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俺は転職を決めた!

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 皇都ナタールにある冒険者支部。
 中世ヨーロッパの建築様式を真似た三階建てのホール内は、現在、街中と同等の賑わいを見せていた。

 一階は冒険者用の受付窓口と発注クエストを載せた掲示板の他に酒場が併設されている。が酒場といっても本格的なものではなく、現代でいう立ち飲み屋だ。今もそこそこの人数が酒と料理を嗜んでおり、香ばしい肉の香りが室内全体に満ちている。
 その匂いを嗅ぎながら受付前に並んでいた俺はふとスーパー前の焼き鳥屋台を思い出す。非常に食欲そそる匂いに刺激され、購入して家で食べるとあれ?っと首を傾げる事もままあるのに、何故か食べたくなってしまうあの現象だ。

 そういえばもう正午を過ぎていたな、と腹の減る頭で天井を眺める事暫し、漸く列が動き、窓口に辿り着く。

「お疲れ様です。えっと疾風迅雷様ですね。依頼達成の報告と……はい。ゴブリンの討伐証明と魔石の換金でございますね」

 一枚続きの長い木製カウンターを隔てた向かいに制服姿の青年が佇んでいた。
 彼はこの冒険者支部の職員だ。
 営業用の笑顔を貼り付けた彼は、提出された吊るし耳とその他を手に取り、片手で算盤を弾き出す。
 子供の時分に触れた計算機の登場に郷愁を覚えつつ、俺はグロアイテムから視線を逸らす作業に全力を注ぐ。

「お待たせしました。手数料を除いた成功報酬五万七千ルピーに、別途お持ち頂いたゴブリンの魔石と耳の代金も合わせまして五万八千五百二十七ルピーです」

 そう告げて差し出されたのは日本円に近い紙幣と硬貨だった。最もデザインには多少差異はあるものの、材質は和紙、白銅、青銅、黄銅とほぼ同じ。種類の方も日本準拠といって差し支えない。
 更新を終えたドッグタグと金を懐に仕舞い、端に寄っていたラムとグノーと合流し、酒場に移動する。

「全員エールでいいカ?」

 問うたのはネコ側のグノーである。

「ごめん。俺はいいや」
「どうした。酒豪のオメエが珍しいな」
「あ~……今日は気分じゃなくてさ」
「ふーん。じゃエール三つに摘まみな」
「それなら俺が注文してくるよ」

 口を挟む隙なく、レオは疲労を感じさせない足取りでマスターの元へ向かっていく。
 残された俺達は場所取りを兼ねて空いている席を探す。

「で、昨日からどうしタ。悩みをあるならお兄さんに話してみロ」

 到着した途端、肘をつかれた年季入りの机が、ぎぃっと軋む。

「お兄さんって年なの?」
「おいおい。ピチピチの三十代はまだお兄さんだろう?」

 ニヒルに笑うラムだが、その顔は四、五十代のそれだ。

「ま、それはそれとして、だ。オレもグノー同様気にゃなってんだ。その様子じゃレオにも話してねんだろ。話しにくいってんなら場所変えてどっちかだけでも聞くぜ」
「ラム……」
「ラムへの告白以外なら何でも構わン」
「バカ野郎。オレはテメェ一筋だっての」

 熱くなった胸が一瞬にして冷め、真顔に戻る。

「あ~……うん。それだけはないから安心して。あとそんな大層な悩みとかじゃないから大丈夫。心配してくれてありがとう」
「ただいま。三人で何を話してたんだい?」

 注文し終えたレオがひょっこりと顔を出した。その手には並々と注がれた発泡酒入りの木ジョッキが二つに、水を入れたコップが二つあった。

「ユニにラムへの告白は駄目だと言っタ。それより何故酒が二つなんダ?」
「こっちは俺の分。二人はちゃんとお酒だよ。あ、摘まみはもう少しかかりそうだって。はい、ユニの分」
「あ、りがと」

 ごく自然に隣に立ったレオから受け取ったそれを一口舐める。僅かにレモンの風味がしたので恐らくはレモン水なのだろう。
 ちびちびとコップを傾けつつ、彼等の会話にも耳を傾ける。

「何はともあれ全員お疲れさま!」
「お疲れ」
「仕事の後の一杯は格別ダ」
「二人ともあまり飲みすぎないようにね」
「ユニぃ、そうかてぇ事言うなって」

 豪快に杯を傾けたラムの顔はやや赤い。
 匂いと呼気から察するに日本のビールよりも酒精が高いのかもしれない。

「ところで明日は休みでいいんだよな」
「そうだけど、もしかして何か受けたい依頼でもあった?」
「いや単なる確認ダ。ああ、オレ達はこの後、武器のメンテナンスに行くがそっちはどうすル?」
「俺も後で行こうかな。ユニは?」
「あ~……宿に戻るよ」
「もしかして」
「違う違う。ちょっと仮眠とるだけだから」

 流石に情報整理したいからとは口には出せない。

「なら宿まで送るよ」
「いい、いい」
「レオ。少し過保護すぎるぞ」
「そうかな?」
「あはは。でも心配してくれてありがとう。あ、料理来たよ」

 給仕が机の上に鶏らしき大きな丸鶏のグリルを置く。焼きたての香ばしい匂いが鼻腔を擽り、全員がごくりと生唾を飲む。

「まあなんダ。食べるカ」
「じゃあ俺が切り分けるよ」

 レオが備え付けのナイフを刺した刹那、切れ目から熱々の肉汁が滴り落ちる。
 これだけでもう美味しそうだ。

「はい。ユニもどうぞ」
「あ、ありがと。……美味しい」
「か~っ! 酒が進むぜ」
「ラム。ついてるゾ」
「おう、悪ィな」

 隙あらばイチャつく二人に、俺は苦笑と、ほんの少しの羨望を送った。
 そして頬張った肉の旨みが苦味に変わるのを感じながら、次の肉の欠片を放り込む。

「――ご馳走様。悪いけど俺、行くね。代金は置いとく」





 *・*・*




 支部よりそれなりにほど近い宿場通りに居を構える、朝のグリル亭。こちらも支部同様、中世ヨーロッパ建築を真似た大変趣のある外観と内装の宿だ。

 その二階、階段傍に二人部屋に突入した俺は勢いよくベッドにダイブした。
 紫だった俺が普段使用していたマットレスと違い、やや埃臭い草臥れた寝具が肉体を受け止める。何処かで懐かしいと思う反面、これじゃないと訴えているものの今は疲労が勝っていた。

 このまま寝てしまえばこの訳の分からない夢から醒めるかもしれないという淡い期待と、戻ったとしてアイツを忘れて生きていけるのかという不安。その二つが頭の中で鬩ぎ合う。

「……止めとこ」

 上半身だけ起こし、ネガティブな想像を振り払うように首を振る。次いで頬を叩き、鞄の中からペンとメモ帳を取り出す。
 ユニ本人が所有していたものだ。

 どちらも随分と年季が入っており、粗悪な紙の材質から彼の、いや疾風迅雷の経済状況がそれとなく窺える。
 中でも比較的容量のある紙を選び、これまであった、否、判明している事柄を箇条書きに書き連ねていく。

 紫である俺が社会人時代、困った時や感情が爆発しそうな時に行っていた解決法だ。
 こうする事で問題の可視化と客観視が可能となり、感情の沈静化・切り離しにも一役買う大変優れた方法である。

「――現時点ではこんなとこか」

 書いた内容に目を通す。

 1、戦闘中に現れたメッセージ。
 └現在は消えている。
 書かれていた内容は、この世界がBindなるBLゲームの世界で、俺はユニという当て馬キャラとして転生した。真偽は不明。

 2、BindというBLゲーム
 └多分自室で見つけたアイツからプレゼント。内容は知らない。
 パッケージに可愛らしい男の子とその周りに六人位のイケメンがいた。
 BL=男同士の恋愛。BoysLoveの略。
 恐らく男の子と六人との恋愛を主軸としたものの可能性が高い。

 3、ユニ・アーバレンスト
 └現時点での俺。
 意識比率は、俺7のユニ3。
 黒鉄級の付与術師で疾風迅雷のメンバー。
 同パーティーのレオに恋心を抱いてた。
 俺となってからはアイツの声にそっくりな為、かなり複雑。
 酒豪。メッセージを是とするなら俺は当て馬らしい。
 当て馬=恋愛物等で、カップルを盛り上げる為だけの振られ役。

 4、レオ
 └疾風迅雷のリーダー。
 付き合いは三年程度。
 性格は非の打ち所のない好青年。
 傍に女っ気も男っ気もない。多分ユニとはただの友人以上親友未満。
 パッケージのイケメンの一人と酷似しているが、確証はなし。
 声色と喋り方がアイツと似てる。

 5、パッケージの可愛らしい男の子。
 └恐らくヒロイン(♂)
 現状接点も目撃もなし。

「……改めて大分意味わかんねぇわ」

 空いた方の手で顔を覆う。
 重宝した解決法がまるで機能しないどころか余計混乱の渦に叩き落としにきた。
 脚の生えた平凡と普通が全力疾走で遠ざかっていく幻覚が見える。

「いや、深く考えるはやめとこ。取り敢えずこれからどうすべきか考えないと」

 二枚目に、どうなりたいかを書き込む。
 第一希望は元の世界への帰還。だがこれは何となく無理な気がする。
 希望的観測として当て馬の役割を果たせば、と思わなくもないが駄目だった時、心的負担が更に増大化して多分立ち直れない。
 第二希望は転職。正直グロ耐性皆無な俺には冒険者はやっていけると思わない。
 この世界にハローワークも転職支援アプリはないのでどういう職種、年収かは不明。
 第三希望は現状維持。希望としておいてアレだがこれが一番無し。仲間は気の置けない者達ばかりだが、見張り時に性交音聞いて、傍らにはユニの想い人だが俺にとっては元彼の声と同じ人間と過ごすのは流石にきつい。
 加えてもしもヒロイン(♂)が登場し、レオ狙いであった際、更に複雑化するのは目に見えている。
 
「……やっぱどう足掻いても2だよなぁ」

 であれば問題はどう仲間を説得し、どの職業が俺に合っているか。そう思考を巡らせていた最中、ずきりと鈍い痛みが頭に走る。

「あ~……寝不足による頭痛だわ。少し仮眠とろ」
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