者達が恐る恐る近寄っていく。
 そしてそこには――。

 “これはほんの挨拶代わりだ”

 血液で書かれた宣戦布告が書いてあった。
 ロキは掌で口元を覆う。

「何故……奴の気配が」
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